第4話 令和のセイレーン

「ねぇ、えっちゃん。私と同じ『現代怪異部』に入らない?」


 その問いに、えっちゃんは「放課後は推し活で忙しいから、ごめんねっ!」の一言を浴びせる。

 唯一の友人に断られた涼城は、ショックを隠し切れない表情で現代怪異部の扉を叩いた。


「うぁあああん……! えっちゃんにフラレたぁああ……!」


(あ。やべ。これはメンヘラこじらせモードが来るぞ……)


 俺は密かに涼城との間に椅子を挟んでバリケードを築く。


「大好きな友達なのにぃ! 友達だと思ってたのにぃ……!」


「ピーチク喚くな、うるさいぞ。その、えっちゃん? とやらにも推し活というのっぴきならない事情があるのだから仕方ないだろう。なにも絶縁状を突きつけられたわけでもあるまいし、大袈裟な」


「でも、私、えっちゃんしか友達いないぃ……!」


 ここに来て、堂々たるぼっち発言だ。

 美しすぎて孤高というのも考えものだな。

 まぁ、俺は孤独を愛する男なので羨ましいくらいだが。(無論俺にも友人はいない)


「じゃあ、大人しくこの滅びゆく静寂――部活を楽しもうじゃないか」


「そんなの嫌! 部活っぽいことがしたいもの!」


「チッ。わがままメンヘラめ……」


「あ! 舌打ちしたぁ! 今、舌打ちをしたでしょ!? あんたまで私を嫌いになるっていうの!? うぇえええ……!」


(ああもう! なんなんだこのメンタルクソクソ二歳児は!!!!)


 俺は椅子から立ち上がり、腰に手を当てて叱咤する。


「わかった、わかった! そこまで言うなら俺が部員のひとりでも連れてくれば泣き止むんだな!?」


「……へ?」


 このままこいつを放置しては、俺の安寧が崩れ去ってしまう。

 俺は、実は内心で考えていた部員勧誘の方針を口にした。


「せっかく『現代怪異部』なんだ。怪異っぽい奴を仲間にしよう」


「は?」


 急にツートンさがる、ドスのきいた美少女ボイスが胸に刺さる。


「わけがわからないことを言っているのは百も承知だ。だが、俺のモチベーションを保つためにも、それくらいの条件の者を部員に引き入れたいと考えている。俺が吸血鬼、涼城がメンヘラ女なら、次はそうだな……セイレーンなんてどうだ?」


「中野、ついにあんた現実とファンタジーの区別がつかなくなっちゃったわけ? 引っくわぁ……」


「そうじゃない! 本当にいるんだよ、この学校にはセイレーンが! 正確には、令和のセイレーンと名高い合唱部のエース、天音あまね美姫みきが!」


「天音さん……? あのC組の?」


「そう! C組の天音あまね美姫みき!!」


 ◇


 翌日の昼休み。元より歩けば人波の割れる俺は、堂々とC組の扉を開け放った。

 人に引かれるのには慣れている。


「天音! いるか!?」


 部活の友人らと弁当を囲んでいた天音は肩を跳ねさせて振り向いた。


「ふぇっ!? わ、私ですか……!?」


「そうだ、お前だ。少し話がある。ついてこい」


 ずかずかと歩み寄っては手でも引きそうな雰囲気に、天音は気圧されながらついてきた。咀嚼途中のベーコンアスパラ巻をごくんと飲み干して、屋上にて呼吸を整える。


「急に何……? えっと、どちらさまですか?」


「B組の中野悠二だ」


「え……まさか、告白?」


 たしかに天音は栗色の髪がふわりと愛らしい美少女だが。

 屋上に呼びだしただけで告られると勘違いされるとは、こいつもなかなかにこじらせたナルシストなようだ。


 俺は咳払いをひとつして答える。


「俺と涼城の所属する第二文芸部――もとい、現代怪異部に所属して欲しい」


「なんで?」


「人手不足なんだ」


「へぇ。変な名前の部活だと思ってたけど、色々やっているんだねぇ?」


「いや。活動らしい活動は一切していない」


「ふぇ? じゃあどうして人手不足なの?」


 その、もっとも過ぎる問いに、俺は、廃部の危機で『それっぽい二つ名』を持つ者を集めている旨を説明した。


 普通に考えれば「意味が分からない」と一蹴される案件だ。

 だが、俺は巧妙に細工してああだこうだと腹芸を巡らせるのは実は苦手。

 ド直球に「令和のセイレーンたるキミに入部して欲しい」と告げると、天音は思いのほか楽しそうにころころと笑い出した。


「なにそれ! 意ッ味わかんない! あはは! たのしー!」


 そうして……


「部活のない日に顔を出すだけならいいよ」


 そう、風に髪をなびかせながら答えたのだ。

 その笑みは、岩場で心地よく歌うセイレーンを彷彿とさせる。


 だが、それよりも何よりも。

 勧誘――俺の想いに応えてくれたことが、嬉しい!


「本当か!!」


「!」


 思わず手を握りそうになり、急いでそれを引っ込める。

 行き場のなくなった手をふらりとおろすと、天音は再び笑った。


「びっくりしたぁ。キミって、そんな風に笑うんだね。いつもはクールで、人を寄せつけない雰囲気だなーってすれ違う時に思ってたのに。ふふふ! ちょっと楽しそうかも」


「楽しそう?」


「うん。部活。現代怪異部の活動。何をするかわからないのに、変な話だよね? でも、楽しみになってきたかもって話!」


 にぱ! と無邪気に笑うセイレーンは、内心で、


 ――『電波なイケメンくんと過ごす部活も、青春っぽくて楽しそう!』


 と、なんとも少女らしい野望を抱くのだった。






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