第5話 ホラー映画で惚れさせる
「で。どうして勧誘したてほやほやの新入部員がいないのよ?」
「仕方ないだろう、彼女――天音は正式には合唱部の所属だ。ウチはあくまで兼部。合唱部の活動がある日は来なくて当たり前なんだよ」
「え~。つまんないの」
放課後の部室にて、ソファに足を投げ出してスマホをぽちぽちと弄る高嶺の花。
もとい涼城は、根がコミュ障なせいでつい『
すまん、下着は言い過ぎた。その上にはメンヘラ特有のボロ布――でなく、ダメージの入ったTシャツを着ているので本人的にはセーフだという。
ちなみに、ダメージ部分からは下着が丸見えなので俺的には何がどうセーフなのか全くわからないが、ツッコんだら面倒くさい気がしているので絶対にツッコまないと決めている。
先日、部員の勧誘に成功した旨を連絡しようとしたらカメラ通話にされて、俺はその肌色面積の多さに動揺……こほん、驚かされたものだ。
そんな、まだふたりきりの部活で、涼城はあくびをしながらBlu-rayを起動した。
「やることないなら、映画でも見ましょ。ほら、こっち来て」
そういって、先程まで占領していた二人掛けのソファに手招きをする。
「他にも椅子があるのに、そこにぎちぎちに詰まって映画を見ろと?」
尋ねると、涼城は頬を膨らませ、
「『男子を惚れさせる作戦その2。ホラー映画で密着すべし!』byえっちゃん」
「惚れさせる対象の俺にそれを言っては台無しだが」
「いいから座りなさいよ! じゃなきゃ
「部室で流血沙汰はごめんだ」
「吸血鬼のくせに」
ははん、とドヤ顔で勝ち誇る涼城の横に、ため息を吐きながら腰かける。「このくそメンヘラ」と負け犬チックな捨て台詞を吐きながら。
件の涼城が持ってきた映画は、ミュージカル調に仕立てられたホラー映画だった。
しかも、人肉パイが物議をかもしたスプラッタにも似たホラー作。
正直、一度観ていて良かったと内心で胸を撫でおろす。見ている以上は、どんなホラーでも情けなく怯える姿を見せずに済むわけだから。
内容が内容だっただけにあらすじも大体覚えているし……
「で。どうしてこのチョイスなんだ」
言っておくが、この映画では吊り橋効果的なモノは期待できないぞ? 割とマジで怖いから。
多分初見の涼城はそれどころじゃあないだろう。
「なぜこれで惚れされられると思った? 裏面のあらすじを見ないで借りてきたのか? ホラーが得意というわけでもないと言っていたじゃないか」
「うーん、有名っぽいホラー作だったから? えっちゃんの作戦どおりなら、暗室で密着すればいいってことでしょう?」
「安直すぎる。えっちゃん軍師が泣くぞ」
「それに、得意じゃあないけど『好き』なのよ、ホラー映画」
「……なるほど」
要は、ビビりながらもどうしても見てしまうタイプの人間か。
涼城の趣向はわかった。
俺達はいざ電源を入れ、映画の視聴を始める。
殺人鬼たる主人公が、街に渦巻く人肉パイの真相に近づくにつれ、犠牲者や過激な描写が増えてくる。
そのたびに涼城は、無意識的にこちら側に肩を寄せてくっついた。
手を繋ぐまではいかないが、少しでもいいから恐怖を飛ばそうと、人の温もりと安堵を求めるが故の行動なのだろう。
ぴた、ぴとっ、と肩が触れるたびに、こそばゆくて笑いそうになる。
一方で涼城は、怖すぎて作戦どころじゃなかった。
視聴を終えて、俺は涼城に感想を求める。
「どうだった? かなりビビっていたようだが……」
「…………(ガタブル」
「感想を言えないほど怖かったのか。ムードを作るだけなら他の映画でもよかったんじゃないか? ほら、青春微炭酸的な恋愛映画とか。余命わずかな恋人系とか」
問いかけると、涼城は知らぬ間にくっついていた肩に気づき、赤面しながらそっと離す。そうやって何事もなかったかのように振る舞われる方が、余計に意識されている感が強まって恥ずかしいわぼけ。
しばし生温い沈黙に包まれていた俺たちだが、涼城がふと、もらす。
「うーん、なんでだろう。私が好きだからかな……ホラーとか、スプラッタとか。怖いけど『好き』なのよ」
「ふむ?」
「好きなものを誰かに好きって共感してもらえたら嬉しいじゃない? そういう気持ちが、時間が、友達が……欲しかったのかも?」
おずおずと、らしくもなく弱気な上目遣い。
「ねぇ、私たち……友達には、なれた?」
「……っ!」
涼城の、『ホラー映画で密着! 惚れさせる作戦』は失敗に終わったが。
最後の一撃は、会心の一撃だった。
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