第2話 審判を下す女性①

 ――気が付くと俺は真っ暗な場所にいた。あれ? 俺死んだはずだよな? そう思って下を確認すると薄明りの中に身体を確認することができた。あれ? 生きてる? さっきのは夢だったのか? 首を触って傷がない事を確認する。


「それにしても暗いな」


 そうつぶやくと頭上から「お帰りなさい」という声が聞こえたので驚いて見上げた。するとそこには逆さまになった状態で見たこともないデバイスから溢れ出す光で照らされたスーツ姿の綺麗な女性がいた。その姿は机らしき板と共にこちら向きに宙に浮かんでいて、光が漏れだすデバイスに目を向けたままだった。下半身は見えない。ああ、そうか。俺が仰向けに寝そべっているのか。ようやくその状況を理解した俺は上体を起こしてその女性に向き直した。


「今回は結構長かったわね。とは言えSSでもダメなんじゃもう何やっても無理なんじゃない?」


 女性はこちらに目線を向け、あきれる様子で言った。長かった? SS? 何のことだ? 彼女とは初めて会うはずだ。立ち上がり数歩女性に近づきながら考えてみる。わからないことだらけで思考が追い付かないところを畳み掛ける様に女性は続けて言った。


「結局また自殺しちゃったから一応規定通り再転生してもらうけど、アンタみたいな奴はもう地獄に落ちればいいと思うわ。特に今回は最悪。クズよ。アンタ」


 その女性は俺を見下す様に冷たい目線を向ける。 よく見ると信じられないほど美しい顔立ちだった。そのせいなのか、デバイスから漏れ出す光のせいなのか、蔑むような眼は異常に冷淡に見える。


「……アンタは誰だ? ここはどこだ? 再転生? SS? さっきから何を言っているんだ? 初めて会う人間にいきなりクズとは何様のつもりだ? どう見ても俺の方が年上だぞ?」


 好みのタイプとは言え、見ず知らずの女性にいきなり罵倒されイライラしてきた俺はすごむように言った。


「……会うのは今回で六回目なんですけどね。いったいアナタは何度同じ説明をさせるおつもりでしょうか? まぁ仕事ですから仕方ないですね……んっ」

  

 女性は小さく咳払いをして喉を整え、改めて丁寧に話し始めた。 

 

「アナタは今回も自殺されました。覚えておられないでしょうが以前もお話しさせていただいた通り自殺された方はランダムに選ばれた場所に再転生していただき、一から人生を送り直していただきます」


 目の前の女性は真剣な顔でわけのわからないことを言い出した。


「アナタの前回の世界では輪廻転生とも呼ばれていますね。クリアの方法は様々ありますが、もっとも理想的なのが寿命です。人を傷つけず、天寿を全うしていただければ最上位の天国へ行ける権利を獲得します」


 クリア? 天寿を全うする? この女は何を言っている?


「ただし、天寿を全うしていても生前に人を死に追いやる、もしくはその原因の一因になってしまった場合はランクが下がり下層の天国になります。そちらの言い方では地獄ですね。天国には全部で七階層、地獄には九階層あります。ちなみにここはアナタたちの言い方だと幽現界です。善行をすればポイントは加点され、悪行をすれば減点されます。アナタの国では徳とも呼ばれていますね」


 女性はどこかで聞いたような話を始めた。


「次に病気です。こちらも上位の天国へ行ける方法の一つですが、病気の種類、その病気への向き合い方次第で階層が変化いたします。多くの場合は天国に行く近道となりますが、全く病気と闘う意欲がない場合や、治療を拒んだ場合などは自殺と同じ扱いを受けることもあるので注意が必要です」


女は淡々と話す。 「――あ、あの……」と話を止めようとするが、女性は俺の声を無視して話を続ける。


「次に事故による死亡ですが、これは様々な要因がありますので死後に確認して検証を行う必要があります。例えばアナタが居た日本の場合で言うと、車の事故で死亡した場合は過失がゼロであれば同じく上位の天国に行く権利を得られます。しかし過失があれば、その割合に応じて階層は下がっていきます。仮に自分が原因の事故で死んでしまった場合、自殺と同じく再転生して人生をやり直してもらいます。他人を傷つけてしまった場合は地獄に行くことになります」


 女はこちらを気にすることなく淡々と話し続ける。


「それ以外にも例えば登山、危険地帯への旅行など自ら危険を承知の上で行った行為の中で事故に遭われて死亡してしまった場合はどんな自然災害や不運な事故であっても、事故ではなく自殺とみなされ再転生となります。自ら危険とわかって、不必要にその地に足を踏み入れたのであればそれは自殺志願と言わざるを得ないでしょう」


「――おい! 待って……」今度こそ話を止めようと大きめに声を出してみるがやはり無視される。


「他にも、例えば犯罪行為でその人を追い詰めて死なせてしまった場合は当然、地獄行きです。とはいえ、嘘をつくこと自体は大した罪には問われません。幼児だって怒られない為に嘘をつきますからね。嘘が人の為になる場合だってあります。他人を助ける為の嘘もありますよね? 他にも人を妨害したり、枷になったりすることも大した罪にはなりません。スポーツや学生時代の受験もいわゆる争いですよね? 嘘であれ争いであれ、より良く生きる為に必要な行為は縄張り争いする動物と同じく生きる上での生存競争とみなされますので悪行とはみなされません。しかし、それが原因で関係者を死に至らせた場合や、その要因となった場合は大きく減点となります」


「おいって! なぁ! 聞けよ!」さっきよりさらに大きな声で呼びかけるがはやり届かない。


「……特に判断が難しいのは戦争ですね。色々な状況に応じて審判の基準が変化します。人を殺す行為はどんな理由であれ悪行と見なされますが、それが人を守る為であれば減点にならずに済む場合もあります。とはいえ戦争自体は一部の人間の欲の為に引き起こしているものなのでいかなる場合も加点されることはありません。戦争で敵を多く殺すと英雄扱いされることもありますが、それはあくまでその世界での話。この審判の場においてはどんな理由であっても殺人です。生き物を殺す場合も同じく、生きる為の殺生や、害を与えるものであれば減点されない場合もありますが、基本的に殺すという行為で加点されることはありません」


 ……ダメだ。もはや、この女は止まらない。

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