第20話 水面下の計画〈ライム〉

 あれから、なんとなくソワソワしながら過ごして1ヶ月経った。


 昨日の夜、学校を終えて部屋に戻ると、シェアハウスの伝言板に僕宛のメモが貼ってあった。


『To ライム 急で申し訳ないけど、明日の朝の9時に事務所に来るように! From ルトーナ』



 明日は事務所の週の定休日だけど、ルトーナさんに急な仕事が入って助手が必要なのかも。




 **




 朝、事務所で待っていたのは、ルトーナ所長とファーランさんの二人だった。



 いつもと違う静かな事務所。いつものワサワサとした人の出入りも、訪れる相談者の姿も無い。



「おはようございます。ルトーナ所長、ファーランさん」


「おはよう、ライム。休日出勤ご苦労様!」


 ルトーナ所長のデスクの横に立ったファーランさんが、机上の紙から目を上げて言った。



 ファーランさんは、ルトーナ所長のボディガード兼事務所スタッフをしていて、ルトーナ所長と行動を共にすることが多い。


 何か、急な仕事があるのかな?



「おはよう、ライム。来て早々悪いけど、会議室にお茶を4客、用意しておいてくれますか?」


「はい、所長。すぐに!」


 いまから会議するんだ? それとも急な相談者が来る? 僕はアシスタントのために呼ばれたのかな?




 僕がちょうど会議室にお茶の用意を済ませた頃、


「おはようございまーす」


 あれ、リリーさんがやって来た。これって‥‥!?



「リリー、おはよう。休日に呼び出してごめんなさいね。これで4人揃ったわね。進展があったから、早く説明してあげたくて。ね、ファーラン! 二人とも、会議室へ!」


 僕たち4人? これって、リリーさんと僕にとっていい知らせ‥‥?



 ルトーナ所長とファーランさんに続いて、どこか緊張しているリリーさんと僕が入室する。


「リリー、ライム。座って」


 僕たち二人は目配せしてから腰かけた。きっと同じこと考えてる。


 もしかして、チャイミさんのことで進展があったのかもって。僕たち二人が呼ばれたのってそれしかないもの。



 楕円形の円卓に、僕たちと向かい合わせに座ったルトーナ所長は言った。


「ファーランが、調べてくれたのよ。来月の後半にね、ライムが乗っていた漁船が、メンテナンスのためにタターラ港に入る予定よ」


「本当ですかッ!」


「そ、それって‥‥!」


 リリーさんと僕は思わず向き合って両手でハイタッチした。


「密かに、上陸予定の船員名簿も手に入れたわ。ほら、これよ」



 僕はここに来てすぐの頃、知っている顔がないか、ルトーナ所長から、男性の写真を連日たくさん見せられた。


 その時、キャップの顔を見つけたんだ。僕が知ってるよりずいぶん若かったけど、色黒で濃い眉毛の特徴ですぐにわかった。キャップの名前は知らなかったけど、その時知った。



「我々にはつてを持ってる船舶代理店があってね、密漁船らしき船の、入港の手続きの依頼が入ると密かに知らせが来る。その中に、船長名がタストロってあって。ライムが乗っていた船の船長だ」


「一人、職員を買収してあるの。ふふっ‥‥きれいごとなだけじゃ事は進まないし」


 そうかも。漁船は不法行為だらけだったもの。正攻法で何とかなる相手じゃない。



 けど、見せられた名簿には、チャイミさんもキャドさんも、ソムラータさんの名前も無い。


「あの‥‥船長以外、僕の知っている名前が1つも入ってません。これってどういうことでしょうか?」



 僕の戸惑いをよそに、ルトーナ所長はファーランさんと微笑みを浮かべて頷き合う。


「ふふ‥‥船名と船長名が合っていればこの船で間違いはないのよ。大丈夫よ! いくらなんでも拉致された人の名前をそのまま使う訳がないじゃないの。密漁船の船から提示される名簿は、他人の、もしくは偽パスポート由来なのよ」


「ああ、それでも難なく入国審査を通ってしまうんだ」 


「とにかく、チャンスよ! 逃さないわよ。カナル地区の港に来るんだもの」



 ルトーナ所長は、ファーランさんと頷き合う。この人たちは、僕たちの知らぬ所で、どれだけの修羅場をくぐって来たのだろう?


 二人から見えない気魄きはくの炎を感じて、僕の背筋がブルッとした。



「タストロの入港に合わせて私たちは港で待機よ! 地元警察の協力も取り付けたわ」


「え、警察も?」


「ええ、警察所轄上部には知らせずに末端数名で決行するの。ここの所轄でも、一部の警察官しか知らないわ。どこにスパイが潜んでいるかわからないものね。事前に事情を説明して出動を要請しておくけれど、当日に通報があって駆けつけたってていを取るの。所轄警察には、私たちのこの拉致救済組織を利用したい勢力はある。基本、拉致労働者を救えば一般市民には成果をアピール出来る訳だし、それを上部が潰すことは出来ないわ。だって、それは外側からの、大多数の国民からの評価で支持ですもの。権力も数の力には弱い」


「そういうことさ。上意下達の警察組織内だけど、上部の圧による強制的とも言える忖度には、密かに反発してる人はいるわけで。面従腹背‥‥彼らには正義感から協力してくれる人もいる。私たちと同じ、人だからね」


「えっと、それって後から大丈夫なんですか?」


「両者落とし所があってね、悪者は逮捕出来ないだろうが、今囚われの拉致被害者は保護出来る公算なんだ。やつらの利権獲得の屋台骨は傷つかない。まあ、これでは根本的解決はならず、いたちごっこだがね‥‥‥」



 ファーランさんはいつも言ってる。『我々には出来ることと出来ない事がある。完璧を求めなくていい。私たちの目的は悪人を暴き出すことでは無く、被害者を救うことなんだ』って。


 根本を正すことは僕たち民間人に出来る事じゃないのは知っている。悔しいけれど。でも、いつかは届くはず。このままでいいなんてことは無い。


 隣に座るリリーさんの表情は、真剣そのもの。僕だって出来ることは何でもする覚悟はある。


 一度死を覚悟した身。あれ以上の絶望なんて、もう一生無いような気がしてるし。



「入港の日にちは、直前の天候や、予期せぬ船舶トラブルによって多少変わるから、12月21日前後は、いつでも動けるようにしておいてね。決行日は決まり次第お知らせするわ。いいこと? これは極秘事項よ! こちらだって、あちこちにお金も労力もかけた計画なのよ? 必ず成果を出したいの。このエマンシペーターの存続を懸けて‥‥」



 そう、ここの財政は苦しい。


 私財を投げ売ってこの組織を立ち上げ運営しているルトーナ所長を、僕は尊敬している。僕だけじゃない。ここのスタッフみんなが。




 神様‥‥



 どうか、僕たちにも味方してください。


 あなたは、強者にだけそのまま幸運と富を与え続けるつもりですか?


 弱者には、このまま理不尽だけ与え続けるつもりですか?



 僕、人の世は一見とても美しく楽しげで、実は相当醜く険しいと思んです‥‥‥



 ねえ、神様。


 聞こえていますか? 僕の声────




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