第12話 夢の異世界生活⑧
暫くすると静かなことに気が付いた。三人は気を失ってしまっているようだった。やれやれ、起きるまで待つしかないか……。いや、待てよ。目が覚めたらコイツ等どうせまた俺に色々と仕掛けてくるだろう。先手を打っておくか。俺はイーゼル。クリップ。キャンバスの順番に”スケープゴート”を掛けた。それから俺は椅子に腰を下ろし、常に腰に携帯している魔導書を開いた。空いてる時間はいつもこうして魔導書とにらめっこしている。ナイフは俺の足元に小さく丸まって眠り始めた。
ほとんど同時に目を覚ましたキャンバスとイーゼルが互いに肩を抱き合いながら何かを話ししようとしているが声が出ないようで目線を俺に移し、険しい表情で俺の方に近づいて来た。クリップはダメージが大きすぎたようでけいれんを起こして地面に寝そべったままだ。キャンバスが何かを叫んでいるようなので三人の声の封印を解いた。
「――さん。許さんぞ……! 貴様だけは死んでも許さん! 殺してやる!」
フラフラになった身体を二人で支え合いながら減らず口を叩くキャンバスが滑稽に思えた。なんだか懐かしい吉本新喜劇を見せられている気分だ。
「……さっきナイフに掛けた”スケープゴート”っていう身代わり魔法はすごく便利でね。さっき気を失っている時に僕自身にも掛けたんだ。兄さんたちを形代にね。僕が受けた痛みや苦しみ、呪い、死さえも身代わりしてもらえる。まぁほとんどの痛みや呪いは僕自身が魔法で何とでもできるから別にいいんだけど、死んじゃうと復活できないからね。僕が一度死ねば、キャンバス兄さんが。二度死ねばクリップ兄さんが。三度死ねばイーゼル姉さんが身代わりになるように魔法を掛けている。でも安心して。もし死んじゃってもまた僕が復元魔法を掛けてあげるから。そうすればまた僕が死んだ時に何度でも身代わりになってもらえるからね。ちなみにこの魔法の解除は僕にしかできないよ。さぁ、どうする? 僕に忠誠を誓う? それとも戦う? 今度は魔法の反射も防御もしないよ。どんな魔法もすべて生身で受けてあげるよ」
そう言って両手を広げ目を瞑ってその場に立ち尽くして見せた。暫くそのままでいると小さく服がこすれるような音がした。目を開けてみると、左膝をつき、右拳を地面につけ首を垂れる二人の姿があった。忠誠を誓うポーズであり、二人の敗北宣言だった。
「……イレイザー様。今までの無礼をどうかお許しください。我々兄妹はこの命が続く限り、心からの忠誠をあなたに誓います」
怒りからか恐怖からか、もしくは絶望からなのだろうか? 肩を震わせながらそう言って頭を下げるキャンバスとイーゼル。
「頭を上げてよ! でも、ありがとう。至らない弟だけど国の為に一緒に頑張ろうね。今までの事はもう十分償ってもらったよ。これからは仲良くしよう。宜しく兄上。姉上」
二人の震える身体に気付かないふりをしてそう答えた。
「……温情に感謝いたします。」
そう言って二人は頭を上げた。キャンバスの口からは先ほどまでなかった血の跡が顎まで流れていた。 悔しさで唇を切る奴なんて本当にいるんだな。それにしてもキャンバス兄さん。その様じゃ忠誠を誓ったとはいえないよ。いつか必ず何かを仕掛けてくる気なんだろう? でも、無駄だ。アンタじゃ俺に傷一つ付ける事なんてできない。
そんなやり取りをしている間も気を失ったままいつまで待っても起き上がってこないクリップを何とかするように二人に指示を出して俺はナイフの頭を撫でて遊んでいた。暫くすると三人はこちらに向かって歩いて来た。キャンバスはクリップと肩を組んでフラフラしている。まともに歩けないようだ。
「ちっ……やっぱり壊れたか」
思わず口から洩れた。二人には聞かれていないだろうか? この魔法は確かに身体は元の状態に戻る。しかし、体験した痛みや恐怖は心に深く刻まれ決して消えない。痛みと死の恐怖を誰よりも長く経験したのはクリップだ。もしかしたら、兄を殺したという罪悪感もあるのかもしれない。心を壊していても全く不思議手はなかった。
「遅くなり申し訳ございません。クリップを連れてまいりました。ですが……」
クリップの身体を支えているキャンバスは心配そうに彼を見つめている。クリップの目は虚ろ焦点が合っていない。口からは涎がたれ続けている。足に力は入らないようでキャンバスに無理やり起こされている。まるでパペット人形のようだ。
「ご覧の通り、廃人と化しております。いかがなさいますか?」
そう言って俺に答えを委ねる。
「このままじゃどうしようもないね」
そう言って俺は「"ドラッグ"」と唱えた。この魔法は様々な効果があるが基本的には状態異常を回復させのが目的の魔法だ。
「あ、あああ……。なんだこれ。気持ちいい、ああ……」
そう言ってクリップの顔に生気が戻った。この魔法にはいくつか欠点がある。いや。あえてそういう魔法として創った。非常に強い多幸感と快感をもたらすが故に中毒性が強い。効果は一時的なもので効果が切れれば再び魔法を掛ける必要がある。だが、繰り返し掛け続ければ逆に精神や記憶に障害を及ぼす危険性がある。いわゆる麻薬のような魔法だ。 俺の中のドラッグのイメージがそうであったからだ。
「クリップ兄さん。よかった。意識が戻ってきたね。そういえばキャンバス兄さんも辛そうだね。口から血が出てるし。兄さんにも掛けてあげる。楽になるよ」
そう言って半ば強引にキャンバスにも魔法を掛けた。
「あ、ああ……」
しばらくするとキャンバスの苦虫を嚙み潰したような顔は一変し、クリップ同様に恍惚の表情を浮かべウットリしている。キャンバスのその表情は正直気持ちが悪い。
「あ、あの。イレイザー様。私にも掛けて頂けないでしょうか?」
イーゼルがそう俺に言ってきた。
「ごめんね。姉さん。この魔法は死を経験していないと掛けられない魔法なんだ。辛い思いをさせてごめんね。姉さんにはこっちを」
イーゼルに手をかざして「”ヒール”」と唱えた。
「それから、この魔法は長くは持たないから、どうしても辛くて我慢できなくなったら掛け直してあげるからいつでも言ってね」
俺は嘘を吐いた。この魔法は誰でも掛けられる。ただ、中毒性が強い魔法なので余程でないと使わない方がいい。”ドラッグ”を掛ける人間は正直どうなろうがどうでもいい奴だけ。単純に精神を病んで自殺でもされたら困るのだ。彼らにはこれから俺の為に働いてもらわなければならない。イーゼルにはこの魔法を掛けるようなうらみは無い。より顕著に傷を癒し痛みを緩和する効果と精神を安定させる効果がある”ヒール”を掛けた。こちらには中毒性がない。正常な人間が一人はいてもらわないと困る。
「あ、ああ……。気持ちいいー……。イレイザー……お前が助けてくれたのか? ありがとう。ありがとうな……」
クリップの焦点がようやく俺と合い、俺に話しかけてきた。
「うん。もう大丈夫だよ。身体は完全に元に戻っているから安心して。キャンバス兄さんも無事だよ。あのね。兄さんたちに見てもらいたいものがあるんだ。一緒に来てくれる?」
そう言って三人の顔を順番に見た。皆、逆らう気力もないようだ。俺はスッと立ち上がり自分のログハウスに向かって歩き出した。キャンバスはまだ全快ではないクリップに肩を貸し俺の後を付いてくる。
「あ、あの。イレイザー様。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
イーゼルは俺に話しかけた。
「そんなに畏まらなくて良いよ姉さん。 いつも通りイレイザーって呼んでよ」
俺はそう言ってイーゼルに言った。
「あ、うん。わかったわ。それで、その。さっき『この魔法は僕が作った』って言ったでしょ? 本当にイレイザーが作ったの? それにあなた、ずっと魔法の詠唱をしていなかった――」
イーゼルは俺に問いかけた。
「ん? ああ、そうだね。何から話そうかな。さっき話したよね。第七階位以降の魔導書は白紙だったって――」
第七階位の書庫に散乱した魔導書はすべて白紙だった……。第七階位の魔導書が保管されている全ての棚の本を読み漁ったが、どの魔道書にも何も書かれていなかった。 キャンバスも同じように一つでも魔法を見つけようと必死で読み漁ったのだろう。
「なんでこんなにたくさん魔導書があるのに魔法が一つも記されていんだ? そう疑問に思いながら、俺はその奥にある第八階位と第九階位の書庫にあるすべての魔導書を片っ端から開いた」
第九階位の魔導書を開けた俺は事実上、国内全ての書庫への入場と閲覧を許されている。書庫の奥の方は誰一人触ることがない。本棚にはホコリやクモの巣が張っていてひどい状態だった。少しずつほこりを払いながら棚を見て回る。その中に一冊。明らかに他とは違う異様な書物があった。
魔導書は全て豪華な装丁の丈夫な書物で、上位の魔導書ほどより豪華な装飾が施されている。第七階位以上の物は特に豪華な装丁である。……にも関わらず白紙なのだ。明らかに異常である。白紙の本をわざわざ製本し、豪華な装飾を施すだろうか? そんな中にまるで誰かが手作りで作ったのかと思うボロボロで汚い書物が乱雑に押し込まれていた。あまりにも異物感があるその本が妙に気になった。手に取って開いてみるとそこには手書きで詩が書きこまれていた。第一階位の魔導書によく似た詩がある。いうなれば詩になぞられた魔法のルールだ。ちなみに第一階位魔導書にはこう記されている。
Ⅰ、我らは十二の魔導士。夜を好む。新月の夜にこそ最も光り輝く。
Ⅱ、我らの力を指揮する者。後方より望む力の名を唱えよ。
Ⅲ、我らは四分隊。同じ分隊と共に戦えば力は増大する。
Ⅳ、我らは四分隊。別の分隊と共に戦えば力は変容する。
Ⅴ、我らの隊列が替わる時、同じ友であってもその力は様々に変容する。
Ⅵ、我らの力は封魔の力。隣人と共に十二の悪魔を眠らせる。
Ⅶ、我らの力は強大。隣人が戦地に赴くとも、傍らの悪魔の眠りは覚まさせぬ。
Ⅷ、我らは三人以上で戦地に赴く。だが悪魔を目覚めさせてはならない。
Ⅸ、我らが七人で戦地に赴けば、悪魔が目覚め災禍に見舞われる。
「みんなこれは知ってるよね?」
ログハウスの入り口の前まで来た俺は、後ろを振り返って三人に尋ねると三人は同時に首を縦に振った。
「知っているが、それはただの魔法の基本的なルールだろ?」
キャンバスは言った。ドアを開けて三人をログハウスの中に誘導する。俺は最後に中に入ってドアを閉めた。
「そう。でも、魔導書に記されていたのはこれと同じもの。そしてその続きだった。あの詩にはさらに深い意味がある。そう思ったんだ」
俺は真っ直ぐ家を突っ切り、裏側にあるドアの方に向かった。三人は俺に付いて歩く。裏口のドアに手を掛けて三人に背を向けたまま言った。
「兄さん。姉さん。もう一度確認するけど、僕に忠誠を誓えるかい?」
三人は躊躇なく答えた。
「もちろん。今後は貴方に命を捧げ、忠誠を誓います」
三人は声を揃えて言った。今、彼らはどんな顔をしているのだろう。
「ありがとう。とはいえ、過去の事やさっきの事もあるから、すぐに心からの忠誠を誓うのは無理だと思うけど、少なくとも今から向かう場所で僕に敵意を向けないでね。命に係わるから。当然、魔法も禁止だよ」
そう言って俺はドアを開けそのまま外に出た。三人は先ほどまでより距離を取って俺の後に着いて来た。
「ここから少し歩くからその間にさっきの話の続きをしようか」
ドアの外にはたった一本の道があり、その道は見える限りずっと下り坂になっている。そのまま長く続く下り坂を進む。 さあ、ここからだ。
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