「野宮のお守り」

天照

「野宮のお守り」

 電車は三つの物を落としていった。


 一つ、揺れ。


 二つ、音。


 三つ、人。


 揺れと音は次第に止んだが、人はそこに佇んでいる。


 踏切を渡ろうとせず、僕と向かい合っている。


 まるで僕を待っているかのようだった。


 相手の顔を確かめたいのに、陽の光で相手の顔がよく見えない。


 風が、僕の背を押す。


 蝉の声が纏わり付く。


 その人と僕が向かい合う。


 不思議な時が流れた。


 耐えきれずに一歩前へと進んだ。


 だんだんと距離が近づいた。


 同時に僕の記憶も遡っていく。


 踏切を渡り終える。


「まゆ、か?」


 彼女の名前を呼ぶ。


 ゆっくりと首を縦に振って答えてくれた。


 彼女が目を合わせようとしてくれない。


「実家に引っ越したはずだよな?」


 彼女は後ろを向いて歩き始めた。


 彼女の背を追い日陰の道を進んでいく。


 僕はこの時、彼女が振り向いて笑顔を見せてくれることを願った。


 彼女の背だけが僕の瞳に映った。


 僕と彼女の空間に、竹の葉が擦れる音が聞こえた。


 水の中に溺れているような感覚がする。


 そんなことを考えていたら、ちょうど曲がり道に差し掛かった。


 彼女の後を追うように曲がり角を曲がるが、そこには日向の道しか見えなかった。


「どこ、行ったんだ?」


 彼女はふらっとどこかへ消えてしまった。


 いつもの彼女なら僕を一人にしないのに。


 僕は彼女を探し始めた。


 


◇   ◇   ◇



 

 大通りから逸れた小道に、彼女はいた。


「勝手にどこか行くなよ」


 野良猫が鉄の棒に体を密着させ体を冷やし寝てる。


 日陰だから尚のこと気持ちがいいのだろう、安らかに眠っていた。


 そんな猫をかがんで見つめている彼女。


 相変わらず反応がない。


「なぁ、最近はどうしてる?」


 彼女は猫を眺め続けていた。


 ため息が出そうになるもグッと堪える。


 彼女が何か思い詰めているならば、彼女の前でため息を吐くようなことは避けたほうがいいと気遣ってしまった。


 今日の彼女は変だ……。


「まゆ、飲み物買ってくるよ」


 徐に首を動かした。


 こういう話題には反応を示すのか?


 大通りにある自動販売機に向う。


 日差しに当たり改めて暑さを感じていた。


 夏真っ只中。


 熱中症になってもおかしくはない。


 全身で夏を感じていたとき、ふと道端に置かれたものに目がいく。


 ナスときゅうりに足が生えた”アレ”だ。


 お盆なんだなと何気なく感じた。


 財布をポケットから取り出した。


 数枚の小銭を自動販売機に突っ込んだ。


 爛々と照らされた商品を見つめる。


 日陰に置かれた自動販売機だとしても、少し明るすぎやしないかと意味もなく思った。

 

 陳列したボタンの一つを押し、鉄の音を響かせる。


 お釣りを引き出し小銭入れに納めた。


「あれ、ついてきたの?」


 まゆが隣に立っていた。


「何か飲む?」


 さっきは反応してくれたのに……。


 取り出し口に手を伸ばす。


「あれ? なんで出て来ないんだ?」


 飲み物が出て来なかった。


 なんで?


 まぁ、仕方ない……。


「まゆ、行きたい所に付き合ってくれないか?」


 彼女はコクッと頷いてくれた。


 何も答えようとはしてくれない。


 でも、僕と居てくれるんだ。


 僕は彼女を引き連れ、歩き始めた。

 



◇   ◇   ◇


 


「付き合ってくれてありがとう」


 後ろにいる彼女に向かい言った。


 無口と無表情は変わることはなかった。


「稲荷山って結構登るから、疲れたら言えよ?」


 昔、修学旅行で訪れた伏見稲荷に来た。


 大きな鳥居をいくつも潜り階段を登った。


 そうすると、数多くの鳥居が所狭しと立ち並びぶ千本鳥居の入り口が見えた。


「あ、あれ?」


 後ろを振り向いたが、そこにいるはずの彼女はいなかった。


 辺りを見渡すと、僕よりも先に千本鳥居を潜っていた。


「あ、ちょっと……!」


 駆け足で彼女のあとを追う。


 彼女は明らかに歩いているはずだった。


 駆け足なのに追いつける気がしない。


 鳥居の間から覗く彼女の背はなぜか怖くて、そして美しかった。


 なんで僕を置いていくの?


 石畳の道を蹴り上がる。


 しかし、長くは続かなかった。


 膝に手をついて呼吸した。


「はぁ、はぁ……ッ!」


 あんなに意地が悪かったか?


 鳥居が立ち並ぶ道からはずれた場所にベンチが一つあった。


 日陰だから休むのにもってこいだ。


 ベンチに向かい足を動かす。


 道から抜けた。

 

 すると、僕の真右に彼女はいた。


「……こんなところにいたのか?」


 驚く体力は今の僕にはない。


 説教する気もなかった。


「あそこに一回座ろう」


 ベンチを指差す。


 ベンチに近づいて、重い腰を据えた。


「まゆ、座らないのか?」


 そう言うと僕の隣に彼女は座ってくれた。


「どこかにいく時は俺にちゃんと言えよ?」


 彼女は何も言わない。


「そうだ、今度は何処行く?」


 彼女は何も言わない。


「そういえばいつまで京都にいるの?」


 彼女は……何も言わない。


「なぁ、なんとか言ってくれよ。まゆ」


 彼女は……僕の方を向いてくれた。


 そして僕の手をとりお守りを二つ置いた。


「まゆ、これは何?」


 彼女はゆっくり口を動かして、


「ー、ー、ー、ー」


 と言った。


 僕は答えた。


「うん、ありがとう」


 まぶたを閉じ、再び目を見開いた。


 すると、嵐山の踏切に立っていた。


 彼女から貰ったお守りを握って。

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