第25話 キャドさんのそれから〈ライム〉

 キャドさんは入寮し、警備員の仕事をしながら僕と同じ夜間高校に通っていた。


 夜間高校の生徒たちは年はバラバラで幅広く、自分の未来を助けるために学ぶ15才から、若き頃学校で学ぶ機会を逃したお年寄りまで、皆一生懸命勉強していた。僕は16で、キャドさんは19で、僕より3つ年上だったけれど、僕と同じ学年に入校し、同時に卒業した。


 僕は仕事を続けながら大学の夜間部に進んだ。キャドさんは警察官になろうと試みたけれど、素性がハッキリしなくて怪しい‥‥とかの理由で、事前身元審査の段階で落とされていた。


 キャドさんは警察官になって、「奴隷狩りに関わっている街の怪しいやつらを一人残らず捕まえてやる!」という密かなるビジョンを持っていたらしいんだけど、道は出自で閉ざされてしまってスゴく悔しがっていた。


 どうやら、警察官になるには、本人は元より家族まで調査され、思想や宗教や支持政党による、ふるいがあるのを知らなかったようだ。



「この俺を落とすとはな。優秀な人材を棄てたことを後悔させてやるぜッ! 傷心の俺は旅に出る!!」


 と、いうことで、バックパッカーとなり、各地の格闘技の門を叩きながら、世界中を流転の旅に出ていた。



 そして1年後、キャドさんが予告も無くエマンシペーターの事務所に僕を訪ねて来た時にはホントにビックリした。ますます精悍な男になっていたから。


 しかも、住むとこ無いからしばらく僕の部屋にいさせてくれって言うし。


 僕は高校卒業と同時に、ルトーナさん所有ビル5Fのシェアハウスの部屋は出て、小さなアパートの一室を借りて一人で暮らすことに決めていて、キャドさんもそれは出発前から知ってる。



「もー、キャドさんたら強引ですねえ。僕がアパートで彼女と暮らしているかも‥‥とか、考えなかったんですか?」


「‥‥‥え? そんな可能性の可能性すら思いつかなかった! そしてその『かも』は実際無かったわけで。ま、俺の仕事が順調に行ったらすぐ出て行くって!」


「仕事? もう、見つけたんですか?」


「雇って貰えなかったのなら、俺が俺を雇えばよかったじゃん! って気がついた。俺って天才!」



 要するにキャドさんは1人で事業を始めた。社長も社員も自分1人。


 しかもそれは僕が独り暮らしをしていたアパートの一室で!



「とりあえず、頼まれたら大抵のことは引き受ける。犯罪以外」


 

 電話番号の貼り紙(僕んちですけど‥‥)と、僕やリリーさんのクチコミからキャドさんのお仕事は始まった。


『旅行に行っている間、1週間庭に水やりをお願いしたいのですが』


 最初のお客さんは、中年夫婦だった。キャドさんはきっちりやり遂げ、草取りまでサービスして報酬アップと高評価を得た。その次は‥‥


『一番上の息子が街の不良グループに入ったようなんです。夜、柄の悪い若者たちとビリヤードバーにたまってるから連れ戻して下さい。しくしく‥‥』



 スタイルと顔だけで言えば、他の人は目が合っただけで『あ、この人ヤバい。近寄ったらダメなヤツ』と、思われるであろうヤンキー風なキャドさん。


 そして実際強い。本場に行ってさまざまな格闘技を見て体験してきたキャドさんは独自の進化を遂げていた。


 キャドさんに言わせれば、酒場では『ちょっとした抵抗』にあったものの、無事にご両親の元に返したそうだ。


 この件により、この界隈でキャドさんの名声は高まった。


 店の備品の損害は少しばかり出たものの、不良少年のたまり場にされて売り上げが落ち、店内でもケンカが絶えず、辟易していた店からは感謝され、依頼主からもチップを弾んだ報酬を得た。


 噂は広まり、他の酒場からの用心棒の依頼が入るようになった。


 そしてキャドさんは、圧倒的なフィジカルな強さの優位性を見せつけてから、自身の苦難体験起源のメンタルにも響く説教をし家に返した少年と、彼が属していた不良少年グループたちの間で、いつの間にか憧れの存在となってたらしい。


 雷神降臨稲妻伝説とか??? 何ソレ‥‥? 厨‥‥‥



 キャドさんは外見と違って、もとから明るくて人好きな性格だ。


 さりげなく世話を焼く。船上でも僕にそうだった。


 初めて会った時、僕の帽子を取り返してくれたことを思い出す。照れ隠しで素直じゃない表現のキャドさん。今となって少年だったあの時代を思い返すと、キャドさんてする事はかわいい子だったなー、なあんて思う。ふふふ‥‥



 元不良グループの数人は、キャドさんが僕の部屋に事務所(?)を開設してることを知ると、僕のアパートの部屋の前でキャドさんが出て来るのを待ってたりするようになった。 


 ドアから出たのが僕だったりすると、あからさまに彼らにガッカリされていたのだけど、キャドさんに注意されると態度は一変し、『アニキ、おはようございます! いってらっしゃいませ』などと、揃ってお見送りされるようになった。


『おはようございます、みなさん。僕、行ってきます』と、返す僕の笑顔の顔はいつも引きつってるの、自覚してる‥‥‥


 そのうち彼らが競ってキャドさんに仕事を探して情報を持って来るようになり、キャドさんはそれら得た仕事をきっちりこなし、一人で始めた事業は地元の基盤を得た事によって、順調に回り出した。



 半年後───


 

「サンキュー! ライム。俺は行くが、俺が一番愛してるのはいつだってライムだぜ!」


 なーんて、嬉しいような嬉しくないような冗談と投げキッスを残して僕の部屋を去って行ったのだった。


 少年たちの玄関先の挨拶の見送りも無くなった。


 急に部屋は寂しくなったけど、反面ホッとした僕。



 キャドさんの陸での初仕事は警備員だった。ノウハウは既に知っている。


 そこでキャドさんは元不良少年の中から、見込みのありそうな数人をバイトで雇い、小さな警備会社を設立した。



 キャドさんのセキュリティガードとしての新たな人生はここから始まったんだ────

 




 


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