第6話 現代怪異部のふたり

 ある日突然俺の前に現れた、涼城というメンヘラ女は、

『惚れさせたら嫁……眷属にしてやる。吸血してやる』

 という俺の言葉を真に受けて、日夜俺を惚れさせようと様々な画策をしてくる。


 おかげでここ数週間というもの、第二文芸部の活動(という名の静かな時間)とは縁遠い放課後を送ることとなってしまったわけだが。

 ……案外楽しいと思っている自分がいるのが恐ろしい。


 このままでは奴の思うつぼ……ガチで恋させられてしまう……!


 俺は、現状を打開せんと口を開いた。


「なぁ。涼城は、どうして吸血して欲しいんだ?」


「へ?」


「お前がくそメンヘラで、リストカットで生を実感するヤバイ奴だというのは知っている。家ではダメージTシャツを着て、鞄には『クロミ』を付けているということもな。だが、吸血やらリストカットはほどほどにした方がいいと思うぞ」


 中二病をこじらせ、およそまともではない趣向をしている俺から正論が飛び出したことに、自分でも驚きを隠せない。しかし、涼城の手首に時折ちらつく傷痕を見ていると、どうしても思ってしまうんだ。


「なぜ、生を実感したい――リストカットが趣味なんだ?」


「それ、は……」


 言いよどむ涼城。

 答えたくないのなら、無理に聞く必要もない。

 だがこれだけは言わせてくれ。


「やめた方がいいと思うぞ。せっかく綺麗な腕なのに、もったいない」


「……っ!?!? は? えっ……は? 中野、あんた何言って――!」


「だって、白くて細くて陶器みたいに綺麗じゃないか。なのに、そんな目立つ傷をわざわざ作るなんて……」


「え!? いやいや、もう喋らないでいいから!」


 ばっ! と手首を抑えて後ずさる涼城は、顔が真っ赤だ。


 ……怒らせるようなことを言っただろうか?

 いや、もとよりデリケートな問題ゆえ、踏み込むべきではなかったか……

 先日の『友達発言』を受けて調子に乗っていたのは俺の方だったようだ。


「あ、あああ、あんたこそどうして吸血鬼に憧れてるのよ!?」


 顔をぱたぱたと手で仰ぎながら、涼城が問いかける。

 俺は虚空に視線を逸らし、なんとなく思っていることを口にした。


「不老不死だから」


「へ……?」


「吸血鬼は、誰も手に入れられないものをもっている。仙丹、エリクシール……古くより言い伝えは数あれど、現代の医術でも克服し得ない人類を超越した力。そこが好なんだ。だから焦がれる。手に入らないからこそ、憧れるんだ」


 この答えを誰かに告げるのは初めてだ。

 だが、漠然と思い描いていた憧れを口にすると、俺が中二病を続ける意味が、この人生が再び輝きを取り戻すようで、すっきりとして心地が良かった。


 しかし、次の瞬間。涼城はとんでもないことを口にする。


「じゃあ、一緒に死のうよ?」


「……は?」


 お前、俺の話聞いてたか?

 俺は不老不死が好きなんだよ。お前のメンヘラに俺を巻き込むな。


「だって、中野だって意味もなく永遠を生きたいわけじゃないんでしょう? 長く生きれば楽しいこと、嬉しい瞬間が沢山あると思うから長生きがしたいのでしょう? だったら私は、この先老いて辛いことが沢山あるくらいなら、今という最高の瞬間を切り取って『永遠』にする――死ぬ方を選びたい。それって、全てを手に入れて満足することとどう違うの?」


 瞬間に、俺は思った。


 ああ、こいつとはどうあっても相容れないって。


「だから涼城はリストカットするのか? 今この瞬間、若く美しく、楽しい今を切り取るために」


「……ちょっと違うけど。死生観は概ねそうね」


 何が『ちょっと違う』のだろう。全く意味がわからない。

 だが、俺は、なんとなくだが、その涼城の言葉をとても寂しいと思った。


「だったら、もっと楽しいことを見つければいい。俺はそのために部活に勤しみたいと思っている。お前も同じ部員なんだ、一緒に楽しいことを探せばいいじゃないか。永遠に」


「永遠……? ……あはは。そっか、だからあんたは吸血鬼に憧れるのか。とんだプラス思考の持ち主ね」


「お前は恐ろしいほどマイナスだ」


「はは……」


「あはは……!」


「「もったいない!!!!」」


 こうまで思考が正反対だとは!!


「せっかく仲良くなれる気がしてたのにぃ!」


「俺も残念だよ。涼城とは、良好な縁を持ち続けられると思ったのにな」


 俺たちは、ふたり目を合わせてにまりとほくそ笑む。


「「絶対!! 俺(わたし)色に染めてやる……!」」


 だって俺たちは、中二病とメンヘラだから。

 他者からの視線を顧みないくらいには自己主張が強いんだ。

 気に食わない思考は、自分の色で塗りつぶしたいんだよ。

 特に、隣にいる奴なら尚更。


 そういうところで、俺たちは気の合う者同士だったのかもしれない。


 「ははは……!」と歪な高笑いが響くその部室は、『現代怪異部』の名に恥じない奇妙さで。


 天音セイレーンは、その日はずーっと入れなくて。

 扉の外で体育座りをしていたのだった。





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