第2章 海の藻屑となれ

第8話 あの時の記憶〈チャイミ〉

チャイミの回想から始まります。 


*****


 弟のプラムと僕は、目移りしながらもようやく、両親へのクリスマスプレゼントを買い終えた。


「お母さん、気に入ってくれるといいね。このシェルカメオのネックレス。お父さん、このアンティーク風の羽ペン、使ってくれるかな。‥‥‥ねえ、チャイミ。ふふふっ‥‥もう一つの海ガメモチーフのネックレスは誰にあげるの? もしかして‥‥」


 4才下の弟がニヤニヤしながら僕に意味深な眼差しを向ける。



「いいいだろ! プラムには関係ないし」


 僕は頬が熱くなるのを自覚してそっぽを向く。


 幸運を運ぶという海ガメをモチーフにしたネックレス。虹色に色を変える小さな石がついてる。彼女の誕生石のオパール。このためにバイト、頑張ったし。


 これは俺の彼女、リリーへのプレゼント。同じクラスの聡明で美しい女の子。僕が告白して半年前から付き合ってる。



 ここは国内でも有名なプラヤーマーケット。迷宮のような楽しさで、行く先々で目を奪われる。


 世界中から集められた品物が並ぶ巨大市場。


 クリスマス前の休日だ。どこの通りも、たくさんの人々が行き交っている。


 賑やかな呼び込みの声。どことなく漂う異国の香辛料の香り。通りには、いろんな言語が飛び交う。


 両脇に隙間なく並ぶ店先には、真贋が不明の宝石の原石やアクセサリー。きらびやかで美しい宝飾品。とりどりの色彩を並べた布地に衣装。上手いのか下手なのか、判断出来かねる絵画。見たこともない形の果物や野菜に肉。小さな籠の中で囀ずる美しい小鳥、初めてみる小動物や爬虫類‥‥etc.


 見るからに美味しそうな、食べながら歩けるファストフードの露店も多い。


 小さな通りには、手の込んだ編み物や小さな工芸品が通りの地面に広げられたゴザの上に、所狭しと並べられている。精巧な造りの彫刻像が、驚くほど安い値で売られていたり。


 まるで宝探しのような、不思議な一角だ。



「チャイミ。ボク、トイレ行きたくなっちゃった。ちょっと行って来るから、あそこのスタンドのフレッシュジュース買って、そこで待ってて! ボクのはグアバジュースねー!」


「待っ‥‥‥」



 弟のプラムは、余程ガマンしていたのか有無を言わさず駆けて行く。


 仕方ないな。


 僕は言われた通り、道端のジューススタンドで、グアバジュースと、自分にはマンゴージュースを買って中央広場の噴水の脇に座って待った。



 いい買い物が出来た。プラムが戻ったらそろそろ帰ろう。そういえば足もくたくただ。朝から来てたのにもう昼下がりになってる。太陽の傾きを感じる日差し。



 ズズズッ‥‥


 ボーッと行き交う人波を眺めながらジュースを飲んでいたら、いつの間にか飲み干してた。


「‥‥‥‥」


 プラム、おっそいな。お手洗いが混雑しているのだろうか。


 駆けて行った方に目を凝らしても、プラムの姿は見当たらない。



 迎えに行こう。通りかかった店先に見とれているのかも。



 進むと、通りから奥まった所にお手洗いがあった。


 混んで列になってることもなかった。


 覗いて名を呼んでみたけど、プラムからの返事は無い。



 ちょうど扉が閉まっていた個室から、若い男が出て来た。


 この人に聞いてみよう。



「あの、すみません。弟がお手洗いからなかなか戻らなくて。ここで13才位のブルーのシャツを来た男の子を見ませんでしたか?」


「‥‥‥ブルーのシャツ。ええと‥‥へぇ‥‥もしかしてキミはあの可愛い男の子のお兄さんかい? こりゃいい。イケメンだし。あ、今回は顔より体力要員募集だから。でも、あっち行きじゃもったいないよなぁ‥‥でも、今回はしょうがない。おい、傷物にならないようにちゃんと支えろよ!」


 意を捉えない返答だ。最後には、男の目線が僕の後ろに。


「‥‥え?」



 僕の後ろに誰かいる気配がして、振り向こうとした、が────



 俺は全身の力を失い、手にしていた弟の分のジュースが、床にばらまかれたのは記憶にある。


 息が止まるようなみぞおちへの衝撃とともに後ろで誰かに脇を支えられ、俺の意識はフッ‥‥と暗転した。



 ───未だに夢を見る、あの時の記憶。 



 目を覚ませば俺は見も知らぬ船に乗せられていた。そして弟の行方は未だ知れず───





 

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