第26話 俺がポツンと一軒家に住む理由②

 それからの俺達の生活は一変した。朝は遅くまで眠り、二人で向かい合って食事をした。調理方法自体は変わってないが魔法で味覚を操作することで実に美味い食事が食べられるようになった。昼はテーブルに並んで座り、魔法の勉強。ナイフ達と一緒に遊んだり、湖で釣りをしたり。夕方早くには家に帰り、一緒に料理をした。今まで使えずにいた湯船にお湯を張り、肩までゆっくり使って身体を癒した。そんな他愛もない穏やかな生活がたまらなく愛おしかった。前世でも同じように穏やかな時間が好きで一人でのキャンプを好んだ。でも、こうしての山に囲まれた環境で住居を持ち、共に過ごす人がいるというのはソロキャンプでは味わえない温かみを実感する。本当に幸せだ。話をできる人がいるという幸せ。喜びを分かち合える幸せ。苦労を分け合える幸せ。そんなことに気付くまでいったい何年の月日が掛かったのだろう……。


 「イレイザー! こっちよー。 はやくー」


 そう言って俺を呼ぶイーゼルは最近になってようやく笑顔を見せるようになった。こうしているとまるで恋人同士の様だがそれを決定づけるものはない。そもそも姉弟じゃないか、と前世なら思うところだが、この世界では母が違えば夫婦になり得る。というか、この国の王族はほとんどが、身内、あるいは高い魔力を持った枢軸院以外の貴族の子だった。奇妙なことに魔力が高い枢軸院の連中は王族との婚姻はなかった。枢軸院の結婚相手はほとんどが枢軸院だ。奴らの言葉を信じるならば、捨て駒の王族と血縁関係になるわけにはいかなかったということなのだろう。今にして思えば合点がいく。

 そういうわけで俺たちはいつでも恋人や夫婦と呼ばれる関係になり得るのだが、その方法がわからない。俺はこう見えて、彼女いない歴イコール年齢……プラス三十七歳だ。自慢じゃないが彼女がいた経験がない。自分で言うのもなんだが、今の俺はエンマにお願いして容姿はかなり良い。が、王族で、兄弟たちからでさえ疎まられてきた俺はずっと一人で生きてきた。出会いそのものがなかった。誰か教えてくれ。どうやったら女を口説けるんだ!? 魔法や剣術なんかよりよっぽど難しいじゃないか! 

 

 生活を共にしながらも精神年齢五十五歳のおっさんは二十三の小娘を口説けないまますでに一年以上が経過している。笑ってくれ。こじらせているのは解っている。いっその事魔法で心を探ったり、何なら”チャーム”の魔法で魅了してしまうことも考えたのだが、これだけのお膳立てがあるのに魔法に頼らないと女一人口説けないのは『負け』だというプライドが邪魔をした。しかも、日が経つ毎に切っ掛けを失い、負のスパイラルに陥ってしまい、膠着状態のままでズルズルと今日まで過ごしてしまっている。


 女の子の考えていることはどうにもわからない。妙になれなれしく接してくると思い近づけば急に素っ気なくなることもある。そうかと思えば異常に距離を詰めてくる。ちょっと振り向けばキスできるんじゃないかと思えるほどの距離にいる時もある。勢いで押しても何とかなりそうな気もするし、だからといって拒否されれば今の関係が壊れてイーゼルの居場所を奪ってしまう。そんな中学生の様な悩みを抱えたオジサンの前で交尾に勤しんでいるナイフを眺めながら、何気なく呟いた。


「気持ちいいのかな……」


 本人も声が漏れていることに気が付いていなかった。だが、その言葉に冗談交じりでイーゼルは応えた。


「なんなら私と試してみる?」


「……うん」


 こじらせていたのはお互い様だった。意外な答えに戸惑いながらもそれを必死に隠し、この機を逃すまいと彼女の唇に口を近づけていく俺にイーゼルも覚悟を決めたように目を硬くつむって応える。俺は初めて女性と唇を重ねた。


「ん……」


 イーゼルは息を漏らす。その甘美な声は俺の理性を破壊した。俺はそのままその柔らかい唇を味わいながら彼女を抱き上げベッドまで移動しイーゼルを押し倒した。今日まで十分すぎる程我慢してきたんだ。もう我慢する理由はない。俺はイーゼルの服の中に手を入れ胸を鷲掴みにした。


「あ、ん……」


 張りのある乳房はまるで吸いつく様に俺の手の指の間からはみ出る。乳首はすでにツンと立ちあがり、俺の手のひらをくすぐる。その乳首を指でつまみクリクリと弄ぶ。


「ふっ、ん……」


 俺に口を塞がれたイーゼルは我慢できずに鼻息を漏らす。俺にかかる鼻息が俺をさらに興奮させる。右手をお腹を伝って下に滑らす。柔らかい茂みを抜けた先には既にネットリと熱い蜜が溢れていて抵抗なく俺の指を受け入れた。


「ん……ああっ! イレイザー……」


 俺の名を呼び両腕で俺にしがみつき、さらに俺の唇を求めた。大人の余裕? 何それ? こちとら何年間自家発電だけでくすぶっていたと思ってるんだ。俺はズボンを忙しなく脱ぎ捨て、イーゼルの服を引きちぎれるほどの勢いで脱がし、勢いのまま彼女の身体を突き上げた。


「くぁ、ん! ああっ!」


 苦悶なのか快楽なのか、表情を歪め喘ぎ声を漏らす。イーゼルに構う余裕のない俺はその勢いのまま彼女を乱暴に貪り続けた。



 ――無我夢中でイーゼルを堪能し続けた俺は、果てたまま眠りに落ちたようで、気が付くと朝になっていた。そして、こじらせ続けた挙句、犬の交尾に触発されて五十五年越しでようやく童貞を卒業したあまりにもみっともない男はセックスにすっかりはまってしまった。この日を境に俺の魔法の研究はエロスに傾いた。自分の陰茎を”スエル”で肥大させたり、指先や陰茎、丸く加工した木片を”バイブレーション”で振動させ刺激した。”センシティブ”でイーゼルの感度を上げたり”リストレイント”で拘束したりもした。”ヒール”で体力を回復させれば何時間も楽しむことができた。兎に角セックスを楽しむために思いつく限りの魔法を考案し、子供ができるとセックスが楽しめないので自分に”コントラセプション”を掛け、避妊し続けた。こうして俺たちは平穏なスローライフに加え、刺激的なセックスライフも手に入れた。


 色んなシチュエーションも試みた。”ヴェール”で村の真ん中にテントを張り、皆からは見えないようにしてセックスをしたもした。


「ダメ! 前から誰か来た。見られちゃうよ!」


「大丈夫だよ。”ヴェール”の中は外から見えないから」


「ほ、ほんとに!? すぐ傍に来ちゃったよ? ほら、こっち見てる。見られてるよ!」


「大丈夫だって。ほら、手を振っても気づかないよ。あ、でも声は聞こえるから何もない場所からイーゼルの声が聞こえて怪しんでるのかも」


「んっ!? っふっん…… んん……」


 両手で口を塞いで声を殺し、顔を真っ赤にして耐えるイーゼルのしまりが急激に強くなる。その姿が余りにも可愛く、もっと苛めたい衝動にかられ、さらに強い刺激を与えてわざと声を出させようとする。さらに顔を赤らめ涙目になって左右に首を振りながら声を我慢するイーゼル。村人が通り過ぎるすぐ側でいつも以上に激しく静かに二人で果てた。彼女は見られることに興奮を覚えるようだ。それが分かってからはイーゼルが誰かに遭う時は遠隔操作で”バイブレーション”を掛けて反応を楽しんだり。敢えて多くの人がいる場所での行為が増えた。最初は恥ずかしがり抵抗をしていたイーゼルも、数日もすれば快感に変わったようで、いつもより燃え上がった。そんな最高の生活が一年近く経った頃、イーゼルの様子が変わった。



「はぁ……。 またダメだった……」


「どうしたの?」


「私たちこれだけしてるのに何で赤ちゃんできないんだろ?」


 俺はドキッとした。


「キャンバス兄様も、クリップ兄様も、ステープラ兄様も結婚して直ぐに子供ができたのに。何で私には子供ができないの?」


 アイツら子供がいるのか!? というか結婚していることも聞いてない。それどころではなかったし、俺達は兄弟であっても、和解したように見えても、その程度の関係でしかないということだ。


「大丈夫だよ。まだ若いんだしそのうち出来るって。今は二人の生活を楽しもうよ」


「はあ? そのうちっていつよ! 若いですって!? もうすぐ二十五よ? キャンバス兄様が二十五の頃は三人目の子供がいたわ!」


「そ、それは個人差があるんだよ。それに僕たちは今二人でも楽しく過ごせている。もう少しこのままでもいいじゃないか!」


 適当な慰めは、彼女の心火に油を注いだ。この世界の二十五は適齢期をとうに過ぎているのだ。


「楽しく? なんであんなに大量に出せるのに妊娠させられないのよ? 口や身体に出すばっかりで! アンタは真剣に考えていないんじゃないの!? 気持ち悪いのよ!」


「な!? イーゼルだって楽しんでいたじゃないか! 僕は君を悦ばせようと――」


「悦ばす? ふざけんな! アンタしつこいのよ! 気持ちいいって言っても限度があるでしょ! そんな事よりちゃんと子供を作る努力してよ!」


「……なんだと?」


 これ以上言い合いをすると手が出て、もう二度と修復できない喧嘩に発展しそうな気がしてグッとこらえ押し黙った。確かに避妊をしている俺が悪いのかもしれない。だが、俺はイーゼルもこの生活に満足していると思っていたし、そう信じて疑わなかった。それに俺自身は今はまだ子供が欲しいとは思っていない。今は二人での生活を十分に楽しみ、そのうち自然と気持ちが変わって子供も欲しくなるだろうから、その時は二人で相談し決めればいいと考えていた。それに少なくともイーゼルは俺とのセックスを楽しんでいたはずだ。自分からより強い刺激を求めることもあったし、俺が止めようとしても強く抱き付いて放してくれないこともあった。俺がその気にならない日も彼女がねだってきたらちゃんと彼女が満足できるまで付き合ってあげた。互いにセックスライフを楽しんでいたはずだ。だが彼女の心情は違った。

 イーゼルもその後は一言もしゃべらなかった。同じ家の、同じ空間の中で沈黙の時間が過ぎていく。お互い一言『ごめん』と言って歩みよれば良かったのだろう。だが、その言葉がこの空間に響くことは無く、代わりにコピックからの”コール”が鳴り響いた。


「定期連絡だわ」


 イーゼルその一言だけを残して家を出て行った。


「くそが! なんだよ! は? しつこいだと!? お前だってしくこくねだって来たじゃねーか! ふざけんな!」


 誰もいなくなった空間に俺の怒号が響いた。机に置いてあった花瓶を手に取り壁に投げつける。その後ひとしきりイーゼルへの不平不満を吐き出し、そのまま机に突っ伏した。いつの間にか眠ってしまった。


――


 気が付くと夕日が顔に差し込んでいた。どうやら結構長い時間この体制で眠っていたようだ。身体の節々が痛い。すると良い匂いが鼻腔をくすぐった。振り返るとイーゼルは夕食の準備をしてくれていた。俺に毛布も掛けてくれていた。俺が椅子から立ち上がる音でイーゼルはこちらに振り返った。


「おはよう。よく眠っていたね。もうすぐ夕食出来るから待っててね」


 と、まるで何事もなかったかのように話し掛けてきた。夢だったのか? そう思って辺りを見渡すと、俺が勢い任せに割った花瓶がなくなっていた。そのままにしておいた割れた花瓶も片づけてある。俺はイーゼルの許に近づき『ごめん』と一言呟いた。これは花瓶の事に対してだ。


「ううん。私こそごめんなさい。イライラして言い過ぎたわ」


「いや、俺が無神経だった。もっと君の事、よく考えるべきだったんだ」


 先ほどの『ごめん』を今朝の喧嘩の件にすり替えた。そうして、和解の抱擁をした。イーゼルは石鹸の良い匂いがした。


 だが、その夜から俺達の交わりは激減した。しかも、アブノーマルな激しいものではなくいわゆる普通の正常位で、妊娠がしやすい時期は連日連夜、そうでない日はほとんどすることがなくなった。また直ぐに元に戻るだろうと、暫くはそれも新鮮で楽しんでいたが、妊娠できていないことが分かる毎に不機嫌になるイーゼルとどんなに気分が乗らなくても執拗に要求される時期と、こちらが欲求不満でも妊娠しにくい時期は応じてくれないその態度に嫌気がさしてきた。こんな事なら妊娠させた方がマシだ。そう思って”コントラセプション”の魔法を止めようと思った矢先、イーゼルの妊娠が発覚した。


「やったわ。イレイザー。赤ちゃんができたわ。私は正常だったのよ!」


 そう言って俺の腕の中で嬉しそうにお腹を撫でるイーゼル。なぜだ? 出来るわけない。俺が”コントラセプション”を使わなくなったのはつい先日だ。それまでは必ず避妊し続けていた。魔法が失敗した? それとも俺が寝込みを襲われた? 確かにイーゼルには”スリープ”を教えている。だが、何のために寝込みを襲う? 俺が魔法で避妊していることに気付いていたのか? 腑に落ちないがここで動揺を見せればイーゼルに不信感を抱かせる。俺は精一杯妊娠を喜んで見せた。


「うわー! やったー! とうとう僕たちの赤ちゃんができたんだね! 本当にありがとう! これからは三人で幸せになろうね」


「うん!」


 そう言って満面の笑みで俺の胸に顔を埋めて甘えるイーゼルに疑念を抱きつつ、優しく包み込むようにイーゼルを抱きしめた。まさか俺自身がこんな茶番を演じることになるとは思ってもみなかった。


 妊娠後は気持ちが落ち着いたようで以前の優しいイーゼルに戻っていた。もちろん体調が悪い日や機嫌が悪い日はある。そういう日は分担していた家事を率先して俺がこなし、彼女の身体を労わった。だが、どんなに調子が悪い時でも”コール”が鳴ると重い身体を起こし出かけて行った。俺が声が出せないという設定を作ってしまったせいではあるが元兵士一人にそこまで気を使う必要があるだろうか?


 魔法の勉強は一緒にする約束をしていた俺は、イーゼルが出かけると途端にやることがなくなる。そういう時、俺は大抵眠ってしまうのだが、今回はイーゼルが出かけた直後に出かけることにした。すると、森を抜け街道に出ようとするイーゼルの姿を見つけた。すると彼女は”ヴェール”と唱えて姿を消した。なぜ姿を隠す? というか、なぜ”ヴェール”で姿を隠せることを知っている? 俺は姿を隠す時はいつも”インビジブル”を使っていた。……そうか! 村でマジックミラー号ごっこをやった時だ! インビジブルだと相手の姿も認識しにくくなるから”ヴェール”でテントを張っていた。その時覚えたのか。

 俺は”ビジブル”で可視化してイーゼルを探した。すると、”フライ”で空を飛び、湖の西側から川沿いを南に飛んでいくのを発見した。なぜあんなところに? あっちはフグ村の対岸。花を見に行くのか? コピックに呼ばれたはずなのに何故? 胸騒ぎがした俺はそのまま姿を隠してイーゼルを追尾する。


 イーゼルは少しすると地上に降りた。ちょうどイーゼルが好きな花が咲き乱れる川のほとりだ。やはり花を見に来たのか。そう言えばしばらく一緒に身に来ていなかったな。反省し、家に戻ろうとした時、イーゼルはそこにあらかじめ設置してあった”ヴェール”の見えないテントの中に入っていった。何をやっている? 何であんなところにわざわざ見えないテントを? 俺は恐る恐る”スリップスルー”でそのテントの中に入った。そこには抱き合い、キスを交わすイーゼルとコピックの姿があった。

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