第28話 キャドさんの提案

 ローテーブルを挟んで、向こう側にチャイミさんとリリーさん。


 入口側にルトーナ所長。左右脇にキャドさんと僕。


「キャド、申し訳ないが、俺より先に始めてくれないか? ‥‥‥よろしいでしょうか? ルトーナ所長」


 チャイミさんが申し出た。


「ええ、構いません」


「あ、俺からね。‥‥コッホン‥‥えっとね、皆さんご存知のように俺はKadalカダル民間プライベート警備セキュリティ会社ファームを運営し、今30人弱の警備員セキュリティガードを抱えてる」


 キャドさんの警備会社は順調で、特に地元の酒場からは要望が高い。始まりのきっかけがそこだったからね。だからクラブやバーの入口にいる用心棒バウンサーも港町の酒場界隈に派遣してる。


「うちは夜の街にも社員を派遣してるからな、あれこれ聞こえてくる噂話にはいとまが無い。裏界隈で怪しい動きがないか探ることも、ある程度は可能だぜ? 酒場の噂話にはそれなりの火の元があるしね。そして部下の特に見込みのある上位7名は、俺が直で鍛えてるから、護衛ボディーガードも出来るAAAランクだ。‥‥‥俺が言いたいこと、わかんだろ?」


「えっと‥‥それは、キャドさんのギブアンドテイクの申し込みってこと?」


「さっすが、俺の愛するライムだな! 俺は本日、営業も兼ねて、俺がルトーナ所長やライムを、エマンシペーターを守りたいって願いを叶えに来たってことさ。俺はここみたいな慈善事業をしてるわけじゃない。利益を出さなきゃ社員に金を払えないからそれなりに貰うもんも貰うが、俺の会社にセキュリティを委託なら、特別割引サービスはしとく。とりあえず1人、ここにどう?」



 これはいつものキャドさんのさりげない好意だ。キャドさんも、ルトーナ所長には恩があるから。僕はこの申し入れを、ルトーナ所長のために是非とも受けたい!


 きっと優秀なボディガードを送ってくれるに違いない。


 ルトーナ所長は護衛をつけるのには消極的だ。ここは僕がルトーナ所長を納得させなきゃ!



「キャドさんの警備会社と契約すれば、闇ルートで流れる我々に関する危険情報を頂けるのですね。そしてここに1名派遣されるその方は、ファーランさんのようにボディーガードを兼ねてここの業務もこなしてくれるのですか? 残念ながら、こちらはガード専業の人をお願い出来るほど余裕はありません‥‥」


「物騒な噂や危険な兆候を察知した場合はもちろん本部が即座に対処する。こちらで派遣するボディガードには、エマンシペーターの通常業務を課し、危険を感じる時間帯や場所には同行させればいい。悪いことは言わない。危険に備えて、1人置いとけ」


「ルトーナ所長! それならいわゆる派遣社員のような扱いになるのでは? 通常業務ならともかく、僕も含めた男性スタッフたちでは、護衛面においてファーランさんの穴埋めは出来ません。所長、これは他のスタッフの安全のためでもありますよ?」


「それは‥‥そうね」


 ルトーナ所長の気持ちが動いた?



「ここに送る1名は俺が選んで推薦してもいいけど、そちらでここに合いそうなヤツを選んでくれてオッケーだぜ? まあその場合、本人の希望も聞かなきゃなんないけど。1人くらい、つえーヤツ、飼ってた方がいいだろ?」



「ルトーナ所長。私もこの申し入れには賛成いたしますわ。セキュリティは専門家にお願いする方が安心出来ますもの。ねえ、チャイミ、あなたはいかが?」


 リリーさんが援護してくれた。


「‥‥詳細を詰めてみないとはっきりとは言えませんが‥‥。これまでのお話を聞いた分では、よい提案だと思います。ルトーナ所長。素人では、いざ危険な場面に遭遇しても動けませんし、恐怖でろくに声さえ出せないものですよ。練度がありませんから」


「‥‥そうね。ファーランがいなくなってから、交代で代わりをしてくれていた男性スタッフたちも私のお守りは重荷に感じていたでしょうね。わかりました。では、セキュリティは専門家に委託の方向で。キャドさん、では、詳細はライムと詰めて頂ける? ライムは草案をなる早で報告を」



「ハイッ! 了解しました。ルトーナ所長!」


「やったー! 社長自ら営業成功! 毎度アリです!」 


 僕には自然と満面の笑みが浮かび、ルトーナ所長はそれを見てクスクス笑う。キャドさんは僕に親指を立てて見せた。



 リリーさんが何か閃いたらしく両手のひらを合わせて、楽しそうにチャイミさんに話しかけてる。


「きゃ、そうだわ! そのうち私たちにもセキュリティが必要になるわね。その時はキャドさんの、Kadalカダル民間プライベート警備セキュリティ会社ファームに依頼しましょうよ!」


「‥‥‥その時は是非とも、だね」



 ルトーナ所長がすぐに反応した。


「‥‥あら、それはこれからあなたたちがお話することと関係があるのかしら?」



 ここからは、チャイミさん、リリーさん夫妻のターンだ。


 僕の喉がごくりと鳴る。



「はい、その通りです」


 チャイミさんは、背筋を伸ばしてソファに座り直し、リリーさんはサッと今居いずまいを正した。


 この睦まじく並んだプリンスとプリンセスのような二人を見て、僕は過ぎた月日を思う。



 初めて会った時のリリーさんは、ボランティア活動にいそしむ、優しくて真面目なお姉さんだった。そして、彼女はチャイミさんを密かに探していた。孤独の中で。


 リリーさんの努力と祈りは通じ、真っ先にチャイミさんを取り戻した。誰よりも先に。


 彼女の止まっていた時間は動き出し、いつしか素敵なレディに変身していた。



 もっと変わったのはチャイミさんだ。


 チャイミさんは今や、ブランドスーツを着こなし、品格ある立ち振舞いで僕らの前に現れる。船にいた頃のワイルドな面影は見事に隠した見事なイメチェン。


 ───ううん、違う。


 僕が知っていた船上のチャイミさんは仮初めの姿で、今のチャイミさんが本来のチャイミさんなんだ。




 人生を取り戻したチャイミさん。


 だけどきっとそれは、何ごとも無く順調に進んでた場合の行き先とは少しずれてるはずで。


 チャイミさんの生まれなら、本来垣間見ることも、ましてや触れることさえあり得なかった世界を知ったから。



 だからこそ、期待してしまう。



 僕が、ルトーナさんが、この組織が、これまでの被害者たちが、あなたに希望を乗せたいと願ってしまうなんて、勝手過ぎるとは思いつつも‥‥‥




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