第16話 部長宅、凸

 部長の家に行くのは二度目だ。


 一度目は、新学期の大掃除の際にしていった忘れ物をいつまで経っても取りに来ないのが心配で、先生に住所を聞いて届けに行ったのがきっかけだった。


 部長は実家が少々複雑な家庭らしく、この歳にして都内で独り暮らしをしていた。


 朝が弱い体質も相まって、おかげで遅刻三昧の一年目。

 そのせいで昼夜が逆転してしまって、今では不登校となっている。

 三年生まで進級できたことは、むしろ奇跡なんだとか。


 部長の髪色が明るいピンクのボブカットなのも、学校に行く必要を感じなくなったら、「まぁいいか」となってしまったが故の興味本位らしく。


 普段はずぼらで、一人称は『ウチ』。


 そんな、割とダメな部類の人間が、幽樹ゆうき麻琴まこと――部長の真の姿だった。


 でも――


 俺は、部長に会うときは、何故かいつも緊張している。


 古びたアパートの二階。

 ピンポン、と震える指先で押すと、少し間を開けてドアの向こうに人の気配を感じた。

 のぞき窓で確認しているのか、来訪者が俺だとわかると、部長はドアを軋ませる。


「あ。ゆ~くんだぁ……!」


 にへら、と嬉しそうな顔に、心の奥があたたかくなる。


「お久しぶりです、部長」


 手土産の菓子を渡し、乱雑にカップ麺が散らばる部屋に通される。

 足の踏み場を探しながら、時折見えるピンク色の下着に目を逸らしつつ、俺は座布団に座った。

 部長は無論、年中出しっぱなしの布団の上だ。


 前回訪ねに行った際に、転がっていたカップ麵に足を取られて、その布団に部長を押し倒してしまった記憶が蘇り、言葉が出なくなってしまう。


 部長は……その……ずべずべのTシャツがだらしないというのもあるが、恰好が……とてもエロいんだ。

 オーバーサイズのTシャツは胸の谷間が丸見えで、下は……履いているのかいないのか。見えそうで見えない。


 そこまで背は高くないのに、胸はやたら大きくて。

 その感触を、右手は鮮明に覚えている。


「ぶ、部長っ……! その、あの、今日は嬉しい知らせがあって!」


「うんうん、なぁに~? あ、お茶いれるね。麦茶とコーン茶どっちがいい~?」


「あ。コーン茶で。甘いもの好きですよね? これ、前に原宿へ行った際に買った、猫さん型のマシュマロです」


「わぁ~! 可愛い~! ありがとね、ゆ~くん!!」


(……っ!! かわ、いい……!)


 俺は、部長のことが好きなのかと問われると自信をもってイエスと答えることができないが(だって会った回数が少なすぎるし)、でも、どうしようもないくらいに惹かれているのは事実だった。


 ふわふわと寝ぐせの残るピンク髪が、「どうぞ」とお茶を差し出してくる。


 俺はそれを受け取って、ふたりして猫さんマシュマロに舌鼓を打った。


(……甘い)


 そう。部長と過ごす時間は、俺にとって、このマシュマロのような甘い時間なのだ。


「最近学校はどぉ~?」


「あ。それです! 今日はその報告で来たんですよ。遂に、俺たち第二文芸部――『現代怪異部』が、部員五人になったんです!!」


「え? ……ほんと? サプライズとか、どっきりでなくて?」


「本当です! 一年が俺含めて三人、二年がひとり、そして部長の五人です! これで廃部の危機はなくなりましたよ!」


 その言葉に、部長は涙腺を緩ませて俺に抱き着いてきて。


「うわぁぁあん! ありがとね、ゆ~くん! ウチには絶対に出来なかった! ゆ~くんのおかげ! 本当にありがとう!!」


「部長……! その、胸が、当たって……!」


「ああ、よかった。本当によかった。ウチね、学校はキライだけど、あの部室だけは好きなんだ。先輩たちとの思い出が詰まっててね、ウチの青春と言っても過言ではない……」


 ――その『青春』を、一年生である俺は、知らない。


「あ、ごめん! ゆ~くんが知らない話で盛り上がっちゃって……でも、本当によかったよぉ。ゆ~くんはまさに、救世主だね。吸血鬼だけど!」


 そうやって、「あはは!」と俺の吸血鬼設定を笑って受け入れてくれる部長が、俺は……

 ――好き、だ。


 何度目かにして、ようやくそのことに気づく。


 これは親愛なのか、恋なのか。

 胸の高鳴りが、その答えを示していた。


(俺は……)


 その部長の『青春』に、入りたいと思っている。


「部長。その……よかったらなんですけど、また、学校に来ませんか?」




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