第25話 俺がポツンと一軒家に住む理由①
王の説得が終わると次にキャンバスの許に向かった。演説が終わったキャンバスは第二階位の書庫に籠って魔導書を読み漁っていた。その姿を見た俺は寒気を覚えた。あれだけ第七階位の魔法にこだわっていた男が初歩の第二階位の魔導書を読んでいる。彼はこの短い時間の中でこの魔法の本質を見極めているのだ。星座の魔法は階位が上がる程より高度で強力な魔法になっていたのだが、真の魔法は寧ろ簡単で便利な単語にこそ価値があるということに。
森の火災への対処も然りだ。あの状況下で彼は近くにある湖の水を巨大な水球にし、それを木々が折れないようにゆっくり移動させて消火した。さらにその水球を維持したまま湖に戻したそうだ。それも”アクアボール”と”ムーブ”という俺が適当に教えた魔法とイメージだけで……。水の性質と魔法の性質を正しく理解していなければできない芸当だ。もし俺が同じ状況なら自分の魔力を誇示し、大量の水を生成して水圧で木々をなぎ倒し、水災を起こしていただろう。俺への妬みや傲慢な言動で忘れがちだが、元来彼はこの国で最も優れた魔導士だ。進むべき道さえ見出せば努力を惜しまない。もし同じ条件下で魔法勝負をすれば恐らく俺はキャンバスには勝てないだろう。
「お兄様。お勉強中に申し訳ございません。実は……」
イーゼルは先ほど同様ヴェノムウルフの育成のために城を出る事を打ち明けた。すると、キャンバスは笑顔で意外な事を口にした。
「そうか! 良かったじゃないか。 イーゼルは昔からイレイザーの事を慕っていたもんな」
「な、な、何言ってるの! 違うよ! ただ、イレイザーが寂しそうで――」
「何を照れてるんだ。いいじゃないか。これから二人で一緒に暮らしていくんなら互いに想い合っているほうがいいだろう。イレイザー。イーゼルをどうか頼む。お前たちはこの国の事は気にせず幸せに暮らしてくれ。何かあればこちらから使いを出す。だが、そうならない様に力を尽くす。国の再生とお前のファームどちらが早く成し遂げられるか競争だ。それまでは俺はお前たちには会わない。この国の事は俺達に任せてくれ。必ずいい国にして見せる。互いに国のために頑張ろう。それはそうとイレイザー。この魔法書にあるこの……いや、何でもない。そんなことより――」
キャンバスは何かを言おうとして止め、俺の耳元でイーゼルに聞こえないように話しかけた。
「イーゼルはああ言っているがアイツは昔からお前の事を気にかけている。俺としてはお前とうまくいけばいいと思っているんだ。もし、きっかけが難しいなら魔法で襲ってしまえ! 何かあるんだろ? アイツをもっと惚れさせる魔法とか」
実の兄がなんてことを提案しているんだ。とはいえ、そう言ってもらえるのはありがたい。もっと惚れさせる魔法……。
「”チャーム”なら魅了させられるけど……って駄目だよ! 人の心を操るなんて。それに僕たちは姉弟なんだから――」
「はぁ? 姉弟ったって母親が違うんだから何の問題もないだろ? どっちにしても素直になれないだけでアイツはお前に惚れているんだ。その”チャーム”とやらでアイツの背中を押してやればいいさ。アイツとお前が結ばれれば俺たちは本当の家族になれる」
そして俺に握手を求めた。彼の言葉はここで共に生きてきた中で、一番温かかった。……何か裏があるんじゃないのか? 心を探ってみようかとも思ったが、余計な詮索をして面倒事を知ってしまえば、それに対処しなければならなくなる。正直俺は焦っていた。一刻も早くこの城を出て魔法が使える生活に戻りたかった。今、下手に心を探れば場合によってはこの場でキャンバスを殺さなければならない可能性もある。今揉め事を起こすくらいならサッサとこの城から出て、誰にも邪魔されない様に結界を張り、魔法を活用しながら悠々自適な生活を送りたい。温かく送り出してくれるなら願ったり叶ったりじゃないか。俺はその言葉を敢えて鵜呑みにし、その手を握り返した。
真っ赤になったイーゼルの手を引いて他の兄妹たち。そして、イーゼルの母フレームにもあいさつに向かった。この国では王の妃は正妻のみが祭事などに限り表舞台に顔を出すことを許されるが、基本的には部屋に籠って生活を送る。しかも、王は側室の部屋に行くためには正妻の部屋を抜けなければならない構造の為、正妻は王が自室を素通りするのを見送るという屈辱を味わうことになる。ノートが正妻であった時期は王は一度も側室の部屋に行くことがなかったそうだし、そうでなかった時期も王はノートの部屋に行こうとするのをフレームが必死で止めていたそうだ。
豊かな生活は保障されるが自由はない。そんな不自由で屈辱的な生活を余儀なくされる王の正妻という立場において、自尊心の塊である彼女は一時でも正妻の座をノートに奪われたことを未だに根に持っている。だから彼女は俺を心底嫌っている。ノートに呪いを掛けた可能性が最も高い人物の一人だ。そんなフレームが烈火のごとく激高している。
「ふざけるな! 私の可愛い娘があの女の息子と生活を共にするなんぞ考えただけで吐き気がする! その忌々しい顔を私に見せるな! とっとと失せろ!」
興奮していると言っても仮にも王妃であるフレームだが、我を忘れ下品な言葉で俺を罵る。まあ予想した通りの反応だ。だが今回この話をフレームにするにあたり、キャンバスが助け舟を出してくれた。これもまた意外だった。
「母上。お耳を……」
そう言って俺達には聞こえない様に離れた場所で何やら話している。やはり間違いなく悪だくみを考えている。二人の性格を考えれば話している内容は何となくは想像がつく。俺を城から追い出せるだの、王位継承権を確実のものにできるといった内容だろう。だが、それに関しては俺としても望むところだ。それ以外の内容であっても、城から出て身を隠し、結界を張っておけば簡単には俺に手を出せない。イーゼルを同行させる以上、今は皆の承諾の上でこの城を出ていくことが何よりも大事。何かしてくるならその時対処すればいい。
「……。妹想いのキャンバスに免じて今回だけは許します。ただし、アナタはもう二度と私の前に現れないで!」
フレームは呆気なく意見を変えた。まったく許されている気はしないが、何はともあれ、キャンバスのおかげで最大の壁を攻略した俺たちは、そそくさとその場を後にした。これでお膳立ては整った。後は荷物を用意して出発するだけだ。
俺とイーゼルはその日の内に荷物をまとめ翌日の早朝に城を発った。時間を掛けると色々と面倒なことになりそうだったからだ。キャンバスはこの上ないほど協力的で、彼の力を借りて内々に行動に移した。恐らくキャンバスもとっとと俺を城から追い出したかったのだろう。これほど意気投合したのもまた、生まれて初めての事だった。
荷馬車いっぱいにイーゼルの荷物を積み、城から見えなくなるまで移動し、見えなくなったと同時に転移魔法”トランスファー”でログハウスに移動した。そして、そのまま隠しておいたログハウスを”リダクション”で小さくし”アンチグラビティ”で軽量化して、再び転移して森の入り口に移動した。そこから少し森を西側に進むと、箱庭から続く川が見える。その川辺の木々を”リプレイス”で他に移して広場を作り、そこにログハウスを移設した。それを”ヴェール”で東側と南側だけ隠した。さらに、その周り半径五百メートルほどの範囲に”アラーム”を展開し、誰かが近づけばすぐにわかる様にした。これで一先ずは安心して生活できる。それにしても楽しい! 魔法が思い通りに使える生活。なんて自由なんだ。自分が思い描いたように自分の世界が変化していく。
さあ、ゆっくりしている場合ではない。先の騒ぎで箱庭は随分荒れてしまっている。インフェルノドラゴンの死骸もその業火でもう朽ちてしまっているだろう。このまま犬が増えれば近いうちに食料が尽きてしまう。イーゼルもあの一件以降、箱庭には近づきたがらない。一刻も早く犬達が安心して暮らせる環境を整えてあげなければ。この川は森を出るとそのまま、ほぼ真っ直ぐ南の町に向かって流れている。この川を東側に大きく蛇行させそれぞれの飼育場所を確保していく。既に長い時間を掛けて計画は練ってきたし、この計画に対して必要な魔法も箱庭の建設の時に出来上がっている。大まかなものであればそれほど時間を掛けずに整備が可能だ。
それからの俺は日が昇っている間中、イーゼルと共に魔法を駆使して川の整備と魚を養殖する為の湖、ワニの生育場所、ネズミの生育場所の整備を続けた。二、三日もするとイーゼルも魔法の使い方を覚え、思っていたよりも順調に整備は進んだ。イーゼルたっての願いで川に咲く花を生息する場所も確保した。だが、この花を育てると蝶が増えることは避けられない。なによりイーゼルはこの花と蝶を見て楽しむ事を望んでいる。この場所には犬が近寄れないように整備計画を練り直し、この花に集まってくるフグは人間の食用に飼育することにした。背中の皮を綺麗にはぎ取れば実にうまい食用肉となる。
そうすることに決めた時、人間の農地もしっかりと発展させなければいけない事を失念していることに気付き、ファーム計画をさらに練り直す羽目になった。当初の計画通りとはいかなかったが、一人より二人の方が気づかなかったことに気付ける。そんな当たり前のことをこの世界に来てから忘れ去ってしまっていたことに気が付いた。
大規模なファームの基礎工事が終わりに差し掛かった頃、町から多くの国民がファーム計画の応援に駆け付けた。応援といってもその多くは、新しい魔法でもやはり祝福を得られなかった者や、魔法は使えるようになったものの、町での生活になじめない下流区出身者がほとんどだ。中には元々魔法が使える中流区の民も混ざってはいたが、町のカースト制度に嫌気がさしてこちらに流れてきた者もいる。生活水準は確かに以前より良くなったが、立場はほとんど変わることは無かったようだ。当然だ。自分だけが優遇されたのではなく、町の住人が軒並み生活水準が上がっただけなったのだから。立ち位置は変われど、立場は変わらない。王達は邪魔者を排除しただけで、本質的には何も変えられなかったようだ。
何てことだ……。また大っぴらに魔法が使えない生活が始まった……。元々魔法が存在しない世界からこの世界に転生した俺には彼らの気持ちは痛いほどよくわかる。この世界は魔法が全て。それ以外の技術や知識は皆無に等しい。俺は前世での仕事である建築関係のノウハウや道具作りをイーゼルを介して彼らに叩き込んだ。魔法が使える者たちには魔法を使って土木の工事を、魔法が使えない者には木材を使った建築技術をそれぞれ叩き込み、既に基礎が出来上がっているファームの整備と自分たちが暮らす家の建設。それから、にわかにではあるが前世で知っている農業知識を、自分達や町の人間が豊かに暮らすために教え、農地の開拓や農作物を育てるのに有効な魔法を教えて仕事を割り振りしていった。
気が付くとかなりの人数がこちらに流れて来ていたのでファームの位置に合わせ川に沿って上流から北のサカナ村。東のワニ村。南のネズミ村。そして、元々の川に花を移植してフグの養殖をするための西のフグ村という四つの村を作り分業させた。ただ、フグが集まる花の傍には生物を興奮させる鱗粉を撒く蝶が生息する。魔法が使える者を中心に構成し、フグと蝶の両方に対処ができる様にした。川から少し離れた畑の近くに村を作り、川に向かう場合はマスクを着用することを義務付けた。
それぞれの村には橋を作り、川で取り囲んでいる中央では農作物を育てる。中央区とフグ村には橋を通らなければ犬が立ち入れない様に整地し、それぞれの地区に犬の通行禁止令を設けた。少しずつ増える民を指揮するのは至難の業で、心底うんざりした。これじゃあ前世と変わらない。いや、あの頃より遥かに大変だ。何の為に魔法世界に生まれ変わったのか? 何の為に城の暮らしから離脱したのか? この場はサッサと誰かに委託し、俺は悠々自適なスローライフをエンジョイしたいっていうのに……。
箱庭の生き物たちを新しくなったファームに移住させ、全体が形を成して動き始めた頃、町から見覚えのある一人の男がやってきた。コピックだ。彼は兵士を辞め、俺を手伝うためにこちらに移住してきたらしい。本当に、なんて都合の良い男だ。奴に俺の後継者になってもらおう。この場所でのそれぞれの作業はそれぞれの集落で既に出来上がりつつある。彼にやってもらうのはそれぞれの村との中継、町との交渉、俺との連絡係、要は現場監督だ。
俺はコピックとイーゼルと三人で話をした。現状を伝え、俺たちの代わりに彼らの仕事を管理し、このファーム全体の管理者になってもらいたいと伝えると彼は二つ返事でそれを承諾した。コピックにはファームの状況を定期的に報告するように伝え、イーゼルを呼び出すための”コール”という魔法を教えた。
「何かあったら、いつでも私たちに助けを求めてください。でも、優秀な貴方ならきっと全てうまくやってくれると信じています」
イーゼルにそう口添えさせ、それからしばらくイーゼルに就かせて仕事を覚えさせた。信じているとは中々に巧妙は言葉だ。こう言っておけば責任感の強いコピックは簡単にはこちらに助けを求めてこれないだろう。簡単に弱音を吐くことも頼ることもできなくなる。気が付くと城を出て約一年という時間が経過していた。そして、俺とイーゼルはようやく完成したファームの全権をコピックに委託してこの事業から撤退した。
「次の計画があるからあとは貴方に任せるわ。私たちは貴方を信じています。宜しくお願いしますね。コピック」
「お任せください。必ずご期待に添えるよう尽力いたします」
コピックに念を押し、深々と頭を下げて場を後にした。誰もいない事を確認した後、俺達はログハウスに転移した。
ログハウスには毎日帰って来ていた。だが、朝起きたら食事をして出発し、帰ってくるのは日暮れ。クタクタになった身体に食事を詰め込み身体を清めて眠る。こんな生活を休むことなく続けていた。この世界に来て約十八年。長かった……。けど、ようやく夢にまで見た異世界スローライフの始まりだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます