第24話 変革の狼煙⑦

 日の出と共に伝令の兵士が戻ってきた。俺の心配をよそにこの作戦は呆気ないほどすんなり成功した。町に残っている枢軸院の残党は特に見張りを立てるわけでもなく、安心して眠れるほどに、この作戦の成功を疑っていなかったようだ。知らされていなかった者もいるのだろう。城に残っている残党も通常の見張り以外はぐっすりと眠っていたようで苦も無く制圧できたそうだ。この様子を見るに、今回の一件に深くかかわった枢軸院の連中は、遠征に出る前の長い枢要会議でそれだけ念入りに計画し、実行に移したのだろう。家族に言葉を残すこともないほどに。道理でやけに長い間部屋に籠って会議をしていたわけだ。大量の王族を殺戮するために魔法の詠唱を練習し、陣形を考え、こちらに逃げる隙も与えないようにかなり念入りに計画を起てたのだろう。おぞましい限りだ。

 だから、城に残っている王族関係者の安否は心配はしたが、後からよくよく考えてみれば理由もなく先に殺すわけにはいかなかったのだろう。森の計画が済んだ後、王族を糾弾し、民衆の前で処刑する予定だったようだ。


 眠らされていた者は慎重に枢軸院の関係者と無関係の者に選別された。と言っても、この国では枢軸院の関係者であるかそうでないかの選別はそれほど難しくはない。彼らに取り入れば住む土地や立ち入れる場所さえも優遇されるからだ。彼らは枢軸院と呼ばれる、城に匹敵するほどの大きな建物に立ち入ることができる紋章を身に付けているし、何より住んでいる土地を見れば一目瞭然ということである。そうやって集められた枢軸院の関係者は城の中庭に閉じ込められた。目を覚ました彼らは困惑した様子で状況を把握しようとキョロキョロ周りを見渡している。だが、手と口を拘束されなす術がない。彼らを見下ろす様に城壁の上に立ったキャンバスは彼らに向かって『”フォビッド!”』と叫んだ。それを合図に兵士たちは彼らの拘束を解き、そそくさとその場を離れる。


「これはどういうことだ!? な、何故あなたがここに? ……我々はなぜこのような仕打ちを受けている!? なにをやっているかわかっているのか?」


「ザイロンよ。私たちが自分の城に居てはおかしいか? 貴様らこそ何をやったかわかっているのか?」


 キャンバスの影に潜んでいた国王がキャンバスの前に立ち、返答した。


「へ、陛下? ……ご無事だったのですか……?」


「はて? おかしな質問だな。森に遠征に行って戻っただけだ。無事に決まっているだろう」


「あ、いや。その……ヴェノムウルフのファームとやらの視察に行くという危険な遠征だったので、もしかしたらと心配しておった次第です。ご無事で何よりでございます。ところでなぜ我々は拘束されこのような場所に集められているのでしょう? いかに陛下といえど枢軸院の身内に対してこのような行為は大問題なのでは? 父上や祖父は何というでしょう?」


「……何も言わんよ。それにしてもザイロン。貴様は今回の計画の内容を知っていたようだな。まるで私たちが無事に戻ってこないとわかっていたような口ぶりではないか? でなければ私の顔を見てそのような顔をせんだろう。ということは今の状況を理解しているな?」


「ま、まさか……」


「ああ。全員死んだよ。自らが放った業火に焼かれてな」


「ら、乱心だ! 王族は全員乱心している! ヴェノムウルフの毒に侵され頭がおかしくなったのだ! このままではこの国は滅亡してしまう! 皆の者! 王族を殺せ! 国と民を守る為に!」


 その言葉を聞いた連中は即座に詠唱を始めようとした者、さらに困惑し狼狽えているもの、意味が分からないまま言われるがままに詠唱を始めようとする者など反応は様々だった。恐らく、本当に状況を把握できていない、何も聞かされていない者もこの中に多く混じっているのだろう。が、暫くすると中庭にいる全員が一様に戸惑いの表情に変わった。いくら必死に魔法を詠唱しようとしても言葉を発することができないのだ。


「何故だ! 詠唱出来ん! こ、声は出るのに十二字の発声が出来ん!」


「貴様らの魔法は我が息子キャンバスが封じた。もう二度と魔法は使えん」


「は? はあ? 何を言っている! そんな都合の良い魔法があってたまるか! ――! ――! くそ! 何故だ!?」


「この場にいる者の中には事態を把握しておらんものもいるだろう。先ずは今、貴様らがなぜこのような状況に陥っているのかを説明しよう」


 国王は自らの口で森であったことをその場にいる全員に言って聞かせた。城に残っていた王族関係者やその作戦を聞かされていなかった枢軸院の関係者は呆然としていた。


「本日の正午に今回の件について国民全員に説明をする。貴様らの処分はその時に言い渡す。それまではそのままその場にいてもらう」


 そう言い残して国王と王族、側近達はその場を後にした。見えなくなった広場からは叫声がやむ事無く響いていた。


――


 正午前になると、国民は国王の話を聞くため王宮に集まった。こういう国民全員に向けての発表とする場合、階位の高い者から前列に並ぶ為、こうやって集まる国民を見てもその序列は一目瞭然なのだが、並んだ国民はいつもよりも前列に並ぶことが出来たため、後列に居て何の状況も理解できていない国民でさえただならぬ空気を察していた。


 時間になると国王とキャンバス、イーゼルがテラスに登壇し演説を開始した。俺はいえば体調不良を理由に王宮内の自室で静養させてもらっている。……ということにして、例のごとく”インビジブル”で姿を隠してテラスが良く見える斜向かいの塔の上から見物することにした。


「皆。よく集まってくれた。今日は皆に国家の大事を知らせなければならない――」


 そう言ってゆっくりと話を始めた。行方不明だった俺が帰ってきたこと。兄弟たちが力を合わせインフェルノドラゴンの討伐に成功したこと。ヴェノムウルフを発見し、その生態を解き明かしたこと。キャンバスが新たな魔法を生み出したことなど細かく丁寧に国民に話した。そして、その英雄がヴェノムウルフを増やすファームの計画を提案してきたことから、視察の為に森に遠征に向かった事。そこで起こったことの全てを国民に説明した。

 この国の人間のほとんどは枢軸院は国王の補佐的な役割だと思っていた。枢軸院がこの国でどういう存在で、これまでの政治がどのように行われていたのかを説明し、今のこの国の明らかな枢軸院優遇の格差社会の現状を引き起こしたのが、他ならぬ枢軸院であることを丁寧に話した。国民は憤慨し声を上げた。一部は不甲斐ない王族に向けての言葉であったが、そのほとんどは枢軸院に向けられた罵声だった。

 そして、そんな枢軸院の謀略を見事に看破し、皆を救った英雄としてキャンバスとイーゼルが登壇した。二人の英雄の顔色は正反対だった。王は二人を称えつつ、森で起こったことの詳細をこの場にいる全員に説明した。


「人殺しー! お父様とお兄様を返せーーー!」


 中庭で一人の少女が泣き叫んだ。あの場で焼け死んだ誰かの娘だろう。その声を皮切りに中庭から王族に対する罵詈雑言が飛び交う。その多くは家族を殺された身内の恨みの声だった。


「黙れ! 森で死んだ者たちは自らの炎に焼かれて死んだ。正に因果応報だ。そして貴様らがこれから送る人生は、国を乗っ取り、私腹を肥やし、国民を支配し続けたことのへ報いだ! 勘違いも甚だしいわ!」


「勘違いをして国を乗っ取ったのは貴様ら王族だ! この国を統治し、平和を維持していたのは我々枢軸院だ。貴様らはいつでも首を挿げ替えるられる様に王族として祀り上げられただけのいわば生贄だ! 潔く我らに国を明け渡し、この場で自害しろ!」


ザイロンは叫んだ。だが、その言葉は中庭の外にいる誰の心にも響くことは無かった。過去や真実がどうであれ、もはや彼らの言葉は犯罪者の戯言でしかない。何より国民のほとんどは今の生活を快く思っていない。国民はずっと変革をを望んでいたのだ。


「もはや、貴様ら逆賊の戯言など誰の耳にも届かん。ここにいるほとんどの国民は貴様らの悪政に耐えてきた。これからは我々が正しく国を統治していく」


 その後、今回の犯罪を起こした枢軸院の関係者から魔法を奪ったこと、彼らにはしばらく牢で暮らしてもらい最終的には下流地区での生活を強いる事。国民にはそれぞれ位の高い地区に移住してもらう事。ヴェノムウルフを育成しこの国の強化を図る事。そして、キャンバスが生み出した魔法はこれまで魔法が使えなかったものでも使える可能性があり、今後はそれを全ての国民に開示していく事。仮に使えない者にもファーム事業の仕事を保障する事などを公表した。

 中には国民を平等にすべきだという声もあったが、現時点でより高い権力を持つ者からの反発が避けられないであろうということでそれぞれ格上げして、最下位に最も私腹を肥やしてきた者たちを置くことで全国民に恩恵がある様に仕組んだ。表向きに平等を訴えたところで裏では確実に権力者が暗躍する。格差は決して避けられないのだ。

 今回の公約のおかげでこれまでの王族の汚名をそそぎ、これからの王政による統治は国民にとってより豊かで良いものになるという希望を同時にアピールすることができた。国民は歓声を上げ、その声はしばらくの間止むことがなかった。


 延々と続く中庭からの雑言に嫌気がさした俺は誰にも気づかれない様に「”クワイエット”」とつぶやいた。中庭の声だけ少しずつ小さくなっていったが歓声の中でそれを気に留める者はいなかった。しかし、歓喜に沸くその場で、たった一人だけ彼らの言葉に違う反応を見せた人物がいた。真っ青な顔でその場を後にした英雄の後ろ姿が城の奥へ消えていった。そんなことはお構いなしに国民は歓声を上げ二人を称え続けた。英雄が一人欠けていることにも気づかずに。この一件でイーゼルは皆を救った英雄であると同時に大量殺人者という影も広く国民に知れ渡ったことになる。


 俺はその場を後にして自室に戻った。そして今度はドアから出て、怪我をした足を引きずる振りをしながらイーゼルの許へ向かった。


 イーゼルは自室に籠ってしまっていた。外に追い出された侍女たちが心配そうにドアの前で狼狽えている。俺はドアをノックし、ドアの前からイーゼルに向かって念話をした。


≪もしもし姉さん。大事な話があるんだ。ドアを開けてほしい≫


≪……今は一人になりたいの。放っておいて≫


≪姉さんは僕に忠誠を誓うって言ったよね? これは命令だよ。ドアを開けて≫


≪……≫


 しばらくすると鍵が開いてゆっくりとドアの隙間が開いた。自分たちが呼び掛けても返事もないのにノックだけでドアが開いたことに不思議そうな顔を浮かべる侍女たちを尻目に一人で中に入りすぐさま鍵を閉めた。


「”インソレーション”。これでこの中の声は外に漏れないよ。姉さん。大丈夫?」


「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁ――」


 イーゼルは俺に抱き付き大声で泣きだした。こんな大声で泣く彼女を見たことがない。きっといろいろと我慢してきたのだろう。守る為に使った魔法で大勢の人間の命を奪った。そして、その事実を今までたった一人で必死に耐えてきた。それを先ほどの少女の声が決壊させたのだろう。そのまま大声で泣き続ける彼女が落ち着くまでギュッと抱きしめた。こんな状況でも彼女の匂いや柔らかさに身体が疼いた。


「ごめんね。僕のせいだ。姉さんにこんなつらい思いをさせるつもりはなかったんだ」


「私こそごめんなさい。……あなたは悪くないわ。こんなことになるなんて誰にも想像つかなかったもの。でも、もう私は……」


「――姉さん。僕はこれからこの城を出てファーム事業に専念しようと思っている。森のログハウスを森の入り口辺りに移設して森から川を引いて大規模なファーム計画を実行していこうと思うんだ。この城で僕にできることはもう何もないから」


「そんな……。貴方は素晴らしい人よ。これからは貴方がこの国を導いていくべきだわ。今回の事はすべて貴方の功績よ。兄様ではなく貴方が王になるべきよ」


「……いや。そもそも、僕はもうこの国に未練はないんだよ。いい思い出も愛着もない。正直どうでもいいんだ。この先この国がどうなるかは解らないけど、それを考えるのは父上やキャンバス兄さんの役目だ。僕はもうこの窮屈な生活から抜け出してナイフ達と一緒に自由に生きていきたいんだ。姉さん、俺と一緒に暮らさないか?」


「え? え? えーーー!?」


 先ほどまでの蒼白な顔に赤みが差し、みるみる耳まで赤くなる。


「姉さんとなら最高のファームを作れると思うんだ。姉さんはあの子たちにすごく懐かれている。それに真剣に犬達の生活を考えてくれていた」


「え? あ、ああ……。 そういうこと……」


「それに、姉さんも今はこの国に居辛いでしょ? せめてほとぼりが冷めるまで、僕と一緒に森のログハウスで暮らそう。城ほど裕福な生活は約束できないけど、できる限り不自由ない生活を約束するよ」


「……いく。 私もついていきたい!」


 そうして俺たちは生活を共にすることを約束した。俺たちはその足で王とキャンバスにファーム育成の指揮を取る為、城を出る許可を取りに向かった。抱きしめたままでの一緒に暮らそうというセリフは、ほとんどプロポーズと同意であることに気付いたのは城を出た後になってからだった。


「そ、それはいかん! そんなことは民に任せてお前たちは城で――」


 城を出てファームの事業に専念したい旨を国王に伝えると、予想通り国王は反対した。


「いいえ。ヴェノムウルフの育成には指導が必要です。如何に穏やかな生物と言えど育成を間違えればたちまち特級危険生物として我々に牙をむいてくるかもしれません。より良い環境を整え、正しく生育する為にはイレイザーの力が必要不可欠です。そして、言葉がしゃべれないイレイザーだけではこの計画の遂行は困難。すでにヴェノムウルフと心を通わせている私であれば十分に補佐が可能です。どうか。私たち姉弟にこの事業計画の指揮を執る権限をお許しください」


「し、しかしそれは……」


 城を出る許可を得るために謁見の間で椅子に座している王の許に向かった俺たちは早速話を切り出した。今回はそれほど綿密な打ち合わせをしなかったのだが、イーゼルはアドリブを交えて実に巧妙に話を組み立てた。王は頭を抱えた。状況を冷静に考えれば、王がそれを望んだとしてもこのまま俺を王にすることは難しい。しかも俺を連れ帰ってからのキャンバスの働きは誰もが認めるところで、第一王位継承者として非の打ちどころがない活躍を見せている。反対する者がいなくなったと言えど魔法を使えない俺を王にする理由がない。同時にヴェノムウルフの事業を進める必要があるのであれば俺を向かわせざるを得ない。王は悩んだ末、しぶしぶ了承した。

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