第10話 メンヘラとデート

 『中二病』という、自身のアイデンティティが揺らいでいると感じたのは、天音とデートしてからのことだった。


 でも、楽しいならそれでいいじゃないかと思う自分と、『好きなものを好きと言えなくなったらどうしよう』という、よくわからないこだわりを持つ自分が同時に存在していて。どうしても『中二病』をやめられないでいる自分がいる。


 『中二病』は、俺にとっては恥ずかしい病でもなんでもなくて。むしろ、『好きなものを好きと言える誇らしいこと』であって。

 心のどこかで「いい加減卒業してもいいんじゃないか?」と認める自分と、それを簡単に手放せない自分がいるのは知っていた。


 でもあの日以来、そのことを考えると、無邪気に笑う天音の笑みがチラついて。


 そんな天音は、「3Pって、あのあと調べたの。中野くん、あの男の先輩から助けてくれたんだね、ありがとう……」なんてこれ以上ないほど赤面しながら礼を言ってくれて。

 思わず口元を抑えて、『なんだこの可愛い生き物!!』と内心で叫んでしまった。


「天音さん、今日はいないの?」


 そんな、いたって普通な涼城の問いかけに「あぁ……」とやる気ゼロな返答をしてしまうくらいには、俺の心には天音が染みついていた。


「最近、天音さんが合唱部でいない日は元気ないじゃない。もしかして、惚れた?」


「ばっ……! 俺は崇高なる吸血鬼だぞ! 誰がほいほい惚れたりするものか――!」


「じゃあなんで元気ないのよ?」


「えっと、それは……」


 ――天音がいないから。


 俺は、そんなに顔に出やすい人間だっただろうか。

 涼城は「はは~ん♪」と顔をにやつかせると、ソファの俺の隣にぎゅっと腰かける。

 そうして、チェシャ猫みたいににんまりと擦り寄ってきて。


「中野もぉ、人のこと好きになったりするんだぁ~?」


「うるさっ――! してないから!!」


「あは。口調が吸血鬼じゃなくなってるわよ、♪ となれば、私にだってあんたに惚れさせるチャンスはあるってことね。私はあんたの――所謂『眷属』ってやつになって、血を啜ってもらえればそれでいいから。ちなみに『眷属こいびと』はひとりじゃなきゃダメとか無いのよね?」


 ……すっかり忘れていたが、涼城の目的はあくまで『眷属化』であって、俺がこいつの首から血を啜ってくれるならなんでもいいというわけだ。

 そのために、血を啜りたいと思う程――吸血プレイに付き合いたいと思う程に惚れさせるのが目的なわけで。


「……割と節操が無いな」


 俺も。お前も。


 そう意を込めてジト目を向けると、涼城は「目的の為なら手段を問わないって言ってちょうだい♪」なんて、無駄に自信満々で。


 そんな涼城の次なる『惚れさせ作戦』は――


「デート! しましょうよ!」


 直球ストレート。


 これ以上ないほど痛快な、デートのお誘いだった。


 先日の天音との件もあって、デートというものにまんざらでもない好感を抱いている俺は、「ふぅん……いいんじゃない?」とか二つ返事でOKをしてしまって。


 夏休みまであと一か月というこの日、俺は二度目の放課後デートをすることになったのだった。

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