第19話 消えた恋人を探して〈ライム〉

 

「あの‥‥‥僕が知っていることはルトーナ所長に全て話してあります。あの時の方が記憶も確かで、正確だと思うんです。所長に相談されてはいかがですか? 僕も協力は惜しみません」


「‥‥ええ、そうね。そろそろ打ち明けようと思っていたのよ。私、チャイミを探すためにここに来たの。でもね、私が動いたせいで、チャイミにもしものことがあったらって思うと怖くて、慎重にならざるを得なかったの‥‥」



 涙ながらに僕に訴えた。


 どうして探すと、もしものことが起こると思うのかよくわからないけれど、僕には知れない事情があるんだろう。



 ガチャッと玄関ドアの開く音がして、ルトーナ所長の声が響いて来た。


「入るわよ~」


 僕は出迎えに行ことうと、共同のダイニングの入口まで来たところで、ルトーナ所長が現れた。



「支援者から差し入れを頂いたから、持って来‥‥‥はああっっっっ?!」


 おかしな短い唸り声をあげてから、目を見開いて、僕と僕の後ろのダイニングルームに、交互に目線を走らせてるルトーナ所長。



「あの? ルトーナさん、どうかされましたか?」


 仕事以外の時は、所長ではなく、ルトーナさんと呼ぶことになっている。


「ま、まさか‥‥‥こんなことになるなんてッ!!」


 ワナワナ震えて、手にしていた人気ドーナッツ店の箱を、ポトッと床に落とした。



「こんなことって? 僕のたまっていた問題は、リリーさんのお陰でスッキリしましたけど?」


 彼女のお陰で数学の難問も解けたし、今までのつまずきの原因もすっかり理解出来た。次のテストは満点かも?


「そ、そんなたまっていたからってリリーに何てことをっ! まだ子どもだと思っていたのに、そうね、こんなに可愛らしいライムも、一応男だったわよねッ!!」


「‥‥‥あの?」


 何を怒っているんだろう? 真っ赤な顔でなぜか僕を責めてるルトーナさん。



 ルトーナさんの視線は恐ろしいものを見るように、僕を越えて後方へ。


 僕は改めて後ろを振り返る。



 リリーさんのバッグと荷物が床に散乱し、椅子は倒れ、床に座り込んだ彼女は泣いている‥‥‥



 え? このシチュエーション。


 ‥‥‥まさか、ルトーナさん‥‥‥とんでない想像してないですかッ?


 あれは、リリーさんが僕に質問責めをした時に、興奮して立って椅子を倒し、写真を探すのにまどろっこしくなって、バッグの中身を自分で床にぶちまけただけなのに。



 僕は顔から火が出そうだ!


「ご、誤解ですよッ!! リリーさん、ルトーナさんに話してやってくださいよぉ~‥‥‥」



 今度は僕が涙目になる番だった。



 **



 ───ルトーナさんは、むくれる僕に平謝りした。


 僕がリリーさんを襲うわけないよ!


 お詫びに明日のランチは事務所のスタッフたちに美味しいと評判の屋台の白身魚の唐揚げディッシュをご馳走してくれると約束した。



 誤解が解けた所で、リリーさんはルトーナさんに人探しのためにこの組織に接近していたことを打ち明けた。


 ここには僕たち3人だけだから、リリーさんは秘密を打ち明ける好機だった。

 

「‥‥‥リリー? ならもっと早くからせめて私にだけは打ち明けるべきだったわね。‥‥‥とは言っても慎重になるのも仕方がないかもしれないけれど。裏側は恐ろしい世界だものね‥‥‥私だって、この漁船の奴隷狩りに関わることは、実際に危険と隣り合わせだと感じているし」


「‥‥‥私、チャイミを取り戻したい。ずっと手探りしてるんです。可能性がある限り、諦めません」


「今知れて良かったわ。ライムが知っているチャイミという男性が、パラヤイ区長という知名度がある人の息子だとすれば、漁船に拉致されたという事実を世間から隠すために、裏で抹殺されかねないもの。最初からいなかったかのようにね。常識では考えられないような人権侵害が起きているのが現状よ‥‥‥」


「チャイミさんのそんな個人的事情は知りませんでした。それを警戒していたのかも知れません。僕の知っているチャイミさんは、自分の事はほとんど話していませんでした。そもそもお喋りな人ではなくて、落ち着いた頭が切れる人でした。そのチャイミさんにも弟さんがいて、同様にどこかに売られたとみていて、探してるって言ったのを覚えています。僕を見て弟さんを思い出して、僕のこと気にかけてくれてました」


「‥‥‥きっと、それは私が探してるチャイミだわ! チャイミには弟のプラムがいるの。そして、チャイミと同じ日に同じ場所でプラムと同じ年頃の男の子が拉致されていたの。きっとチャイミは、それを弟だと思ってしまっているのかも」



 求めていた情報の欠片をやっと掴めたリリーさんは、涙を浮かべながらも期待の笑みを浮かべた。


「完全には一致しないようだけど、可能性は大ね。内密に調べましょう。彼の身分は伏せたままで」


「いい? この仕事は口を固くしてね。人命がかかっているのですからね」


「わかりました。所長」



 僕は二人と目を合わせて頷き合った。




 どうやら、リリーさんと僕は、チャイミさんで繋がっていた可能性が高まった。


 彼女が僕がここにお世話になる半年も前から、ここでボランティアをしながら探していたのは、ある日、突然消えた恋人のチャイミさん。後、2ヶ月程でおよそ失踪1年経つという。


 チャイミさんは僕が絶対助けるって決めている、かつての奴隷仲間の一人。


 ルトーナ所長は結論はハッキリ出さないけど、失踪時期やチャイミさんの姿形の特徴、お互いが知っている事実を突き合わせて、それはきっと同じ人物だってリリーさんも僕は思ってる。ここまで二人の情報が被ってるんだもの。



 なんて偶然なんだろうってびっくりしたけれど、これは偶然じゃない。


 必然的なんだ。だって、リリーさんも僕も同じ決意に向かっていてここに集まった同志なんだから。




「私、生きてるって信じてた‥‥‥」


 僕の話を聞いて、少なくとも僕が遭難する前までは、確実にこの世に存在し息をしていた事実を確信した彼女は、静かに涙を流した。


 


 僕は、二人を繋ぐ糸だった。運命って不思議だな‥‥‥


 


 


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