中二病を拗らせていたら、メンヘラと天使と甘ロリに捕まって青春ラブコメが始まっていた件
南川 佐久
第1話 吸血鬼、メンヘラに喰われる
『
変な名前のその部活は、学校一階、美術室よりもさらに奥の鬱蒼とした廃部予備軍エリアにひっそりと存在していた。
軋む廊下に埃の匂い。それと、古びた本の香り。元・第一文芸部――今ではマン研となった隣室からは、ときおり『ふひひっ』というオタクっぽい笑い声やゲームのピコピコ鳴る音が響いている。
しかし、その些末な喧騒をものともしない涼し気な顔で洋書を眺めるその男――
『吸血鬼』は、言ったのだ。
長い黒髪の奥から、紅い瞳を覗かせて。
「なんの用だ?」
と、一言。
(現代怪異部にいる吸血鬼の噂……本当だったんだ)
一応、学生服を纏ってはいるが、見た目はまるで本物のソレ。
怯えたように固まる私を眺めて、楽しそうに覗く歯は心なしか鋭いように見えて。
ネクタイの色は……一年生。たしか、隣のクラスだったっけ。
私は、拳を握りしめ、深呼吸をして言う。
「
中野くん――って呼び方がめちゃくちゃ似合わないから敢えて吸血鬼と呼ぶけれど。そいつは八重歯を光らせて、ははん、と楽しそうに洋書を閉じた。
「さてはお前も、『プレイ希望』のビッチだな?」
(は????)
失礼千万。なんなのこいつ。
私はただ、「本物の吸血鬼が学校にいるって本当かな?」とか、「いるなら下僕――げほんっ、眷属にして欲しいな」とか、「首から血を吸って欲しい!!」と思って来ただけなのに。
「隣のクラスの
はん、ともう一度鼻で嗤って、吸血鬼は椅子から立ち上がった。
私の目の前まで来ると、躊躇うことなくブラウスのボタンを第二まで開ける。
ブラジャーが見えているとかいないとか、あと少しで見えそうとか、そんなのまるでお構いないしに。
そうして、二の腕を掴んで私を抑えると、首筋を冷たい指先でするりと撫でた。
「ちょ、何を――!」
「『何を』って。お前が言ってきたんだろう? 『私の血を吸って』って。とどのつまりは、お前もクラスのビッチ同様に、俺の顔目当てて近づいて、ちょっとした吸血プレイを楽しもうということで来たんじゃないのか?」
「は? 吸血プレイ?」
「今までこの部室にひとりで来る女は、皆そうだったぞ。全く、俺は高潔な吸血鬼だから、吸血はしても、最後までスる――眷属にする女はひとりだけと決めているのに。どいつもこいつも、『舐めるだけ?』だの『シないの?』だのと。
くどくどと、私の肩に顎を乗せたまま愚痴をこぼさないで欲しい。
けど、その様子からおおよそ察した。
こいつ――中野くんは、極度の中二病、もしくは本物の吸血鬼で。
眷属にする女はひとりと決めている――案外ピュアな童貞なのだと。
その残念なピュアさにどこか安心した私は、襟ぐりをばさりと広げてみせた。
「さぁ、血を吸って! 遠慮なく! 痛くて熱くて堪らないくらいに、ドバドバ出血する勢いでね! さぁ、さぁさぁ!!」
その勢いに吸血鬼はなりをひそめ、目の前では、一介の生徒に戻ったような中野くんが、きょとーんと目をぱちくりさせているのだった。
そうして、彼は一言……
「やべっ。メンヘラだ」
と、呟いた。
◇
齢十三にしてやや早めの中二病を患い、歴四年。
俺は昔から、顔だけは良かった。
ただ、友人らは口を揃えてこう言った。
「お前、中身は残念だよなぁ」。
でも俺は、ばあちゃんのあの笑みだけは忘れない。
「
(ばあちゃん……だから俺は、今でも吸血鬼とか大好きだし、現にこうして吸血鬼プレイを――)
楽しもうとしていたら、メンヘラに捕まってしまった。
目の前の少女、
「さぁ、吸って! 今すぐに! 私に血を浴びせる勢いで、
……メンヘラだ。
もう見ただけでわかる。覇気がヤバいし、目が若干血走ってるもん。
なにより、「生を感じさせて」って、何? 間違いなくやべぇ奴だ。
校内一の美少女が部室に訪れた際は、「へぇ。こいつも物好きなビッチだったのか」くらいの気持ちでいたのに。
この状況はもはや、奴ではなく俺が襲われている感じになっている。
吸血鬼、メンヘラに喰われる、の巻。
いやいや。無理矢理喰わされる、の間違いか。
一杯喰わされたな。
しかしどうしよう。
俺は、不死性を持つ吸血鬼に憧れるあまりに、自身が吸血鬼であるという設定でここ数年の月日を楽しんできた一般人だ。自覚はある。
顔が良いせいで案外ハマっているのか、それとも単にドン引きされているのか、周囲からはこれと言って絡まれることもなく、ひっそりと吸血鬼になりきって、日陰を好んだりトマトジュースで乾杯したりと日常を謳歌していたというのに。
高校に入って、
いつの間にやら美形の男子が空き教室で暇してるとかいう噂を立てられて。
ビッチが襲来するようになって。
首舐めてたら「手ェ出さないのかよ!」とか罵倒されるようになって。
以来、白い目で見られたり、吸血プレイ狙いで来るビッチの相手をして一方的に残念がられる日々を送っていたら。
ガチのメンヘラに目をつけられたというわけだ。
俺は一言――
「問おう。汝が余の眷属に――」
「いいから! 吸うの!? 吸わないの!? ねぇ早くしてよぉ!?」
「…………」
訂正しよう。こいつは、ヒステリックなメンヘラだ。
君子危うきに近寄らず。
普段遠巻きにされがちな俺が、誰かを遠巻きにしたいと思ったのは初めてだ。
俺は冷静に答えた。
「乞われてする吸血は趣味ではない。出直せ」
「はぁ!?」
「いいから帰れと言っているんだ。メンヘラビッチ」
「私はビッチじゃない!!」
「じゃあメンヘラ。いいか、俺はメンヘラの自傷欲求を叶える為の吸血なんぞに加担しないと言っているんだ」
だって痛そうだし。出血沙汰とかごめんですし。
「痛い」とか言って泣かれでもしたら、どうしたらいいかわからないし。
こういうとき、非情になりきれない自分は吸血鬼からは程遠い一般人なのだと思い出す。だから、俺の吸血鬼ムードをぶち壊すこいつのことは苦手だし、早く帰ってくれないかなと思う。
俺は早く、読めもしないドイツ語のゲーテを広げて、非現実的なそういう気分に浸りたいんだよ。
次第に苛立ちが隠せなくなってきた俺は、もはや冷静さを失っていた。
涼城の、
「つまらない男ね」
の一言に、
「おもしれー女」
で返してしまったのだ。
もはや脊髄反射的中二病発言だったと、自身を諫めたい。
だが、飛び出した発言を「あ。今の無しね」だなんて、吸血鬼モードの俺は言えない。
「いいだろう。ひとつ、条件がある。その条件を満たしたら、お前を眷属と認めて吸血してやってもいいぞ」
あ~~~~。もう後戻りできね~~。
でも、ここで態度を崩すのは俺の美学に反するし……
「条件?」
訝しげに問い返す涼城に、俺は宣告してしまった。
「俺を、惚れさせてみろ。お前が俺の嫁にふさわしいと判断したとき。その血を、純潔と共にいただく」
……怪盗気取りか? 我ながらとんだ条件を出してしまったものだ。
しかもかなりの上から目線。
だが、ここで涼城が去れば俺の勝ち。
ほら見ろ、さすがの奴だって、今のキザ1000%発言にはドン引きをして――
「いいわよ」
(……は????)
「言っておくけど、吸血鬼うんぬん以前に、男に二言はないからね。約束だから」
「え。いや、おい、待て――」
まさか。真に受けるとは――
しかも何故、どこか楽しそうなんだ――?
「言っておくけど。私、学校で一番可愛い自覚あるから。覚悟しなさいよ吸血鬼」
「!!」
ふふん、と得意げに胸を張る様子が不覚にも可愛い。
夕陽に映える艶やかな黒髪。長い睫毛が傾く陽光を反射して……
俺は早くも、宣戦布告する相手を間違えたと悟る。
「地獄の果てまで追い詰めて、絶対に惚れさせてやる……」
……前言撤回。
誰がこんなメンヘラ野郎に惚れるかよ。
※あとがき
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