第2話 男子の喜びそうなこと

 涼城綿花は、校内一の美少女だ。

 入学当初より、同学年や上級生に告白されることも多く、また玉砕する者も後を絶たなかった。


 だが、友達は少なかった。


 理由はひとつ。クラス、及び学年内で幅を利かせる一軍集団――ギャル系美少女の集まりに「涼城さんも一緒にお弁当食べない?」と誘われ、それを一蹴したからだ。


 以来、彼女に声をかける人間は男女ともに減っていき、わりとぼっちな孤高の花となってしまった。


「……綿花ちゃん、本当によかったの? 私なんかとお弁当食べてるせいで……」


 分厚いメガネの、どこか垢ぬけない少女の問いに、涼城は返す。


「いいの。私は、えっちゃんと一緒じゃなきゃお弁当食べたくないから」


 その言葉に、えっちゃん――清水しみず悦子えつこは、いつも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


(綿花ちゃんがクラスで孤立してしまったのは、私のせいだから……)


 でも同時に、ギャルたちよりも自分のことを選んでくれたのが嬉しくて。

 だから、なんとかしたいと思っていた。


(なんとかしたいな……何か、楽しい話題を……)


「あ。そうだ。綿花ちゃん、『第二文芸部の吸血鬼』って知ってる?」


 ◇


 以来、何故だか綿花ちゃんの様子がおかしくなった。


 急に、「男子の喜びそうなことって何か知ってる?」とか言い出したのだ。


「喜ばせたい男子がいるの。ねぇ、えっちゃん。何か知ってたら教えてよ」


 あれだけ、どんなイケメンな先輩にも靡かなかった綿花ちゃんが……!

 男の子に興味を持ち始めた!?


 昼休みのその一言に、教室が少しザワついた。


 私は遠慮がちに答える。


「えっと、その……やっぱり、手作りのお菓子とか……ごにょごにょ、なこととかかな?」


「……ごにょごにょ?」


「だから、その……えっちなこととかじゃない?」


 教室のザワつきが一層大きくなる。

 あ~も~! だからごにょついたのに~!


「えっちゃんて、案外ダイタンなのね」


「ちがうよ~! そんなんじゃないってば! これはあくまで一般的な見解っていうか……!」


 あ。何人かの男子が小さく首肯してる。

 ……「グッジョブ、清水!」じゃないってば! 聞き耳立てないで!


「ということで、えっちゃん。今度男子が喜びそうなえっちなこと、教えて」


「そっちを聞くのぉ!? まずはお菓子の作り方を聞いてよぉ~!?」



「……作って来たわ。手作りの菓子」


 そう言ってドヤ顔で差し出されたのは、消し炭と見紛うばかりの黒炭だった。

 涼城が開封した瞬間、部室に漂う物凄い異臭。

 俺は即座に窓をあけ放つ。


 そうして、その物体を二度見して尋ねた。


「……一応聞こう。何菓子だ?」


「チョコ菓子よ」


「…………」


 色が黒いのには納得した。


「トリュフっていって、球状の生チョコレートにココアパウダーをまぶした――」


「ええい。トリュフくらい知っている。まずはそのドヤ顔をやめろ。そして全パティシエにソレを菓子だと宣ったことを謝れ」


「なんでよ。美味しいわよ」


「……ンなわけな――! もごっ……! げはぁっ……!?」


 くそ! 紳士の吸血鬼たるもの、一度口に入れたものは死んでも吐かん……!!


 俺は涙目で答えた。


「炭の味がするぅ……」


 思わず素が出るくらいに、そいつは不味かった。


「こんなものを食わせて、俺を殺す気か……」


「なんで? 女子の手作りお菓子よ? どうしてコレで惚れないの?」


「惚れてたまるか!!!!」


「でも全部食べたじゃない。本当は嬉しかったんでしょ?」


「断じて違う! 人前で吐くのは俺の美学に反するからだ!!!!」


 声を荒げると、何故か涼城はしょんぼりと肩を落とす。


「なぁんだ。喜んでくれたんじゃなかったのね……」


「お、おい……」


 どうしてそんなに悲しそうな顔をするんだ。

 そこまでして俺に惚れさせたい――血を吸わせたいのか?


「お父さんもお兄ちゃんも、一口めで吐いたのに。あんただけは食べてくれるんだぁって、ちょっと嬉しかったのに……」


(え。あ……そういう……)


 俺は、包みに残ったふたつの消し炭を搔っ攫い、呼吸を殺して飲み込んだ。


「……正直に言おう。不味い。だが、想いは伝わったように思う。作ってきてくれたことに、まず感謝を」


「!!」


 こんな菓子で惚れるわけないだろう、バカか?

 と思ったはずなのに。


 その、ぱぁぁ、と明るくなった表情に、思わず惚れそうになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る