第27話 俺がポツンと一軒家に住む理由③

 見えないテントの中で甘い吐息を漏らしながらがむしゃらにキスを重ねるイーゼルとコピック。そのままイーゼルがコピックを押し倒す形で地面の上で重なる。そして取りつかれたようにイーゼルはコピックの陰茎をしゃぶり始めた。


「うああ! いけません。姫様! お体に障ります。 うあっ!」


「もう。いい加減姫様はやめてって言ってるでしょ。それに、フフッ。言葉と身体が合ってないわよ」


 コピックを弄るイーゼルは、俺には見せたことのない妖艶な笑みを浮かべて反応を楽しんでいる。


「うわぁっ、は、姫様! ヤバい! それは、うあ、あぁ……」


 なんだこれ? なんだこれ? なんなんだこれ? こいつ等何やってんだ? 俺は何を見ているんだ? 何の冗談だ? 夢を見ているのか? だが俺の耳に響くイーゼルが奏でるいやらしいフェラチオの音とコピックの喘ぎ声がそれを否定する。かつて味わったことのない悲憤の感情が俺の体の中で蠢くのを感じた。何も考えられずただ気が狂いそうな怒りに身を任せこいつらを殺そうとした瞬間、俺は攻撃に対する魔法を習得していないことに気が付いた。今、頭と心を支配している狂気的な殺戮のイメージに合致する魔法が思い浮かばず、振り上げた拳を下ろすしかない状況のおかげで我に返った。そして、なす術なく慌ててその場を離れた。

 

 ……ヤバかった。俺が破壊力を重視した攻撃魔法を覚えていたら、あのまま自分ごとあの辺り一帯を消滅させていたかもしれない。そう考えると、さっきまで煮えたぎっていた体中の血の気が引いた。それにしても、さっきの感情は異常だった。まるで自分じゃなくなるほどの怒りと悲しみが身体を支配していった。そうか! 蝶の鱗粉だ! アレが俺の感情を高ぶらせたのか。ということはイーゼルたちも……。流石にあの乱れ方は異常だ。俺も彼女には思いつく限りの性感を与え乱れさせたがあの狂い方はさすがに変だ。相手がコピックだったからというのもあるのかもしれないが……。そう自分で考えてしまい、再び怒りの感情が込み上げてきた。


 殺す。……なんて言うのは生ぬるい。アイツらには生きて地獄を味わってもらわないと俺の気が収まらない。なにより俺はこの世界で誰かを殺すことを禁じている。どうすれば俺の気が収まる? どうすればアイツらに生き地獄を味わわせられる? とはいえコピックには今まで通り村を治めてもらわなければならない。感情に任せて身体を傷つけると仕事に支障が出るので結果的に俺にも被害を被る。となれば二度と女を抱けないようにして俺に服従させるのが最も効率がいい。

 イーゼルはどうする? コピックと交わったアイツを今まで通り愛することなんて気持ち悪くて到底出来ない。それに、アイツが宿した子どもは間違いなくコピックの子だ。ならば奴らが性交する前まで身体を戻してやろう。いや、どうせなら処女に戻して最初から開発し直そう。俺の気が収まるかはやってみないとわからないが、不倫の罰としてはこの上なく寛大だろう。


 俺は先にログハウスに戻り、イーゼルの帰りを待った。


「ただいま。あ、あれ? お、起きてたんだ。ゴメンね。遅くなって」


 イーゼルは、俺が起きていたことに驚いた様子を見せた。


「お帰り。体は大丈夫? つわりで大変なのに身体動かすの大変だったでしょ?」


「え? ううん。大丈夫よ。今朝よりずいぶんマシになったわ」


「そんな風に見えないよ。 顔は真っ赤だし髪も乱れてる。随分汗をかいたんじゃない?」


「そ、そうね。 最近暑くなってきたから……。先にお風呂に入ろうかな」


「それがいいね。 そうだ、僕が体を洗ってあげるよ」


「え? だ、大丈夫よ。アナタはそのまま夕食の準備してて」


「大丈夫だよ。まだ早いからその後からでも。それとも僕に身体を洗われるのは嫌? ずっと一緒に入ってきたじゃないか。最近は入れてなかったし僕も一緒に入ろうかな」


「大丈夫だって! 一人で入るから! 夕食の準備はその後で私がするからアナタは休んでて」


「そんなに俺に裸を見せるのは嫌なの? アイツには散々見せつけてるくせに」


 イーゼルは驚いてこちらを振り返った。


「さっきの様子だと、いつもコピックに会いに家を出る時は”スリープ”で俺を眠らせていたね? といっても俺は全ての魔法を無効化できるようにバリアを張ってるから君の魔法では眠ってないけどね。ところで、そのお腹の子は誰の子?」


「な、何言ってるの!? アナタの子どもに決まってるじゃない! 変な事言わないで」


「そんなわけないんだよ。俺は今までずっと子どもができない様に魔法を掛けていたからね。俺はまだ子供が欲しくなかったんだよ。もう少し二人だけの時間を満喫して、それから子供を作りたいと思っていた。だから、君のお腹に俺の子が出来るわけないんだ」


「――なっ! 酷い! 私がこれだけ悩んで苦しんでたのに!」


「酷い? どっちが? 俺は君との時間がとても大切で愛おしかった! 子供が生まれれば今の幸せが壊れるかもしれない。だからもう少しだけ二人で居たかった! 君が赤ちゃんが欲しがってるとわかってから、悩んだけど君が望むならと魔法を解こうと思った。すると君は妊娠した。何で――」


「あ、アンタが悪いのよ! アンタがそんな酷い真似しなければ私はコピックとなんてしなかった! アンタのせいで私は――」


 イーゼルはさらに顔を真っ赤にして俺を罵倒する。その顔は母親そっくりだった。


「そうか。父親はコピックだと自分で認めたな。しかもお前はその子供を俺に托卵しようとしたな?」


「あ、あっ……」


 イーゼルは大粒の涙を流しながら膝から崩れ落ちる。


「お前はどうしたい? このままここを出て妻子のいるコピックと暮らす? 全ての村の連中は俺達の関係を知っている。好奇の目にさらされながらでもコピックと暮らすならそうすればいい。怪我をしてる事になっている俺を見捨て、元兵士と不倫した王女としてあっという間に王国まで知れ渡る。大量殺人の英雄にして不倫のイーゼル――」


 イーゼルの顔は一気に青ざめ、ブルブルと震え出した。


「いや……。いやー! ごめんなさい! ごめんなさい! 許して。子供が欲しくて悩んでた時に優しくされたから魔が差したの! 本当にゴメンなさい!」


「その割には自分からコピックを押し倒して随分おいしそうに咥えていたじゃないか?」


「あ……。み、見てたの?」


「その場で二人とも殺してやろうと思ったんだけどね。大切な君に、選ばせてあげようと思ったんだ。俺かコピック。さぁ、どっちを選ぶの?」


「……あ、アナタの傍に居させてください……」


「ん? 声が小さくてよく聞こえないよ?」


「申し訳ありませんでした! アナタの傍に居させてください!」


「そう。イーゼルならそう言ってくれると思ったよ。だったらその子はいらないね? ”リバーシブル”」


「え?」


「お前の身体を以前の状態に戻す。コピックに汚された身体を綺麗にしてあげるよ」


 イーゼルの身体に変化はない。だが、次の瞬間イーゼルは喚き叫んだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー!」


 しまった! 逆上してすっかり忘れていたが、この魔法は身体を元に戻すだけじゃない。その時間までに彼女が感じた感覚の全てを逆行させてしまうのだ。彼女がこの期間中に経験した刺激のほとんどは性感だ。今までありとあらゆる刺激を加えてきた。何度逝ったか、何度気を失ったかも解らない。それがほんの数秒間に一気に彼女の身体に襲い掛かる。だが、取りやめたくてももう遅い。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛……!」


 目をむき出し、このまま壊れてしまうのではないだろうかというくらい身体をよじり、体の穴という穴から分泌物を垂れ流す。彼女が感じているのが痛みなのか快楽なのか。喜んでいるのか苦しんでいるのかすら判然としない。いや、仮に快楽であっても初めて俺と結ばれてから今までに感じた性感が一気に身体に襲い掛かれば気が狂うほどの痛みになるだろう。それこそ、直接神経をしごかれるほどの刺激があるはずだ。だが、のたうち回るイーゼルを見る俺の心には、ただ気持ちが悪いという感情だけが込み上げてきた。


「”クワイエット”」


 聞くに堪えない声を封じ、見るに堪えないイーゼルの姿から逃れる様に、俺はその部屋を出た。さあ、今のうちにコピックをここに連れてくるか。


「”テレポート”」


 俺はフグ村の近くの川に移動し、そのままフグ村に歩いて移動した。この村の一番西側にコピックの家がある。もし、川でフグたちが暴走したらすぐに対処できるように村に高台を作りその上に家を建てて妻や子供と一緒に暮らしているそうだ。要するにこいつらはダブル不倫をしていたということだ。これだけ一人を愛し、尽くしてきた俺がなぜこれほどの仕打ちをされなければならない。

 コピックの家の前に着いた俺はドアを叩く。すると、コピックの娘と思しき女の子がドアを開く。


「こんにちは。 あ、イレイザー様。いらっしゃい。パパー! イレイザー様が来たよー」


「殿下!? 如何なされました? ご用があればこちらから伺いましたものを……」


≪やぁ、コピック。久しぶりだね。みんな元気かい?≫


「え? 今? しゃべりましたか?」


≪魔法で頭に直接話し掛けてるんだよ。あ、魔法が使える事は皆には内緒だよ。君にだけ特別教えてるんだから。それより、一緒に来てもらえるかい? 僕とイーゼルの家に特別に招待するよ≫


「え? は、はい。喜んで!」


 そう言うと俺は誰もいない場所まで歩き、そこから”フライ”で空を飛んでログハウスに移動した。もうそろそろ、イーゼルに掛けた魔法が完了して落ち着いているだろう。移動中に、コピックたちが逢引きしていた川のほとりが視界に入った。心がざわつく。しばらく飛ぶと森の入り口が見えてきた。


≪あそこから結界を抜けるんだよ。そう言えばうちに来るのは初めてだね。イーゼルには会ってるから知ってると思うけど彼女は妊娠していてね≫

 

「あ、はい。存じております。おめでとうございます。王女殿下は子供ができない事を随分悩んでおられたので子供ができた時は大層喜んでおられました」


≪……そう。悩み相談に乗ってくれていたんだ……。君の相談っていうのは随分手厚いんだね≫


「え? 手厚い? そ、それはどういう……」


≪ん? どうしたの? 君は僕に何か言いたいことがあるのかい?≫


「い、いえ。 何でもありません……」


 会話をしている内に家の前に着いた俺はドアの前でさらに確信を付く話をした。


≪僕は彼女がすごく大切でね。彼女と過ごす時間をとても愛おしく思っていたんだ。ずっと一人だった僕にようやく訪れた幸せな時間だ。子供が生まれればきっと今とは変わってしまう。だからもう少しだけ二人だけで居たくてずっと避妊の魔法を自分自身に掛けていたんだよ≫


「え? あ、え?」


≪彼女も切望しているし、そろそろ潮時かなって思っていた矢先に、何故かイーゼルは出来るはずの無い子どもを宿したんだ≫


「……」


≪さあ、どうぞ。中でイーゼルが待ってるよ≫


 家の中に入るのを躊躇するコピックの肩を押した。部屋の奥に入るとイーゼルは痙攣し、白目をむいて泡を吹いていた。俺は”ヒール”を強めに掛けて気付をした。意識を取り戻したイーゼルは再び喚き泣いた。


「姫様!」


 そう呼んでイーゼルに近づこうとするコピックを制止する。


「イーゼルに近づくな! 彼女は今、禊ぎを済ませたばかりなんだ。もう彼女にはお前との記憶もない。お前が近寄ればまたイーゼルが汚れる! 貴様のせいでイーゼルはこんな辛い思いをしているんだ! わかっているのか? 自分が犯した罪の重さを!」


「……わ、私は、王女殿下に誘惑され、立場上あらがえず仕方なく……」


 意識を朦朧とさせたイーゼルはその言葉を聞いて、ただ涙を流した。


「……おっと、悪い。勘違いしていた。イーゼルの記憶を消すのを忘れていた。彼女は全部覚えているよ。それにしても……。いや、俺が悪かった。最初から貴様にはこうしておくべきだった。”コンフェッション”。さあ全てを話せ! 何故お前はイーゼルに手を出した?」


 俺はコピックに自白の魔法を掛けて問い詰めた。


「はい。私は以前よりイーゼル様をお慕いしておりました。殿下に唯一を気遣うイーゼル様に何とか近づけないかと考えておりましたところ、他に誰も相手をしない殿下であれば簡単に近づけるのではないかと考え、殿下の護衛を申し出ました。思惑通り、簡単に殿下の護衛の任に就くことができました」


 平然と俺を利用してイーゼルに近づいたと白状する。何が都合がいいだ。都合よく利用されていたのは俺じゃないか……。人の心に触れることに恐れ、何かあってから対処すればいいと思った俺の生ぬるさが招いた結果がこれか……。


「――ですが、すぐにお二人は城を出て行かれました。私もイーゼル様の許に行く為、王太子殿下に申し出ましたところ、『ぜひ、そうしてやってくれ。ここだけの話、イーゼルは魔法で暗示を掛けられイレイザーに騙されている。助けてやってはくれんか? お前に良い魔法を授けよう。”チャーム”だ。この魔法をイーゼルに掛ければイレイザーの暗示は解かれ、救い出したお前を慕うだろう』そう言って王太子殿下は私に魔法を授けてくださいました」


 キャンバス……アイツは俺を陥れるためだけに実の妹を売ったのか!? だが、俺を慕っていると思っている男にそんな真似すれば俺に告げ口される危険性があるのに……もしや、コピックの心を盗聴した!? しかし、どんな方法を使った? 確かに”テレパシー”を応用すれば相手の心は読める。あれはそれほど難しい魔法じゃない。だからこそ、俺は”スケープゴート”で魔法を掛けた者にしか使えないと布石を打っておいた。ならば他の魔法? 書館の魔導書にそんな魔法があったのか? いや、それは考えにくい。俺は森にいる間に城から魔導書を魔法で取り寄せてほとんどの魔導書に目を通したがそういうたぐいの魔法はなかったはずだ。そうか……。奴は俺の言葉なんか端から信じていなかったんだ。テレパシーは”スケープゴート”を掛けた相手と”念話”する魔法だという俺の言葉を疑った。その上で掛けた相手に自分の考えを伝える事と、相手の考えを読み取る事ができる魔法とイメージすれば相手の考えだけを読み取る魔法として応用が利く。奴ほどの魔法センスがあれば可能かもしれない。そして、キャンバスはコピックのイーゼルへの感情を利用したんだ。そして、”チャーム”の魔法。奴にこの魔法の存在を伝えてしまっていたのは他でもない俺だ……。


「――以前から機を伺っておりました。そして、三ヶ月ほど前に、子供が出来ないと落ち込んでいるイーゼル様と二人きりになる機会が訪れ、あの花の川辺に誘いました。そこで”チャーム”を掛けたところ驚くほどの乱れ方で私を求めて来られましたので応じた次第であります」


 コピックは悪びれる様子もなく淡々と話した。

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