第18話 コンカフェでバイト

「わたし、中野君のこと大大大好き♡ 愛してる♡」


「……ガチですか?」


 問いかけに、先輩はにっこりと兎のように愛らしい笑みを浮かべる。

 どこからどう見ても、冗談ではない「イエス」の笑みを。


「もしキスしてくれないって言うなら、代わりに条件があるの。勉強を教わりたいんでしょう? 部活中と、私のバイトの休憩時間になら、いいよ」


「バイトって……え? つまり?」


「キミもコンカフェでバイトしなさい。中野君」


「は!?!?」


「吸血鬼の外套が似合うキミだもの。燕尾の執事も似合うと思うなぁ~♡ 今ね、大学生の先輩が合宿やら帰省やらで不在になることが多いからって新しいバイトくんを探しているの。夏休み期間だけでも出てもらえると嬉しいんだって。ね、夏休みって何かとお金がかかるでしょう? どう? それで、夏休みに一緒に花火を見に行くって約束してくれたら、夏休みの宿題も含めて全部面倒をみてあげる。わたしが教えるんだもの、偏差値爆上がり間違いなしだよ~☆」


「なっ――! なにそれ! 中野がやるなら、私もやります! そのバイト!」


「は? コンカフェを? 涼城がやるのか?」


「ん~! お邪魔虫ぃ~!」


 夢野先輩のディスりを華麗にスルーして、涼城もコンカフェで働くことが決まってしまった。


 俺は夢野先輩の紹介で。涼城は、その面接についてきてその場で採用という形だ。

 まぁ、涼城は元来学年一と言っても過言ではない美少女なので、どんな格好をしても似合うとは思うが、甘ロリはどうなん――


「お、お待たせ……」


 丁度サイズがあるということで制服――もとい甘ロリ+フリフリエプロンに袖を通してみた涼城だったが。


「な――」


 艶やかな黒髪が、ふわりと揺れる腰のリボンと、控えめな茶系統の甘ロリ服によく似合っている。俺も思わず、声が出るほどに。


「かわ……」


「ふぅん? 悪くないんじゃな~い?」


「そ、そんなに褒めないで……ただでさえ恥ずかしいんだから……」


 赤面しながら顔を隠す姿がなんだか新鮮で、かえって可愛い。

 くそっ。危うく惚れるところだった。

 あいつに惚れたら最後、血を啜らされるのでそれだけはダメだ。


 その場にいたバイト先の先輩方や店長さんは期待の新戦力に大盛り上がり。

 歓待ムードの中で俺も燕尾服をなんなく着こなして、週末から早速シフトに入ることとなった。


 元々それらしい活動をしていなかった我ら『現代怪異部』は、天音と活動する日以外はシフトに入っても大丈夫だし、小遣い稼ぎ的な意味でも嬉しい変化だ。


 給仕の仕事は客からのオーダーを受けることと、注文された食事の提供のみなのでそこまで難しくない。

 もともと中二病を拗らせていて常に演技がちな俺の挙動は、吸血鬼という役柄を、脳内で執事にチェンジさせるだけでなんなくクリア。それらしい振る舞いもすぐに身に着いた。


 夢野先輩も、俺のことが好きだと言った発言を必要以上に引きずることなく、若干の距離の近さは感じるものの普段どおりに接してくれて。休憩時間には約束通り勉強を教えてくれた。


 だが、何もかもが順調に思えたある日、はやってきたのだ。


 ――カラン。とした鈴の音と共に来店したのは……


「おかえりなさいませ、お嬢さ……ま!?」


「あの、こんにちは……」


(あ、天音……!?)


「えへへ。来ちゃった」


 合唱部帰りなのか、制服姿で来店したのは、我が部のセイレーンこと天音だった。

 「わぁ~。コンカフェってこんな感じなんだね」とか、物珍しそうに店内を見回す様子が愛らしい。


 だが。奴は最大の禁忌を犯したのだ。


(コンカフェに、知り合いが来るのは反則だろ……!)


 俺は学校での姿でなく、執事として、天音をおもてなししなければならないのだ。

 恥ずかしすぎる!!


 だが、肝心なときに限って涼城は休憩時間だし、先の挙動で知り合いの来店がバレ、俺は先輩に「任せたぞ」と脇を小突かれる始末。


 俺は、にこにこと遠慮がちに手を振る天音に、精一杯の笑みを向けた。

 カツカツ、と燕尾を靡かせて、それらしく天音を出迎える。


「お……おかえりなさいませ、お嬢様。お席はこちらに。ご注文は何になさいますか?」


「あ。じゃあ、この『お嬢様に捧げる愛の花束ティーセット』を……」


 ……ヤバイ。そのメニューは、お茶を提供するときに甘い言葉を言わなければならないやつだ。何故よりによってソレなんだ天音!!


「『囁きオプション付き』で!!」


 にこっ! じゃねー!!


 史上最上級に、ハードル高いやつじゃねーか……!












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