第3章 私を独りにしないで!

第15話 私は、諦めたりしない〈リリー〉

 私、あなたに告白される日をどんなに夢見ていたかわかる?


 それが叶った日、今まで生きて来た中で一番幸せな日だった。これ以上心臓がドキドキして、顔が火照って、緊張してしまうことなんて、もう一生無いって思ったの。それはたぶん、当たってるはず。


 ずっと彼が好きだったけれど、あなたに憧れていた子はたくさんいて、とてもじゃ無いけれど私から口に出すことは出来なかった。



 あなたの周りには、私よりおしゃれで、会話上手で、素敵な女の子が何人もいたのに、私を選んでくれたチャイミ。


 ずっと私を見ていたって言ってくれた。


 もしかしてって思う時もあったけれど、チャイミは誰にも優しくて、スマートだったから敢えて期待しないようにしていた。だって、期待して外れた時のショックを考えたら、きっと私は耐えられない。


 それでも、祈っていた。私があなたの意中の人になれますようにって。


 両思いだったってわかった時、本当に夢みたいだった。


 付き合って行くうちに、見かけだじゃないチャイミの聡明さや、責任感の強さ、誠実さが伝わって、ますます好きになった。ずっとずっと一緒にいたいと思っていた。あなたと。


 それなのにあなたは、私を最高にときめかせたあの日から半年後に突然消えてしまった────



 お願い、神様! 教えて下さい。チャイミはどこに行ってしまったの?


 休日にプラヤーマーケットに弟さんのプラムと出掛けたきり、行方不明になった。


 チャイミは家出なんかじゃない。私に何も言わずに消えてしまう訳があるわけ無い。周りに迷惑をかけたり、自分勝手に誰かを悲しい目に遭わせる人じゃないわ。

 


 その日、チャイミらしき男子が、フレッシュジュースを2つ買ったことは店員さんが覚えていて、その後の足取りは不明。



 忽然こつぜんと姿が消えたの。弟のプラムと離れたほんの15分余りの間に。



 プラムの話によると、彼はその時、お手洗いに行って来ると言って、チャイミから離れたけれど、実はその前に回りながら目をつけておいた店に、チャイミへのクリスマスプレゼントをこっそり買いに行っていたそうよ。


 又聞きだけど、プラムが話したその時の状況は聞いたわ。



 ───僕、それでもすごく急いで行って来たんだよ。待っててって頼んだジューススタンドの前に戻ったけれど、チャイミはいなかったんだ。そこでしばらくじっとしてたけど、来なくて。


 もしかして僕を探しに行って入れ違いになったのかと思って向かったお手洗いの床には、紙コップごとこぼれたジュースが広がってた。それを見て、さわさわと胸騒ぎがわき起こったんだ‥‥‥


 落ちていた紙コップには、あのフレッシュジュースのお店のロゴが入っていたし、こぼれて蟻がたかっていた液体は、僕がチャイミに頼んでおいたグアバジュースの色だったから‥‥




 プラムの悪い予感は当たってしまったの。あの子はあれから部屋にこもりがちだって聞いた。自分を責めているの‥‥‥


 プラムのせいじゃないのに。



 同日、プラヤーマーケットでもう一人14才の男の子が行方不明になっていたのだけれど、その情報は一般には伏せられていて、私たちがチャイミの行方を案じている頃にも、私たちも知る所では無かった。


 その男の子はチャイミがいなくなったのとほぼ同日同時刻に、チャイミと同じくプラヤーマーケットで行方不明になっていたというのに。


 子どもの行方不明は、家出の可能性の方が大きいと見なされるの? だから事件として扱って貰えないの?


 ううん、これにはもっと大きな力が上の方で働いていたのよ。


 事件の経過と共に知ったの。これはとても闇が深い問題だった。私たち一般人が手出し出来ないような。



 無料の労働力を得たなら、その労働力の搾取は、まるまる誰かの利益になる。


 そう、奴隷。


 いつの時代も権力者は富の構築に余念がない。いくら巨万の富を得ても、満足しないようね。



 2週間後、その男の子が保護されたことにより、家出では無く、拉致されていた事実が発覚したの。


 その子は、20キロほど離れた湾岸地区の缶詰工場で働かされていた所を隙を見て逃げ出し、なんとかたどり着いた民家に飛び込んで事件が発覚したの。



 その男の子は、お手洗いに入った所で後ろからいきなり頭部に黒い袋を被せられ、腹を殴られたそうよ。暴れたら首を絞められて、これ以上抵抗したら殺られると思って気絶してるふりをしている間に、拉致犯たちの会話を聞いたの。



『漁船からの注文が1だろ? こいつじゃ買い叩かれるよな。まだ体が出来て無ぇザコだし』


『じゃあ良さそうなの、もういっちょ行くか? 上納足りなくてボコられるの嫌だしなー。金が要る。こいつは缶の方へ送ろうぜ』



 その会話が知れて私たちは、チャイミは拉致されて漁船で働かされている可能性が濃厚だと考えるようになった。


 チャイミのお父様は、パラヤイ地区の区長で、プラヤーマーケットを擁するカナル地区に直接働きかけたけれど、チャイミが乗せられている船の有力な情報は掴めなかった。


 港の運営に関わる構造は複雑な上に閉鎖的で、よそ者がおいそれと探れる世界じゃなかったのよ。しかも私たちが知りたいのは、その裏の世界のことだから。


 それに漁業の利権が絡んでいるから、捜査には、利権にて益を得ている権力者の妨害が入るらしくて。公の機関では上からの圧が入り、この問題を解決するのは厳しいとチャイミのお父様はおっしゃった。


 ただのパラヤイ区区長という身分ではどうにもならないって。区長のお父様にさえどうにもならないなんて‥‥‥



 それって、まだ十分な大人とは言えない私にはわからない世界のことだけど、このブリーム王国の相当な大物が絡んでるってことなのね‥‥‥


 法律は下々には厳しく、時には冤罪でも罪と罰は適用され、上級国民になればなるほどそのザルの目は粗いということは周知の事実。


 苦悩のチャイミのご両親。


 大人は既に社会の歯車に組み込まれていて、上には逆らえない。


 歯向かえば今までの努力が、築き上げて来た地位も財産も全ては、水泡に帰す。



 彼らは、チャイミのために、全てを失う覚悟があるのか試されたのよ。


 その結果は────



『私たちは、チャイミを取り戻す努力を投げ出したりはしないが、我が息子なら、自らの力で打開すると信じている。今はそれに賭けるしか方法が見つからないんだ。リリー‥‥‥』


 ただただ、テーブルの向こうで涙するおば様、苦悩を浮かべてお話されたおじ様。それは本当にチャイミのご両親なの?


 

 私は納得しかねて小さく震えてる。



 ───チャイミの消息は知れず、最悪の事態が起こってる可能性も否定は出来ないの!


 もしそうだったとしても、何も解明されず闇に葬られるなんて、私は認めない!!




 ‥‥仕方がないわ。彼らには、パラヤイ地区の長という立場があり、区民や、社会的に繋がった人々への責任があり、残されたプラムも護らなきゃいけないんだもの。


 そう私は自分に言い聞かせるしかない。



 私は、弱腰のチャイミの家族とは別のルートに努力することに決めた。


 私はもう、大人なんて当てにはしない!



 ならば、私は私の力で、チャイミを探し出す! 私は諦めたりしない!! 絶対に!!! チャイミは生きているって信じてる。



 大学も社会学を専攻することにした。世の中の仕組みを理解するの。世の中の問題点をさらけ出す力を得るために。少しでも行方不明のチャイミに近づくために。


 私は、似たような行方不明の事例を探し、その経過を調べ、チャイミを救い出す手だてを手当たり次第探っている内に、ある組織に辿り着いた。



 それが、『エマンシペーター』 "解放者" だった。



 ───私の運命の転換点。






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