第23話 変革の狼煙⑥

 最後尾を歩いていた俺たちが広場に到着した時にはその場にいるほとんどの者が事態を把握できず狼狽えていた。今、この場にいる生き残った者は今回の一件を全く知らなかった者達だろう。放った本人に戻る魔法を喰らわなかったことが何よりの証拠だ。だが、あの威力。魔法を放った者のすぐ後ろを歩いていた無関係の人々の中には何も知らぬまま巻き込まれて焼け死んでしまった者もいるだろう。

 ここまでの道中はキャンバスと念話で話しながら帰ってきた。彼らを蘇らせることは出来ないのかとしつこく聞かれたが無理だと答えた。”リバーシブル”は可逆魔法だが、あそこまで大人数が粉微塵になってしまうと復元はできない。なにより顔すら知らない人間がほとんどだ。再生のイメージができない。そして、それ以外の蘇生魔法を俺は敢えて覚えていない。無い袖は振れないというわけだ。他の方法が全くないわけではないが、この状況は俺にとって好都合、いや、ある意味理想的といえる。現時点で最高権力者である王やキャンバスがファーム計画を推奨している上に、この計画に異を唱える者は今や存在しないと言っていい。あまりにも都合の良い状況に一人にやけそうになるのを堪えていると、王が台の上に立ち、重い口を開いた。


「皆の者、何が起こったのかわからない者がほとんどだろう。私も同じだ。何が起こったのかわからないまま今この場にいる。現時点でわかっている事は枢軸院の者たちが我々王族に反旗を翻し、そのまま自らが放った魔法で焼かれ全員が消失してしまったという事。我々を殺そうと枢軸院が放った魔法が、どういうわけか彼らに戻っていったという事。そしてあの大火災をたった一人で鎮火させたのが我が息子のキャンバスだという事だ。キャンバス。あの魔法はいったい何だ? お前は何か知っていたのか?」


 キャンバスは俺の顔を見ながら王の傍にゆっくり歩き出した。魔法についての説明を要求しているのだろう。


≪兄さん。とりあえずさっきの火災は枢軸院が僕たち王族を殺す目的で放ったものである事。炎の威力を考えると枢軸院全体の意志であり、城での枢要会議で反乱を起こす計画を考案してあったのだろうという事。炎を消した魔法は第七階位の魔法を学んでいる間に兄さんが作り上げた新たな魔法である事。現在、実験的に兄さんと姉さん、そしてクリップ兄さんだけで研究していた事。その一つに魔法を跳ね返す効果の魔法があり、姉さんが自分たちを守る為に咄嗟に放っただけで罪はないという事。これらの魔法は今まで魔法が使えなかった者達も使えるようになる可能性があること。これからすべての国民に魔法を教授するつもりであることを何とかうまく説明して≫


 そう伝えるとキャンバスは小さくうなずき王の隣に登壇し、ゆっくりと口を開いた。言葉を選び今回の一件があくまで枢軸院の反乱であり、イーゼルが無罪であることを皆に説明してもらう。王族の傍にいた近衛兵達や側近達にもその目で見たことを発言してもらいながら言葉の信憑性を伝え、これから新たな魔法を得られる可能性を餌にここにいる全ての者を王族の意見に賛同してもらうように誘導していった。最初は嘘で説明をすることに戸惑いを見せていた様子のキャンバスも、言葉を重ね皆の称賛を浴びることで自らの言葉に陶酔していった。


「あれほどの威力の魔法。奴らは明確な殺意を持って我々に放った。明らかに計画的な反乱である。そして、そんな殺戮者共の魔法を、皆を守りたい一心でただ弾き返しただけの我が妹イーゼルは憐れにも心を痛め嘆いている。何いう慈愛。我々は彼女に命を救われたのだ。我が妹。慈しみの英雄イーゼルを称賛せよ!」


 その言葉を聞いた群衆は一斉に声を上げイーゼルを称えた。だが、イーゼルはうつむいたままその歓呼に応えることは無かった。馬鹿が! イーゼルは理由はどうであれ、人を殺したことを嘆いている。人々に称賛されたいわけじゃない。無罪を主張し、罪の意識を軽減させるだけでよかったんだ! これではイーゼルは国民全員に人殺しの英雄として晒し者になる。イーゼルはそんなものを望むような性格じゃない。兄妹なのにそんなこともわからないのか? そんなイーゼルの心をよそに群衆は一丸となり、熱気に包まれた。


 ――人々の熱気が落ち着きを取り戻した後、帰路につく準備をする為、散会した。残った王族と側近達は今後について話始める。実際はここからが大変なんだ。

 このまま馬車に揺られて呑気に帰るわけにはいかない。町には枢軸院の家族や同胞が多数残っている。城に残っている王族や兵士達では枢軸院の残党にさえ太刀打ちできない。このまま何の対策もせず馬車で帰路についてしまえば即座に作戦の失敗が知れ渡り、追い詰められた奴らは何をするかわからない。つまり、この事態を把握される前に残党を一人残らず始末しなければならないのだ。


「今現在残っている枢軸院の連中でもほとんどが第六階位の魔導士。奇襲をかけても全員を同時に拘束することは容易ではない。反撃されれば被害も甚大だ。かといってあれだけの事をしでかした連中を野放しには出来ん。関係者全員を処刑しなければ――」


「やめて! もうこれ以上誰かが死ぬのはいや!」


 イーゼルは叫んだ。彼女の死に対する心の傷は計り知れない。イーゼルを外して処刑することはできるが、さっきキャンバスは慈しみの英雄と彼女を担ぎ上げてしまった。このままイーゼルを無視して処刑を強行するのは慈しみの英雄に対する冒涜行為になる。


「し、しかし。彼らが生き残っていれば多くの民や城に残る皆に犠牲が出るのは必至だ! 牢では彼奴らを拘束できん!」


 王の言う通り城の地下には確かに牢獄がある。だが、魔法が使える者にはほとんど意味がない。魔法さえ使えれば力づくで脱出出来てしまう。この国は魔力の強さがそのまま権力の強さを意味する。上位の魔導士になる程多少の罪は免罪されるため基本的に牢に入ることは無い。主に魔力が低い、または魔法が使えない犯罪者を拘束するために利用するための牢屋だ。しかし、俺はこういう状況を事前に予知していた。魔法が全てのこの世界ではこの手段が非常に有効であることはこの場所で目の前にいるこの国一番の魔導士が証明してくれている。


≪キャンバス兄さん。この場所で兄さんが魔法を使えなくなったこと覚えてる?

あの魔法を使おう。今から言うことを皆に説明して≫


 俺が考えた作戦はこうだ。先ず、この場にいる魔法が得意な兵士全員に”ゼロ”を唱えさせ、予めキャンバス達に教えておいた”スリープ”の魔法を伝授させる。そして、城から残り僅かの所まで帰還し、そこで夜になるのを待つ。魔法を覚えた兵士に達に町に忍び込ませ、反乱を起こした全ての家と城内に忍び込み、敵味方関係なく手あたり次第に”スリープ”の魔法を掛けさせ、全員を拘束する。その後、枢軸会の関係者を選別し、キャンバスに”フォビッド”で星座の魔法を封じてもらう。こうなればもうこの国では最下級の国民と同等以下の扱いだ。魔法を使えなくなった彼らには脱出することもできない牢屋でしばらく過ごしてもらう。


 そして、その間に元々枢軸院の一族が暮らしていた、町の最上流区に王国軍を支持する上位貴族たちに移住してもらい、その要領で中流区の者は上流区に、下流区の者は中流区に移住してもらう。新しい魔法でさえ使えない民には移住させて国家プロジェクトのファームの手伝いを好条件でしてもらう。そして、空いた下流区に今回の件で反乱を企てた、魔法を封印された枢軸院の関係者を一人残らず移住させ閉じ込める。これで誰も殺さず魔法を封じ、権力を剥奪できる。という作戦をキャンバスとイーゼルに念話で伝えた。


≪これでどうかな? 姉さん。殺さないにしても、何もしないで放っておけばパレットやペンシルにも危険が及ぶんだ。魔法を封じ、下流区に移住してもらえば彼らにはもう何もできない。下流区から王城に侵入は不可能だから皆も安心して暮らしていける。元々、下流区は魔法が使えない者の為に枢軸院が作った地区だ。魔法が無くても暮らせるように整備しているはずだよ≫


 イーゼルは少し悩んだ後、小さく首を縦に振った。俺は表情を変えずにほくそ笑んだ。彼女は知らない。持つ者が奪われ、蔑まれる屈辱を。死より残酷な生があることを……。


 作戦に同意したイーゼルのあいずちを合図にキャンバスは先ほどと同じく、まるで自分が考えた作戦のごとく雄弁に国王や側近に伝えた。その作戦を聞いた皆は一同に驚きを見せた。反乱相手に温情を与え、何より新しい魔法を惜しげもなく兵士に授受する寛大さは誠の主導者の姿に映ったことだろう。


 厳めしい表情の王は渋々納得し、その作戦を承諾した。その後、魔法の指導を含めた移動の計画が立案され、速やかに行動に移された。この森までの移動に掛けた日数以上の時間は掛けるわけにはいかない。あまりに帰還が遅いと、不審に思った誰かが偵察をよこす可能性がある。少しでも時間を確保する為、三度取っていた王侯貴族の食事を二度にし、昼は出来る限り勉強に当てる。とはいえ貴族連中の人数が減ったことで移動速度は格段に早くなり、一日半ほど時間に余裕が生まれた。これだけの時間があれば優秀な者なら、たった一つの魔法を覚えることに集中すればなんとか間に合う。森からの移動は馬車が多く余っているので全員別々の馬車に乗車した。もしもの襲撃に備える意味もある。その移動中、俺は前回と同様に姿を隠してキャンバスの馬車に移動し、星座の魔法を封じる”フォビッド”を伝授した。そうして城まであとわずかなところまで移動するとその場で最後の作戦会議をしながら夜を待った。


――日付が変わった頃、いよいよ作戦を開始した。キャンバスと魔法を覚えた兵士を中心に編成部隊が組まれ自分の国に潜入する。そもそもこの国には主だった外敵がおらず警備は手薄だ。門の傍に交代で二人ずつ配置され、その外壁の上では数名が右往左往しながら内外を見回している。と言ってもおしゃべりしながら文字通り行ったり来たりするだけ。町は西側も東側も山に囲まれ南側の海と俺たちがいる北側からしか侵入できない。そして、これまでただの一度も侵入者が現れたこともないから危機感もなく、見張るという役割は果たされていない。この国が危機に面した経験があるのは、遠くからでも目立つ昼行性のインフェルノドラゴンが現れた時だけだった。

 

 まずは、伝令に見立てた兵士が二人ほどで門に向かう。当然、味方の兵士なのだからすんなりと門が開く。そこでまず門番を”スリープ”で眠らせ、そのまま門の上に上がり見張りの兵士も眠らせる。それが成功すると外で待っているキャンバス達に合図を送り、門から静かに町へ入る。そこからは手分けして枢軸院の家やその親族、同盟関係の家を周り、家の中にいる人間に手あたり次第に”スリープ”を掛けまくる。

 眠った相手は手枷と口枷をして城の広場に集める。その間にキャンバスを含む数人は城に侵入し、出会った全ての者に即座に”スリープ”を掛ける。味方でも家族でも判断している余裕はない。ただ眠らせるだけの魔法だから問答無用で魔法を掛け回っていく。敵味方の判断は後からすればいい。という作戦だ。怪我をしていることになっている俺は同行できない歯がゆさに苛立ちながらただ馬車で吉報を待った。

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