第3話 審判を下す女性②

 こちらの言葉を全く聞かずに延々と話し続ける女性にイライラしながらも先ほどの自分のライブ配信と重なって少し自己嫌悪した。俺もこんな感じだったのか? そんな俺の気持ちにはお構いなしに女性は更に話を続ける。


「最後に自殺です。自殺はどんな理由であれ再転生の対象となります。仮にその行為が他の人の命を救う為であったとしても天国ではなく再転生となります。何らかの事故と自殺の判断が付きにくい場合などの時は様々な状況を解析し、審判されます。ただし、自殺する前に誰かを殺したりしていた場合はその時点で地獄行きとなりますが――」


「……。」もうどうせ無視されるだろうと思い、とりあえず黙って聞くことにした。


「あなたの場合は尤も最低レベルの自らの意志による自殺ですね。釈明の余地もありません。今までいろいろな自殺を見てきましたがその中でも最悪の部類です。見ていた人の中には精神的なダメージを負って病院に運ばれた方もいます。そのうちの一人の女の子は以前からアナタを純粋に応援している子でした。可哀そうに……。何のうらみがあれば自分を応援してくれている赤の他人にこんな最悪な映像を見せようと考え付くのか……。血界? 吐き気がしますね。ショックで死ぬ人が一人でもいれば即刻地獄に落とすことができたのに――」


 女性は怒りを堪えるような口調で蔑んでくる。


「ちょ、ちょっと待てよ! 何で知ってるんだ! アンタも見てたのか? 俺のライブ」


「――見てませんよ。アナタに一ミリも興味なんてありません。仕事上アナタがどのように自殺を図ったのかを知る必要があるから見せて頂いただけです。本当にクズですね。自殺だけでも罪なのに他人にその映像を見せつけるなんて……ライブの準備をしている姿も見させてもらいました。わざわざ時間が来たら自動的に首を飛ばす装置を時間と労力をかけて造り、首が飛んだ後、身体が真っ直ぐカメラに向かって倒れる様に横倒れ防止の手すりを椅子に取り付け、その椅子の角度も前傾にし、確実に前方に倒れる様に工夫したり、何度もシミュレーションしていいカメラのスマホに機種変更して、設置位置にもこだわって……。何が何でも首が飛んだ後の自分の身体をカメラに映そうっていう執念が本当に気持ち悪い! そこまでして他人を傷つけたかったのですか? そんな無駄な時間があるなら生きるための努力をしろよ! クズが!」


 怒りを隠す事すらしなくなったこの女はさらに辛辣な態度で俺を蔑む。


「――ア、アンタに何が分かるんだよ! ブラック企業で奴隷のように扱われて、頑張ってきたことがようやく報われるようになったと思ったら、急に現れて有名人ってだけの理由で長い時間をかけて獲得した視聴者を奪われた。それでも何とかしようと思って自分なりに必死になって頑張ったのに人に騙されて……。俺みたいに不幸な奴いるか? ……思えば生まれた時から不幸だったんだよ! 低収入で共働きの親に育てられ、金がないからってろくに習い事もさせてもらえず、それでも何とか親の期待に応えようと自力で頑張って勉強して、それなりの大学に入って、結構いい会社に就職できたと思ったのにブラック企業だぞ?」


 興奮して涙目になって自分の不幸を訴える俺をさっきまで蔑むような眼差しで見ていた女性は憐れむような眼に変わっていた。


「……不幸?」


 女性の顔は冷たさを通り越して殺意すら感じる程になっていた。


「大きな病気も不自由もない健康な身体に生まれて不幸ですか?」

「毎日死に怯えることなく安全快適に眠れる環境が不幸ですか?」

「毎日食べるものに困らず、好きなものを食べられて不幸ですか?」

「子供の頃から両親と一緒に過ごせて不幸ですか?」

「そんな両親にキャンプに連れて行ってもらった事が不幸ですか?」

「勉強する為の多くの時間とお金を与えられて不幸ですか?」

「便利な道具を使って好きなことを好きなだけやってきて不幸ですか?」


 そう問いかける女性にすかさず反応した。


「――そ、そんなの親の当然の義務だろ! 子供を健康に育てるのも、学校に行かせるのも、食事を与えるのも、遊びに連れて行くのも勝手に生んだ親の責任だろ? やるのが当然の義務だ! 俺は、いや、俺たちは身勝手な大人たちの無責任な子育ての犠牲者なんだよ! SNSを見てみろよ。皆幸せそうに、楽しそうに毎日過ごしている。俺だって親の言う通り学校に行って、勉強して。そうすれば幸せになれるって騙された! 実際、言われた通り少しでもいい会社入って、奴隷のようにこき使われながら必死で頑張ったんだよ! ……自由になりたい! みんなに認められたい! 他の奴より幸せになりたい! そう思って何が悪いんだよ!」


 興奮して大声で叫ぶ俺を見る女性の目はもはや感情すら感じない。俺が会社を辞めてYouTuberとして生きていくと言った時の母親の目にそっくりだった。


「……では、アナタにとって幸せとは何ですか? いや。アナタに限らず、アナタと同じ国の同じ年代から自殺してここに来る人は結構いるんです。私にはとても理解できません。これだけの環境に生まれてきたことを不幸と思ってしまう理由が……。いいえ。……もういいです。アナタに言っても仕方がない。さっさとガチャを引いて転生してください」


 凄く冷淡な口調で、真っ直ぐに向けられ為を見て、俺の興奮も一気に冷めた。


「……その、さっきから言ってるガチャって何だよ? SSって?」


 これ以上この話を続けたくない俺は話題を変えることにした。


「……はぁ。そうですね。すいません。説明不足でした。というか、すでに何度も説明してるんですが……」


 そう言ってデバイスを操作し、目の前に見たことのない立体映像を浮かび上がらせた。いわゆるガチャガチャの様だが、すごく未来的で豪華な形状だった。ゲーミングガチャとでも言えばいいのか?


「この装置は次に生まれる世界をランダムで決める機械です。今回この形状になっているのはアナタの深層心理によって分かりやすく変化した姿です。正式な名称は特にありません。形状も対象者によってさまざまな形に変化します。ルーレットだったり、福引のガラガラだったり。カードだったり。魔法が使える世界から来た人の場合は魔法で選ばれることもあります」


「輪廻転生って地球以外もあり得るのか!? 魔法? そのガチャの中には魔法が使える世界とかもあるのか?」


 彼女の口には似つかわしくない、予想もしなかったものすごく心惹かれるワードが飛び出し食いついてみた。


「はい。私からすれば逆に、死んだら必ず都合よく地球に生まれ変われるなどと思っているのかが理解できませんが……」


 女はあきれ顔で俺を見る。


「とにかく、魔法がある世界になるかもしれないし、同じ地球の過去や未来の別の国になるかもしれない。対象となるのは少なくとも人間が存在し、文明が存在し、生活が営まれている場所。そしてアナタが住んでいた時代から大凡百年ほど先の未来までの時代です。人間が想像しうるありとあらゆる世界が存在し、その中からランダムで選ばれた世界で天寿を全うしてもらいます」


 女性は感情を捨て去り事務的に会話を進める。


「魔法の世界かー……。いいなー。そんな世界に生まれ変わったら楽しいだろうなー」


 夢想する俺にすかさず物言いを始める女性。


「……アナタは既に魔法の世界を体験していますよ。その時は半日ちょっとで戻ってこられましたが……。魔法が使える世界で魔法が苦手だったアナタは農夫をやっていたのですが好きだった女性を魔法の才能がある友人に奪われ、決闘でその男を倒そうとしましたが返り討ちに遭い死にました」


 女は初めて笑い顔を見せた。完全に人を馬鹿にしている笑いだ。

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