第8話 ゆめかわビッチ口裂け女

 『ゆめかわビッチ口裂け女』。

 

 その先輩は現在高二で、俺たちよりは一個上。

 噂でしか聞いたことは無いが、そいつは高校にパステルパープルのランドセルで登校してくる猛者だという。


 そうして、あまロリ風に改造した制服の裾を翻して、教室の扉を開けるなり、開口一番に。


 『ねぇ。あたしって、今日も可愛い?(きゅるん♡』


 と聞いて回るのだそうで。

 付いたあだ名が『ゆめかわビッチ口裂け女』というわけだ。


 ……とんでもねぇ。


 自称吸血鬼で、空き教室で吸血プレイなんぞをしていた俺に言われるのも大変不服だろうが、どう足搔いても浮いてんだろ、そいつは。


 ちなみにどうしてビッチなのかと言うと、「可愛い?」の問いかけに「世界一可愛いよ!」で返すと上機嫌になって、ほいほい股を開くからだそうで。


 おかげで彼女の周囲は美醜を問わずヤリチン男子で溢れかえっているとかいないとか。


 正直怖すぎる。天音セイレーンのときとは打って変わって、学年も上だし、教室に特攻するわけにもいかない。話しかけるにはまずきっかけが必要だろう。


「というわけで、頑張れメンヘラ」


「どうして私!?」


 丸投げすると、涼城は椅子からダァン!と立ち上がった。

 まぁ当然の反応と言える。

 俺だって嫌だもん。そんな奴のところに特攻なんて。

 だから――


「メンヘラとゆめかわって属性ちょっと似てないか?」


 と。ゴリ押すことにしたわけだ。


 涼城は当然、烈火のごとく怒り散らかして。


「私はメンヘラだけど、先輩と違ってビッチじゃない!!」


「「……怒るのソコ?」」


「まぁまぁ、上級生の教室なんて滅多に行かないしさぁ、ちょっと楽しそうだよね! 一緒に行こうよ、綿花ちゃん」


 こういうとき、にこにこと穏やかな口調で場の流れを変えてくれるのは、さすがセイレーンだと思う。その包容力という魔性に、いつの間にか虜になってしまいそう。


「天音って、いい奴だよな」


 思わず呟くと、天音は「はわっ!?」と赤面して両手をパタパタと振った。

 その拍子に栗色の髪が揺れ、長い睫毛がしばたたく。


 ……可愛い。


 うっかり口をついて出そうになるその言葉を飲み込んで、俺は自身の頬――でなく、手を叩いた。


「というわけだ! いってらっしゃい! 俺は影から見守っているぞ!」


 というわけで、『ゆめかわビッチ口裂け女』の勧誘作戦は始まったのだ。


 ◇


「……で。どうしてこうなった??」


 二年生の教室へ向かう道すがら、俺は天音に問いかける。


「綿花ちゃん、急用ができちゃったんだって」


(……なんて。本当は、私が中野くんと色々お話してみたいから、「あとは任せていいよ~」って帰ってもらっただけなんだけどね♪)


 だって不思議じゃない。こんなに顔は良いのに中身が残念過ぎる男の子なんて。

 もったいないよ。私がまともに――じゃなくて、ちょっとお話して振る舞い方を変えてもらったら、すっごくになれる可能性だってあるのに。


 そう。天音は、ちょっとした『夢見がち乙女』ならぬ、『少女マンガフリーク』だったのだ。


 内心で画策する天音の思惑など露知らず、中野は天音とふたり、『口裂けビッチ』の教室を覗き込むことに。


 そろりと窓から中を覗いていると、オタサーの姫よろしく男に囲まれている『ゆめかわビッチ』の姿が目に映る。

 そこに、背後から声をかけられた。


「あれ~? キミら、最近噂の『わけわからんけど美男美女部』の奴らじゃない?」


 振り返ると、背の高いベージュの髪の男と薄金髪の男に囲まれていた。


「わっ。ほんとに美男美女。ねぇねぇ、キミらってさ、付き合ってんの?」


「は?」


 唐突な質問に低めのトーンで威嚇する俺と、隣で頬を染める天音。


「別に、付き合って――」


「いいなぁ~! じゃあ放課後は3Pかよ~!」


 答えを待たず、ベージュの男が下衆極まりなく盛り上がる。

 片や天音は、耳元でこしょっと「3Pって何?」とか聞いてくるし。

 俺はどちらに対応したらいいんだ!

 返答に困窮しすぎて、身体がふたつ欲しいと思ったのは初めてだ!


 きょとんと首を傾げる天音の初心さに何かをくすぐられたのか、ベージュの髪の男が天音の細腕を掴む。


「付き合ってないならさ~。俺とこれからカラオケ行こうよ~!」


「おっ、イイねぇ!」


「お前は来んなし。邪魔だっつの」


「え~! 3Pしようよ~!」


「俺は男2の3Pはごめんだね。あっち行け、シッシッ」


 ……ともかく、天音の身に危険が迫っているのはよくわかった。

 あと、こいつらがカラオケをホテルと勘違いしていることも。


「帰ろう、天音。『ゆめかわ先輩』に声をかけるのはまた今度だ」


「え? でも……」


 天音の視線の先には、教室の入り口付近で話し込む俺達を、なにごとかと眺めているゆめかわ先輩の姿が。

 ……すげぇ。髪が紫と白の斑模様で星とか散りばめられてるぞ。

 ……じゃなくて。

 たしかに天音の言う通り、ゆめかわ先輩と目が合っている以上、彼女と話すにはこれ以上ないチャンスではある。

 だが俺は、今日は天音を優先することにした。


「今日はもういい。帰ろう」


 少し強引に手を引いて廊下を進むと、ベージュの髪の男たちは「あはは、フラれてやんの」「まったね~♪」などと冷やかしの手を振る。

 その笑い声が不愉快極まりない。


 俺は猛烈に腹立たしくなって、甘いものをやけ食いしたい気分になって。


「天音。今日ってこのあと、時間あるか?」


「へ? 今日は部活もお休みだし、何もないけど……」


「じゃあ、一緒に甘いものでも食って帰らないか?」


「ふえっ!? あの、でも、それって――!」


 赤面する頬。動揺する大きな瞳に、気が付いた。


 俺は無自覚に、天音をデートに誘ってしまったのだ。



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