第17話 ガチ恋

「部長。その……よかったらなんですけど、また、学校に来ませんか?」


 問いかけに、部長は少し困ったように頬を搔いて。


「……ごめんね、それはまだ……できないかも」


「そう、ですか……」


 ――知っている。

 部長が登校できない理由が、昼夜逆転のせいだけではないことを。


 でも、部長はそれを俺に話してくれたことがない。

 それだけの信頼関係が、俺と部長の間にはまだ無いのだ。


「……ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」


「いいえ。部長にも事情があるだろうことはわかります。だから無理強いはしません。でも、もし困っていることがあるなら、いつでも言ってください。俺は……部長の後輩で、同じ部活の――仲間なんですから」


 その言葉に、ぶわっと風が通り過ぎる。

 初夏の風が俺の熱い頬を撫でて、部長の瞳を乾かして、涙を拭い去った気がした。


「エアコン、つけないんですか?」


「えへへ……電気代も馬鹿にならないからねぇ。まだ我慢」


「でも、もう六月も終わりですよ? そろそろつけたっていいんじゃ――」


 言いかけると、部長はいつものごとくにへら、と笑って。


「じゃあ。今度ゆ~くんに遊びに行ってもいい? 避暑しに」


「!!」


「私、学校サボりがちだから、夏休みの宿題いつもわからなくて困ってるんだ。ゆ~くんは一年生だけど頭良い方だったよね? ひょっとして、三年生の内容もわかったりするのかな?」


 正直、三年の内容はちょっと無理があると思うが。

 俺には学年一位の夢野先輩という強い味方がついている。今から猛勉強すれば、夏休みまでに修得できなくないだろうか。


 俺は、赤面し、視線を逸らしたまま答えた。


「是非……来てください。それまでに、がんばって準備しておきます」


「やったぁ!」


 ぱぁ、と花の咲くような笑みだ。


 そんな先輩の期待にどこまでこたえられるかはわからないが。


 先輩が遊びに行きたいと思ってくれる……


 その信頼が、その日、一番嬉しかった。


  ◇


 翌日。


 俺は部室で夢野先輩に土下座していた。


「夢野先輩! 俺に勉強を教えてください!」


 もう吸血鬼の矜持だなんだと言ってられるか。俺は、部長に、勉強をできるかっこいい姿を見せたいんだよ。


 そんな俺を見て、夢野先輩は楽しそうに顎をくいっと持ち上げる。


「人にお願いするときはぁ、跪いてほっぺにキスをしなさぁい?」


「このっ……! ゆめかわ女王様ランドセルがぁ……!!」


 流れに誤魔化されてうっかり頬にキスしそうになっていると、涼城に「どうしてそうなんのよ!?」と止められた。


「夢野先輩も、どさくさに紛れてなにキスさせようとしてるんですかっ!?」


「だって、中野君のこと好きだから」


「「は!?!?」」


「中野君。もしその気があるなら……ほっぺじゃなくて唇でもいいよ♡」


「ガチですか!? えっ、ちょっと待って、中野……いつの間に!?」


「俺もわけがわかってない!」


 え? なにこれ。

 俺、今、ジャストナウ。流れで告られたの?


「先輩……ガチですか?」


 恐る恐る問いかけると、夢野先輩は瞳に星屑でなくハートを浮かべて。


「モチのロン♡」


 と答えたのだった。

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