第13話 箱庭①

 第一階位の魔導書と新しく見つけた魔導書に書かれているこの詩は一見すると魔法に関する極めて基本的なルールがひどく分かりにくく書かれている。俺も最初は意味が解らなかったので無視した。あの時は時間の無駄だと思った。実際に魔法を勉強した今であればある程度は理解できる。魔法には四属性が存在すること。隣り合う文字を同時に唱えてはいけないこと。並べ方次第で威力を調整したり、効果を変化させたりできることなど。だが、意味が全く分からない単語もあった。だから魔法を学ぶときこの部分を無視するしかなかったし、皆そうする。しかし、新たな魔導書はこの詩を改めて俺に突き付けてきた。もうこの詩しか俺にすがれるものがなかった。魔法の勉強はいつしか謎解きの時間になった。


 『夜を好む』というのは最も魔法の威力が高まるのが夜という意味だろう。魔法は夜に、それも『新月の夜』にこそ最大の力を発揮する。だからそのままの意味だ。問題はここからだった。やっぱりわけがわからない。『十二の魔導士』というのは十二字の文字そのものを指すのだろう。では『悪魔』とは? 『隣人』とは? 俺は来る日も来る日もなぞ解きに明け暮れた。一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、半年ほど過ぎた時、途方に暮れた俺は新月の夜に何気なく床に寝そべって夜空を見上げた。


「新月の夜か……。最も輝く。月がないと星がきれいだな。そう言えばこの世界にも星座ってあるのかな……」

 

 自分が何気なく発した言葉にハッとした。


「星座……十二星座! もしかしたら十二の戦士って十二星座の事なんじゃ?」


 そう考えた俺は急いで部屋に戻り明かりを灯して魔導書を開いた。その時になってようやく気が付いた。俺はなんて馬鹿なんだ。十二字は俺のいた世界の十二星座のシンボルと酷似していたのだ。と言っても、俺が覚えていたのは牡羊座と射手座、そして生まれ変わる前の俺の星座だった双子座だけだった。どのシンボルもありきたりで、特に双子座のシンボルはローマ数字の”Ⅱ”にそっくりだった。しかも知っているものとは少し違い全体的に角ばった形をしている。気づけなくても仕方ないと、今までの自分に言い訳をした。


 同時に新たな疑問が生まれた。これが星座だとして、そもそもなぜこの世界に同じような星座のシンボルがある? それに、今まで気が付かなかったけど、当然のように月や太陽があり地球と同じように時間や季節が巡る。もしかしたらここは地球? いや、それは無い。現に俺は魔法が使えている。それに、この世界には前世では見たことも聞いたことも無いもので溢れている。だが、全く違う世界でこんなに同じような環境はあり得るだろうか? 正確な時間こそわからないが朝日で目を覚まし、昼には太陽が真上から差し、夕暮れには空は赤く染まり、夜には月が満ち欠けする。地球ではないのであれば、月は無いはずだし、仮に同じような衛星あったとしてもこれほど同じように見えるものだろうか? 太陽系と全く違う場所なのであれば見える星座も違っているはずだ。いくらなんでもコレを偶然で片付けるには都合がよすぎる。


「やはりアイツらの……神のいたずらってやつか?」


 現状、いくら考えたところで答えは出ないだろう。正直なところ十二字の謎よりよっぽど気になったが無理やり頭を切り替えた。 俺は星座のシンボルをすべて覚えていたわけではない。だから、ひとまず星座と仮定したうえで詩に照らし合わせて考えてみた。


「とりあえず星座のシンボルを……どうすればいい?」


 他の内容も踏まえて考えてみた。まずは一つ目。『十二人の戦士は夜を好む。新月の夜にこそ最も光り輝く』という一節。新月の夜にこそ星座が一番よく見える時という意味だろうか? 次に、『隣人と共に十二の悪魔を眠らせる』という一節。


「隣人ってことは並べればいいのか? えっと……一月の星座ってなんだっけ? まずは双子座は六月だから六番目かな? 二月は確かみずがめ座だよな? どれだ?」


 よくよく考えたら星座の順番も何月が何座かもほとんど覚えていなかった。


「そういえば、聖闘士星矢で最初に出てきたのはおひつじ座のムーだ! それからおうし座で、双子座……次何だっけ? あれ? そういやなんでおひつじ座からなんだ? おひつじ座って四月だよな?」


 ……すぐに行き詰った。


「なんだよ! わかんねーよ! 『魔導士』とか『悪魔』とか! もっとわかりやすく書いとけよ! 何でこういうのってみんな敢えてわかりにくく書くんだ?」


 結局その段階ではそれ以上わからなかった。


「あ、あの。星座って? せいんとせいやってなに?」


 イーゼルは俺に訪ねた。


「ああ。星座については後で説明するよ。 聖闘士星矢は……忘れて」


 そう答えるしかなかった。


 魔法を勉強する時に注目される詩は三つ目と四つ目。そして七つ目と八つ目だけだ。分かっているのは文字同士に相性があるという事。種類が分けられているという事だ。大別すると魔法は十二字を組み合わせて四種類の属性に大別される。火・水・土・風だ。組み合わせ方で威力を調整したり、属性を変化させたりできる。

 『三人以上で戦地に赴く』という一節をそのままの意味で捉えると十二字を三つ並べろという意味合いになる。それと同時に『七人で戦地に赴けば、悪魔が目覚め災禍に見舞われる』という一節が十二字を七つ並べるなという警告であるのであれば、第七階位の魔法は作れない。過去に試した者もいるそうだが死という災いが降りかかったそうだ。そんな理由でこの国では第六階位が事実上最高階位であり、それが当たり前なのだ。第九階位の魔導書を開いてしまった俺は異端者というわけだ。だが、この世界にいる他の種族たちはどういうわけか第六階位以上の魔法が使えるらしい。だからこそ王は俺を第一王位継承者にしたのだ。魔法が優劣を決めるこの世界で、俺の存在が自分たちの立場を優位なものに出来るのではないかと。


「新しく見つけた魔導書には、第一階位の魔導書に書かれている内容に加えて、さらにその続きが存在していたんだ。その内容はこうだった」


 Ⅹ、私たちは円卓の十二騎士。その力は悪魔を討ち滅ぼす力。

 Ⅺ、私は真夜中に一時、最強の鎧を脱ぎ真の姿となる。その姿は無に等しい。

 Ⅻ、羊の悪魔に眠らされし隣人、私の鎧を得て最強となり悪魔を討つ。

 ⅩⅢ、私の鎧は他の者には長くは扱えぬ。一時の猶予しかない。

 ⅩⅣ、時は過ぎる。鎧は次の者に託される。悪魔が弱りし今こそ滅ぼせ。

 ⅩⅤ、時は巡り鎧は再び私の許に。十二の悪魔は滅びた。真の姿が目覚める。

 ⅩⅥ、悪魔を屠りし騎士。十字架の盾を掲げる。真の姿に良く似合う。

 ⅩⅦ、新たな盾が合わぬ者がいる。これでは足りない。

 ⅩⅧ、第一席の騎士は九番目の力を兼任する。

 ⅩⅨ、第五席の騎士は二十二番目の力を兼任する。

 ⅩⅩ、第十席の騎士は二十四番目の力を兼任する。

 ⅩⅪ、幾度も戦場を駆け巡る。三騎士が力を発揮する時、私が盾となろう。

 ⅩⅫ、一つ足りぬ。最後はこの兜を持つ私こそが相応しい。これで全てそろう。

 私は何者だ?


「何だこれ? 全く意味が解らない……。『私は何者だ?』ってことは謎解きなのか?  『最強の鎧を脱ぎ真の姿になる』ってどういう意味だ? 『Ⅹ』から始まっているんだからやっぱり詩の続きだよな?」


 新たな詩はさらに俺を迷宮に誘った。


「『羊の悪魔』? 羊ってなに?」


 イーゼルはさらに疑問を投げかける。そうだ。そもそも羊は少なくともこの国にはいない。仮に世界のどこかに似たような生物がいたとしてそれをこの異世界で『羊』と名付けるだろうか? やはり偶然にしては出来過ぎている。この魔導書はこの世界の人間が作ったものではない。エンマのような神の存在。あるいは……。魔導書はここに来て俺の疑問をさらに確信へと近づけた。話をしている間に目的地が見えた。


「さあ、着いたよ。もう一度言うけど決して驚かないでね。じっとしていて。大きな声を上げたり、逃げたり、敵意を向けたりしたらアイツら興奮しちゃうから」


 俺は三人に最後の警告をして最後の角を曲がった。


「あ、あ、あ……」

「う、嘘だろ……」

「ヤバいよ! これヤバいって――」


 三人は口々に言葉を発する。魔法の効果で虚ろだったキャンバスとクリップも一気に醒めたようだが大声を上げることはなかった。本能がそれを否定したのだろう。それをすれば命にかかわることを理解しているのだ。


「ここはね。ファームだよ。あの子たちを育成しているんだ」


 俺はそう言って振り返って三人の顔を見た。思った通り、三人はまるで化け物でも見たかのような蒼白な表情をして怯えている。その顔を見て思わず顔がほころびそうになった俺は、慌てて後ろを振り返った。


「大丈夫だよ。僕から離れないで」


 つり上がった頬を隠すように俺は前へ進んだ。


「イレイザー! ダメだ!」


 今にも消えそうな大声で俺を留めようとするがすでに手は届かなかった。そのまま逃げるかと思ったが俺の傍に居るほうが安全だと判断したのだろう。急いで俺の傍まで走って追ってきた。息が掛かるほどに。そして直ぐに後悔したのだろう。俺に気付いたアイツらは俺向かって一斉に走って近寄ってきた。三人は声を殺して俺にギュッと掴まり怯えてガクガク震えている。


「大丈夫だよ。見ててね」そう言って腕を前に伸ばし「待て!」と大声を出した。


 俺たちを取り囲むように迫ってきたソイツらはその声を聞いて一斉にブレーキを掛けて止まった。直ぐにでも飛びつきたい衝動を全身で我慢しながら制止しきれないしっぽと舌が大きく揺れている。


「みんな、いい子だね。兄さん。姉さん。さっきも言ったでしょ? コイツ等の毒は精神状態に大きく左右される。楽しい時、嬉しい時のコイツらの体液はほぼ無毒なんだよ」


 そう言って一歩踏み出した俺に我慢しきれなくなった一匹が飛び掛かってきた。それにつられるように取り囲んでいた無数のヴェノムウルフは一斉に俺に飛び掛かってきた。

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