第24話 再会〈ライム〉
「‥‥‥待って下さい。僕、緊張して来た‥‥」
病院の入口の扉の前で、御見舞いに用意したくだものかごを抱えて、僕は立ち止まる。
「転落事故以来ですし‥‥‥僕を見たら驚くでしょうね‥‥‥」
「‥‥‥はっ? 何言ってやがる?」
キャドさんが、眉根を寄せて切れ長の目で僕を睨む。
「俺ん時は両腕を上げてぴょんぴょん跳ねながら『キャドさ~ん!』って大声出してガキ丸出しではしゃいで俺を呼んでたくせに、何だよその違いはよお?」
キャドさんに髪をぐしゃぐしゃに撫でられた。チャイミさんに会うためにせっかくキメて来たのに。
「もー、やめてくださいよぉ! 僕、チャイミさんに恥ずかしくないように30分もかけて整えて来たんですよー」
「チッ! あん時、俺がどんだけびっくりしたと思ってんだ? 死んだと思ってたヤツが急に目の前で俺を呼んでたってやつ! しかも、俺は命からがら火災の船から脱出して陸に上がってやっとホッとした時にさ」
「そっ、それは‥‥‥‥だって、そこにいるのはキャドさんだってわかって僕、嬉しくなっちゃって思わず‥‥‥」
「これ! 二人とも、もう入るから静かにしなさい。まったく‥‥キャドとライムはどうやら相性抜群のようだな‥‥? ふふっ‥‥」
ソムラータさんは、物知り顔で入り口の扉をくぐる。
ソムラータさんの足の怪我の後遺症は、その後続けているリハビリで回復しつつある。足取りは、少しの間でずいぶん良くなってる。
「げっ、俺らソムラータに変な誤解されてるぞ!」
「ええっ!! それはキャドさんにいつまでも彼女が出来ないせいじゃないですか?」
「は? それ言うか‥‥? お前だって、いねーくせにっ!」
僕らは振り向いたソムラータさんに視線だけでピシッと再び注意されて、口を閉じて肩をすくめた。
僕にとってキャドさんは今、僕を一番理解してくれる、かけがえのない友だちになっている。多分、一生の友だちだ。
リリーさんが一般受付の前で僕らを待っていてくれた。
ソムラータさんだけはリリーさんと初対面だ。ふたりは、礼儀正しく挨拶を交わした。
「では、病室の前までご案内しますわ。7Fです」
リリーさんが歩く度に髪に揺れるオーガンジーのリボンと、ひらひら舞う白いワンピースの裾を見ながら、僕たちは後をついて行く。
7Fのエレベーターを降りナースセンターの前を通り過ぎると、リリーさんは僕たちに振り向いた。
「私はここで失礼いたします。私がいては話しにくいこともあるでしょうから。一番奥の角の個室です。ソムラータさん、キャドさん。どうかチャイミを元気づけてあげて下さい」
「ええ、彼は私たちの命の恩人です。力になれることがあるならば‥‥‥。彼がいなかったら、キャドも私も船と一緒に海底に沈んでいました」
「‥‥‥危機一髪だったよな‥‥‥アレ」
キャドさんの目が、フッと虚ろになった。
船に閉じ込められたまま沈んで行くなんて、僕の漂流より、恐ろしいことだろうと思う。
「お聞きでしょうが、チャイミは今日、ライムさんも来て下さることは知りません。救助されて生きているこさえ。‥‥‥ライムさん、お願いね。チャイミは自分の幸せに罪悪感を抱いてる。どうか、彼を解き放って‥‥‥お願い‥‥」
リリーさんは、僕に深くお辞儀をしてから去って行った。
どうしてこんなに緊張してしまうのだろう? キャドさんとソムラータさんの時は嬉しさしか無かったのに。
ちょっと怖いんだ。憧れのチャイミさんが僕を受け入れてくれるかわからないから。チャイミさんはあの時の事はすべて忘れてしまいたくて、僕も一緒に拒否されるかもって。
僕が恐れてるのはチャイミさんの反応───
体がきゅっと固くなる。
キャドさんとソムラータさんは僕を間に入れて背中を押した。
「さあ、行こうか?」
ソムラータさんが、僕に優しく微笑む。キャドさんがニカッと笑って親指を立てた。
「大丈夫だ、ライム。あいつ、きっと喜ぶ」
僕はコクリと頷いた。
ノックして、返事が来た。
「はい、どうぞ」
懐かしいチャイミさんの声。
勇気を出して、行け! 僕!
僕は、先に一歩入る。後ろには、頼りになるかつての海の仲間二人。
「こんにちは。お見舞いに来ました。あ、あの‥‥おかげんはいかがですか?」
どうやら、チャイミさんは起きて読書していたようだ。
ベッドの上で、ハッとして大きく見開いたその目。
僕から視線が外せなくなったらしい。瞬きも忘れてしまうくらいに。
もしかして僕のこと幽霊とか幻だと思っているんじゃないかって、僕は緊張しながらも、どこかこそばゆくって、
チャイミさんは驚き過ぎたらしく、状況を受けきれない様子。
下におろした読みかけの本が、スルリとブランケットから床に滑り落ちた。
僕は両脇にいるキャドさんとソムラータさんを交互に見て、自分はどうしたらいいのか助けを求めた。
キャドさんが僕の肩をポンと叩き、ウインクする。ソムラータさんも僕に優しい眼差しで『大丈夫だよ、続けなさい』って小さく頷いた。
僕は数歩進み出て、チャイミさんの目を見て話す。
「‥‥あの日以来ですね。僕、絶対また会えるって信じてました。すごく嬉しいです。あの‥‥これ、フルーツ持って来ま、わわわわっ!!」
僕は思わずフルーツかごを床に落としてしまった。だって、チャイミさんがおもむろにベッドから下りて、いきなり目の前に来るから。
「これ、本物? 本当にライムか? ライムだよな?」
チャイミさん、顔近い! まだ、傷痕が残るその顔は、それでもイケメンのあのチャイミさんだ。
緊張して固くなって突っ立っている僕の頬を両手で挟みこんで、真正面に顔を寄せて来た。
僕はカーッと顔が熱くなる。
「あ、あの‥‥チャイミさん、僕は本物のライムです‥‥‥」
「ああ‥‥‥生きていた‥‥‥神様‥‥‥ライムが生きていた‥‥」
僕を抱き締めて、いとおしむように優しく髪を撫でる。
チャイミさんが、僕を受け入れてくれたことが嬉しい‥‥‥
僕はそっとチャイミさんの背中に腕を回す。
「ライムは俺を許さなくてもいい‥‥俺はあの時、最善を尽くしたつもりだったけれど、それが正解だったかと言えば、答えは出なくて‥‥‥」
「‥‥‥僕は誰も恨んではいません。チャイミさんは僕を見捨てたわけではないのは僕はわかっています」
「‥‥‥本当にすまなかった。ライム‥‥‥生きていてくれてありがとう」
チャイミさんが僕に頭を下げた。
僕たちの目に浮かぶのは、温かい涙。
ベッド横のサイドチェストの上のフォトフレームには、チャイミさんと弟と両親の4人の姿。
そして、もう一つのオーバルのフレームの中の可愛らしい笑顔は、僕もよく知ってる人。リリーさんだ。
奥のサイドテーブルにはお見舞いの品々が積み重なってる。
アートフラワーで飾られたティッシュケースが置かれたローテーブルと、三人掛けのソファが、奥の窓際に配置された行き届いた病院の個室。
もう、チャイミさんが幸せに戻る準備は出来ているのが一目でわかった。
「チャイミさん、聞いてみますか? 僕の漂流冒険譚! 僕、摩訶不思議体験だったんです。ね、ソムラータさん、キャドさん!」
「まあな、俺らの脱出劇にひけはとらないかもな?」
「そうなんだよ! チャイミ、聞いてくれよ! アーティーがね、私の祈りが通じてアーティーがウミガメの精霊になって──────」
待って、ソムラータさんたら! それ、僕が話すからッ!
笑い声こぼれる、暫しの歓談。
僕はおよそ半ぶりにチャイミさんと再会したんだ────
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