第9話 実はデートって初めて

 放課後に、女子とふたりきりで甘いものを食べに行く。


 これってもしかしてもしかすると、デートなんじゃないか?


 と気づいたのは、天音のそわそわとした赤面顔を目の当たりにした後だった。


「あっ、いや、その……! 無理にとは言わないが……!」


 慌てて訂正すると、意外にも天音は「いいね!行こうよ!」と笑顔でついてきてくれて。それが素直で可愛いなぁ、なんて思ったり。涼城もこれくらい素直だったらいいのになぁとか思ったり……


 って。なんでこんなときに涼城の顔が浮かぶんだよ!?


 俺は、学校から最寄りの駅ビルに入っているアイスクリーム屋を目指して、天音とふたり信号待ちをしていた。

 隣で所在なさげに手を揺らす天音が、指先をふわっと触って問いかける。


「中野くん、アイス好きなの?」


「この世にアイスが嫌いな人間なんているわけないだろ」


「ふふふっ! 私もアイス大好き! 吸血鬼~とか言うから、てっきり『血が好物』とか言うのかと思ってた!」


 その言葉に、天音の前だと吸血鬼設定をすっかり忘れてしまう自分がいることに気が付く。


 涼城は、なんというか、「血を舐めろ」だの「傷口が」だのという発言が印象深く、俺の中二病も対抗するかのように強まって、口調やら発言やらが異次元じみてしまうのだが。

 天音といると、毒気が抜かれるというか、『フツーの女の子っぽい』天音に絆されて、いつのまにか普通の男子高校生、『中野悠二なかのゆうじ』になってしまう自分がいた。


 それが……うん。イヤじゃない。


 今までは、『普通で終わる自分が嫌だ』とか『吸血鬼ってかっこいい!』とひたすらに考えて、一種のアイデンティティのように中二病を演じていた自分がいたというのに、不思議なものだ。


 そこで、ふと気が付く。


 やっぱり自分は……中二病をんだなぁと。

 俺は、根本のところでは、どうしようもなく一般人なのだ。


 でも……


(たまには、こんな楽しみがあってもいいのかな……)


 向かいの席に座る天音が美味しそうにアイスクリームをぺろぺろしているところを見ると、そう思ってしまう。


「好きなのか? チョコミント」


「うん! 甘くってひんやりして……って、アイスは全部甘くてひんやりしてるけどね。あはは! 変なの! でも好きなの!」


「……好きなものを好きって言えるのは、いいことだよな」


 自分に言い聞かせるように、俺も好物のブラッドオレンジソルベを堪能した。


「そういえば、中野くんって好きな人とかいないの?」


「はっ!?!?」


 急な質問にアイスをこぼしそうになると、「慌てすぎ!」とか天音が笑って。

 「やっぱりあの、三年生の先輩?」とか聞かれると答えに詰まったりして……


「ねぇ、さっきのアイス屋の店員さん、格好よくなかった? まぁ、私は中野くんの方がカッコいいなぁと思うけど……ごにょごにょ」


「ん? すまん、男性の方はよく見てなかった。レジを打ってくれた黒髪のお姉さんが、やたら胸がデカ――じゃなくて。スタイルが良いなとは思ったが」


「あ~! 中野くんって巨乳派なんだ!?」


「あっ。いや、別に、今のはそういう意味でなく――!」


「……じゃあ、小さいのが好き?」


「む……どちらかというと、大きい方が好き……だな」


「なぁんだ! あはは! よかったぁ!」


(……よかった? よくわからないが、まぁ、天音もどちらかというと大きい部類だよな……)


 ダメだ。今ガン見したら失礼だろ。


「「…………」」


(目が合ってしまった……なんか、すごく、デートっぽいな……)


 こういう風に、女子と他愛ない会話をして、家に帰って、「今日はびっくりすることもあったけど、楽しかったね!」ってLINEが来て……


 自宅のベッドで寝転びながら、そんな天音とやりとりをする。

 こころなしか頬が緩んでいるように思うのは、気のせいなんだろうか。


「デート――デート、か……」


 しちまったよ。初めてのデート。


 合唱部のセイレーンと名高い美少女と。ふたりきりでアイス。


 ……やばい。によによする。止まらない。


 天音は、さすがセイレーンの異名があるだけあって、声が甘くて優しくて、話していると不思議と心が穏やかになって。この声をずっと聞いていたいなぁなんて思ってしまうような、善性の魔性というか、そんな魅力を持った女子だった。


 そんな風に、部活の仲間を『女子だ』と強く意識してしまうほどに、今日は完璧なデートをしてしまった。


 端的に言って、すごく良かった。


「はぁ~~~~…………」


 天井に向かって長いため息を吐いて、俺は自身の頬をぐにぐにと指で揉みほぐす。


「……楽しかったな」


 以前、涼城と映画を見たときも楽しかったが。

 これはこれで違う楽しみがある。


(…………)


 いかん、いかん。

 いつからだ? どうしてこうなった?


 俺は崇高なる中二病で。自称吸血鬼で。

 放課後はひとり、誰もいない部室で、読めもしない洋書を手にトマトジュースをくゆらせるのが好きだったはずなのに。


 今は、ふたりといると楽しい。




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