第27話 期待のプリンス・プリンセス〈ライム〉

 書類上親子になったルトーナさんと僕の私生活は、今までとそれほど変わりはない。


 ただ、お互いの気持ちの親近感は増してる。プライベートでは、『ルトーナ母さん』と呼ぶことに変えた。『ルトーナさん』では他人行儀だし。


 組織内では徐々に僕の仕事内容が変わり始め、ルトーナ所長の直属でする仕事がメインになった。お陰で外回りで挨拶する人も増えた。


 対処に困難が伴うケースの仕切りについて法律を交え仕込まれ始めたり、組織の財政状態を帳簿を見ながら説明もされた。今までとは違った大変さを感じてる。



 僕たちが親子になり、僕が後を継ぐことは、組織内ではおおよそ受け入れられてるように思える。


 というのも、この組織の運営は、半分はルトーナさんの不動産収入に頼っている上に、なぜだか僕がルトーナさんの隠し子説が組織内には密かにはびこっていたからだ。リリーさんも昔、勘違いしてた。


 今までも、さりげなく、もしくはズケズケと誰かに聞かれる度に、僕は否定はしていたんだけど。


 ルトーナさんがファーランさんと結婚しないのは、僕に遠慮してのことだとか、そんな噂までされていたらしくて、ルトーナさんと僕が親子になったと言っても特に周りは違和感はなかったらしい。ファーランさんが亡くなったのを機に、ついにカミングアウトしたのね、くらいに思われてる。


 ルトーナさんも、前から『ライム隠し子説』の噂は知ってたみたいなんだけど、自然に消えるだろうと放っておいたらしい。消えなかったけど。


 今となっては本当になったから、これって運命だったりして‥‥‥




「そろそろチャイミさんリリーさんご夫妻が来る時間ですね。応接室の用意は出来ています」 


 僕はさっきから山積みの書類にせっせと目を通してるルトーナ所長を、さりげなく促した。


「あら、やだわ。もうそんな時間? ‥‥‥リリーとは久しぶりね。もう滅多に顔は見せなくなったわね。代理で妹さんのローズさんがボランティアに来てくださったことがあるわね」


「はい。ローズさんは啓発のファミリーイベントの時にお手伝いしてくださいました」


「そうそう、そうだったわね。そして今日は久しぶりにリリーが来るのね」


 ローズさんがボランティアに来てくれた時には笑顔のファーランさんもいた。


 あれから間もなくの事件。葬儀は外部は招かず身内はファーランさんの兄弟2人と、エマンシペーターの上部の少人数でこじんまりと密葬で行われた。ルトーナさんが弔問客に紛れた刺客に襲われる可能性は否定出来ないし、しめやかに落ち着いてお別れをしたかったから。後日、お別れの会を設けることにしてる。


 だからお悔やみを頂いただけで、チャイミさんとリリーさんと会うのは今回久しぶりだ。  



「はい。リリーさんは社交界隈のあちこちで人気者ですから招待が多くて忙しいのでしょうね。僕、未だに外まわりでは、よくチャイミさんとリリーさんのこと聞かれます。あの沈没船からの救出劇が見目麗しい二人と相まって純愛物語として巷で流れましたしね。パヤライ区区長の息子が奴隷狩りの被害者になっていたというのもショッキングな事件でした」


 チャイミさんとリリーさんの世間での人気と知名度は高い。


 だって1年間も行方不明になっていたパヤライ区長の息子が発見されて、しかも密漁漁船の沈没事故からギリギリ救出されたのだから。それを港で真っ先に見つけたのは恋人のリリーさんだったのも、世間の感動を呼んだ。



「ええ、当時失踪したチャイミさんの行方を十分捜索し尽くさなかった警察も批判されていたわね‥‥‥」


「はい、例の大物国会議員への忖度があらわになりましたね。僕たちは巷に情報が広まって世論が味方につき、お陰で政治に陳情しやすくなりました。この組織は一歩一歩前進してます。我々は妨害には屈せずアプローチして行くべきです」


 けれど、政治に近づくほど、僕らには危険がつきまとう。


 自身も恐ろしい目にあい、パートナーを亡くしたというのに、それでも前に進むことを考えているルトーナ所長を益々尊敬してしまう。


 暫くは事務所周辺は警察の巡回も強化してくれているけれど、不安は無くなるわけじゃない。それでも僕たちは、暴力に屈する気はない。



「今日はチャイミさんは改まってどういう要件だと思いますか? ルトーナ所長。事前には全く内容は話してくれませんでした。そちらに挨拶に伺いたいって言うだけで」



「‥‥‥少し、期待してしまうわね」



 ルトーナ所長のこの言葉の意味はすぐにわかった。僕も同じ気持ちだったから。


 巷の知名度を得た二人。双方とも人々を惹き付けるルックスも十二分。


 チャイミさんはそろそろある決心をしたんじゃないかと───



「え? 何をですか? おいしそうな手土産とか?」


「‥‥ぶっっ! もう、ライムったら、やあね、そっちの期待より、先に何かあるでしょう?」



 苦笑いのルトーナ母さん。面白くもない冗談でごめんなさい。少しでも笑顔を見せて欲しくて。心から笑った顔は見てない。あの喪失の日から───



「冗談ですよ! ルトーナ所長‥‥‥実は僕も期待してたんです。もしかしてって‥‥‥」


「‥‥よね? うふふ。あの二人のセンスで選ばれた手土産も、もちろん私だって期待してるわよ?」


 僕にウインクした。



 コンコンッ‥‥


 開けっ放しだった所長室の扉がノックされた。


 そこには受付兼、庶務スタッフのミナンさんが機嫌良さげな顔で立っていた。


「お話し中失礼致します。ルトーナ所長、ライムさん。お客様がいらっしゃってますが、お通ししても?」


 もしかして彼女、来客のチャイミさんがイケメンだから喜んでるとか?


「ええ、ありがとう。応接室にお通しして」


 僕たちてっきりチャイミさんが到着したのかと思いきや! ミナンさんのすぐ後ろから、目付きの鋭い男がひょっこりと!



「こんにちは~! いやー、ルトーナ所長、ライム。偶然近くを通ったからさ、顔見に来たぜ!」


「なーんだ、キャドさんか‥‥」


 ‥‥違った。


「『なーんだ』とは何だよ! せっかく手土産持って来てやったのに! いい、ライムにだけあーげなーい。ミナンさーん、これライム以外の皆さんでどーぞー」


 ったく、キャドさんは30にもなって大人げないんだから。しかも警備会社の社長だってのに。



「きゃあ! キャドさん、いつもありがとうございまーす! キャドさんもご用事後、一緒にいかがですかぁ?」


「いや、今日は俺はいい。皆さんでどうぞ~♪」


 ミナンさんは、残念そうな顔をして会釈してから、手にした袋を持って下がって行った。


 どうやら、今日はキャドさんはただ寄ってみただけではない。



「がっかりすんなよ! ライム。実は尊敬のルトーナ所長と、愛しのライムにはほら、もっとデラックスなスイーツ買って来た! じゃーん!」


「もー、『愛しの』とか、誤解を招く言い回しはやめてくださいよ! 嫌がらせですか? 僕に未だに彼女が出来ないのはキャドさんのせいですよ!」



「‥‥あら、人のせいにするなんて? 私の妹のローズはライムさんに相手にしもらえなくて落ち込んでいてよ? いつも忙しいって言ってるくせにキャドさんというお友だちとはしょっちゅう会っているらしいとかで───」


 スッと僕とキャドさんの前に進み出た女性。


 レモンイエローの上品なスーツを着た視線を奪われるような人。その瞳には少女のようなおしゃまな光が浮かんでる。そのすぐ後ろに立つのは、まるで映画俳優のような男性。


 チャイミさんだ!


「あっ! リリーさん、チャイミさん! お待ちしてました」



 彼らの今日の訪問を知らなかったキャドさん。


「あっれー? チャイミだ! リリーさんも揃って何? 仕事で来たの? 久しぶりだな!」


「やあ! キャド。キミがここにいるとは。会えて嬉しいよ!」


 二人の男はごく自然に包容を交わす。昔も今もカッコいいこのコンビは、やっぱり今も僕の憧れだ。


 チャイミさんはすぐにキャドさんと離れ、リリーさんと揃ってルトーナ所長の前に進み出て、スマートにお辞儀した。


「本日は私たちのためにお時間を割いて頂きありがとうございます。ルトーナ所長」


 二人はまず、ファーランさんの深いお悔やみを述べ、ルトーナ所長は礼を述べた。



「ファーランはいつだって私の心にいてくれるわ。さて、お二人は今日はどんなお話なのかしら?」


 ルトーナ所長はさっと切り替えた。同時、表情もキリリと変わる。



「はい、相談とお願いがありまして。キャドもいたならちょうどいい。一緒に聞いてくれ」


「いいけど? 実は俺も所長に話があって来たんだけど、チャイミと違ってアポ無しだけど」


「キャドさんはいつも突然だからここのスタッフは皆、慣れてますけどね。でもたまには連絡入れてくださいよー」



 なーんて言ってみたけど、実際給湯室にはお茶のカップを一人分多く用意してた僕。


 実は近々、多分今日辺りキャドさんもルトーナ所長のところに直接来る頃だって予感がしてたんだ。


 先週、ルトーナ所長が確実に事務所入りしてる日、僕に聞いて来たからね。




 


 キャドさんて、そういうさりげなく優しい人だから────



 僕、知ってるんだ。キャドさんは何も言わないけれど。


 あのルトーナさん襲撃事件以来、キャドさん自らこの近辺をそれとなく見回ってくれてること。







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