第11話 原宿デートのはずだったのに

 デートと言われて思いつくものと言ったら、私にとっては原宿でクレープ。

 そんな安直な思いつきだった。


 学校帰りに電車で原宿まで行って、ふたりでクレープを分けっこしながら食べる。


 なんか恋人っぽい……!


 なんて舞い上がっている自分に驚きだ。


 隣で電車のつり革に捕まる中野は、今どういう気持ちで原宿方面に向かっているんだろう?

 ガタンゴトン、と吹き飛んでいく景色は見慣れたビルばかり。

 それでも、いつもと違う気がするのは、コレがデートだからだろうか。


(どうしてこんなにそわそわするんだろう……)


 そもそも私は、中野に血を啜ってみて欲しいだけで。

 そのためだけに『惚れさせる』なんて面倒くさいミッションに挑戦しているのだ。


 どうしてそこまでして血を啜らせたいのか、と問われると……

 そうね。フェティシズムの一種、なのかもしれない。


 人の中には、『あの子の匂いが好き』だとか、ある特定の部分を偏愛する趣向があるじゃない?

 私はソレが血なの。血の味が好きなんじゃなくて、『私の血の味を好きだ』と言って欲しいのよ。それで、私という存在を、まるっと認めて受け入れて欲しい。


 そういう存在を探しているの。


 私を、愛して欲しいの。


 だから血を啜って欲しい。


(…………)


 隣に立つ中野は、吸血鬼を自称する不思議でどこかズレた男だけれど。

 だからこそ、こんな私のことも認めてくれるんじゃないかって、そんな予感がしているの。ズレた者同士の直感っていうのかしら。


 そんな期待が、原宿駅が近づいてくるにつれて胸の中で膨らんでいく。


「涼城。着いたぞ」


「!!」


 名前を呼ばれて肩を跳ねさせる程度には、私はデートに緊張していた。


 やや長めの黒髪に、中二病丸出しの紅いコンタクト。

 それでも、澄ました横顔は、悔しいけれど……イケメンだった。


(中野……本当に、この中二病、どうにかならないものかしら?)


 でも。こういうのがやめられない気持ちもちょっとわかるのよね。

 ……ううん。違う。


 『それでもキミが好きだよ』って言って欲しい気持ちが、わかるんだ。


 ◇


 涼城の要望どおり原宿駅に降り立った俺達は、お目当てクレープ屋に、他のJKらと同じように並ぶ。

 俺のカラコンを差し置いても容姿で人目を引く俺達は、「うわ、美男美女」とか「お似合いってやつ?」とか、聞いてて恥ずかしくなるくらいに思いっきりカップルだと思われていて、お互いに照れながら視線を合わせる。

 その空気と時間がこそばゆい。


「まぁ……わざわざ否定するのもおかしいだろ」


「そうね。赤の他人に話しかけるわけにもいかないものね。『違いますから!』とかむきになる方が、むしろ本物っぽいわ」


「だな……」


 とか言って。


 散々迷った挙句に苺生クリームを選択した涼城に、「俺のシュガーシナモンも食べるか?」と残った半分を差し出したら「それって、間接キスじゃない!?」とか初心な反応をされて戸惑ったり。

 部室では俺のペットボトルを平然と横から奪ったりするものだから、てっきり間接キスとかそういうレベルでは動じないと思っていたのだ。


「え……今更?」


 首を傾げると、涼城は余計に真っ赤になって、それから、意を決したように(色々と諦めただけなのかもしれないが)食べかけのクレープを受け取った。


「……ん。おいひぃ……」


 涼城が無駄に意識するものだから、ついその様子をガン見してしまう。

 改めてみると、回し飲みならぬ回し食べ……って、エロいな。

 俺の歯形がついたところから漏れ出るバターに舌先を伸ばす様子がとてもエロい。

 今まで意識していなかったのにそんなことを考えてしまうのは、相手が涼城だからだろうか。


 もぐもぐとクレープを咀嚼する様子は小動物のように愛らしいのに、時折唇の端を舐める様に、つい見惚れてしまう。すると……


(……気づいてない? なんだ、案外子どもっぽいところもあるんだな)


「はは。口元にバターがついているぞ。子どもか」


 ――可愛い。


 店員から受け取っていた紙ナプキンで口の端を拭ってやると、涼城は見たことも無いような顔で肩を飛び跳ねさせた。


(なんなの……!? なんなのコレ!? どこからどう見てもまるっきりカップルじゃない――!?)


 中野って、実は慣れてるの!?

 中二病のくせに!!


 ――と。クレープを咀嚼しているため訴えることができない涼城。


 そんな風に、傍から見ると甘すぎる放課後を過ごしていたふたりは、突如として聞こえた悲鳴に勘付いて声の方へ向かった。


「え、何? なんなの……!?」


「すまない、涼城。俺は耳が良いんだ。今、そっちの路地の奥から『ビッチ先輩』の声が聞こえた気がした」


「『ビッチ先輩』ってあの、『ゆめかわビッチ先輩』!?」


 散々な言われようだが、件のビッチ先輩は、人気ひとけのない路地の片隅に、ウチの高校の制服の女子に囲まれる形でうずくまっていた。


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