王子の俺が森でポツンと一軒家に住む理由

@Tsu-tone

第1話 最後のライブ配信

「皆さんお久しぶりです。タケルです。初めましての方もおられるでしょうか? いてくれるといいな……。さて、今日は何と初めてのライブです。一ヶ月以上投稿していないのになぜ急にライブなのか。それは最後に生放送でしか出来ないサプライズがあるからです。最後の投稿では今放送しているこのログハウスが完成したところをご紹介したのですが、今、まさにその手作りログハウスの中から放送しています」

 

 そんな無難な挨拶で俺はYouTubeライブ放送を始めた。


「俺がYouTubeを始めたのはもう十五年ほど前になりますねー。俺は大手と言われる部類の土建屋で施工管理をやっていました。現場監督ともいいますね。現場監督と言えば聞こえはいいですが要は中間管理職です。発注者からは無理なスケジュールを押し付けられ現場からはクレームの嵐……。国が絡んだ事業の時は特に最悪でした。委託された事業は繰り返し中抜きされた低予算で異常と思えるほど短い納期。それでも断れば次の仕事は貰えない。そうやって託された仕事はとても管理と言えるものじゃありませんでした」


 そう言ってライブとは思えない一人語りをし続ける。当然のようにコメント欄が荒れる。いつもなら腹が立って暴言を吐いてしまっていたかもしれないが今日は全く気にならなかった。とはいえ、視聴者は一人でも多い方がいい。離れて行かない様に少しサービストークをした。


「実は今日、この放送を最後に俺はYouTubeを卒業することにいたしました。長い間応援してくれていた人は本当にありがとうございました。今日初めて見るっていう人もこの放送の最後に超ビッグなサプライズを用意していますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。良ければお友達やご家族なんかにも教えてくれると嬉しいなー。最後の最後に俺の全てを掛けたプレゼントを用意していますのでー、お見逃しの無いように! 恐らく世界で最初で最後。見逃せば二度とチャンスはないスペシャルサプライズです。あ、なんなら一瞬なので見逃さない様にキャプるのもいいかもしれませんねー」


 みんなが離れて行かない様に駆け引きをしながら俺は再び自分の事を語り始めた。


「そんな俺の趣味はソロキャンプです。まぁ、これは以前から見ていただいてる方はご存じですよね。学生の頃からの趣味でソロキャンプをしていたんですが、勤めていた会社の同僚にキャンプのコツを教える為の動画を撮影することをきっかけに繰り返し動画を投稿していきました。本当に自分の趣味の片手間で始めたその動画はいつの間にかどんどん視聴者が増えていって気が付いた時には千人以上の登録者が居ました。本当にありがたい事です。最初は片手間で始めたYouTubeですが、いつしか再生数や登録者数の事を気にするようになり視聴者に喜んでもらうために、より便利にキャンプを楽しめるようにともう一つの趣味だった板金技術を活かして色々なキャンプグッズを作成していきました」


 そう言って今までに自作したキャンプグッズをスマホの前に並べて一つ一つ丁寧に説明していった。


「これなんか特に評判が良くて、中にはお金を払うから作ってほしいという人まで現れました。登録者数はさらに増えキャンプグッズを頼んでくれる人も増えて一人では手に負えないほどの状況になった時、キャンプグッズメーカーからのオファーのメッセージが届きました! 俺のグッズを商品化させてほしいという内容の。まさに最高潮でした」


 過去の栄光をスマホに向かって語り掛ける。コメント欄はさっきよりもさらに荒れている。でも、視聴者は減っていく様子はなかった。先程のサプライズの件が気になっているのだろう。とはいえ早くしろという圧が凄い。でも今の俺には暖簾に腕押しだ。


「残業や休日出勤がどんどん増え、限界だった俺は人生の転換期だと思った。俺は本格的にキャンプ系のYouTuberとキャンプグッズの収入で食って行こうと一念発起し会社を半ば強引に辞めた。ちょうどその頃は、空前のキャンプブームが押し寄せていた。気が付けば登録者数も一万人近くまで増えていたんだ……。同時に芸能人たちもキャンプ系YouTuberとして活躍する人が増えて、ぐんぐん登録者数を増やしていった。でも、それと反比例するように俺のYouTubeの登録者数は目減りしていった。このままだとヤバいと焦った俺は新たなキャンプグッズを考案し商品開発の提案をメーカーに持ち掛けた。返事はノーだった……。俺が以前メーカーと共に持ち掛けたグッズは芸能人が紹介したグッズやオリジナルブランドとして開発した商品に追いやられ全く売れなくなっていた。直接オファーしてくれていた登録者からもキャンセルが相次いだ。さらに追い詰められた俺は一人でログハウスの建設を宣言したんだ」


 いつしか敬語が消え視聴者ではなく自分に向かって話し始めていた。 


「それからいつも利用させてもらっているキャンプ場のオーナーにログハウス建設の許可を貰いに行った。土地は譲れないと拒否されたが、現金で月額料金を払ってくれれば使っていいと四ヘクタールほどの土地を月々二万で借りることができた。それもすごくいい場所を。入り口から割と直ぐの森の中で小川の近く。キャンプをやるには最高の場所で俺のお気に入りだった場所だ。手続きやら書類やらの面倒なのは抜きにしようと提案してくれたオーナーの言葉に甘えて毎月手渡しで二万ずつ払った。少しでも早くログハウスの建設に取り掛かりたかった俺にとってはありがたい話で、この時は本当にいい人だと思った」


 この時点で俺はもうスマホを見ることさえせず、過去の自分を見つめていた。


「それから俺は借りた土地に色んなコネクションを利用して重機を借りたり、資材を集めたりしてゆっくり、ゆっくり、丁寧にログハウスを建てて行った。楽しかった。最初は面白がって登録者数もぐんぐん増えていったが、ログハウスを建てることに夢中になり、ただひたすらに作業に没頭した。編集作業も面倒になり撮影した動画を適当につなぎ合わせて投稿する。それを繰り返している内に飽きた登録者はみるみる激減していった。でも、ログハウス造りに没頭していた俺はそんなことを気にすることもなくなっていた。自分で建てたログハウスにオーナーに頼んで電気を引き、水道管を繋がせてもらった。この時もオーナーは快諾してくれた。そうして二年近くの時間を費やしてとうとう完成したのがこのログハウスだ。気が付くと俺のYouTubeの登録者数は十分の一以下に減少していた。俺は自分のログハウスを建設することに夢中で視聴者の求めているものを忘れていた。皆はキャンプを楽しむ動画を望んでいたのに俺は嫌で止めたはずの建設作業現場の動画を投稿し続けてしまった……。不自由な生活を楽しむキャンプ動画がいつしか便利と快適を求めたログハウス造りに変わっていたんだ……」


 そんなことをツラツラと愚痴っている間に気が付けば画面の中ではたくさんの罵詈雑言が流れていた。どうやら俺はまた視聴者の気持ちを理解できていないらしい。でも正直今更そんなことはどうでもよかった。寧ろどんな言葉でも見てくれている人がいることが嬉しい。そんな中「さっさとサプライズしてさっさと終われ」とか「早くしろー!」といったコメントがどんどん増えてきた。


「あー? うるせえよ! すげえもん見せてやるって言ってんだろうが! 嫌ならとっとと消えろ! お前らみたいな見えないところでしか吠えられない負け犬はとっとと失せろ! お前らみたいなごみクズにはもったいなくて見せられねーよ。はい。さようなら負け犬ども」


 そう言って炎上しているコメント欄に、俺はあえて油を注いだ。コメント欄は更に燃え上がっている。しかし、視聴者数が下がることはなかった。 文句を言いながらも離れない視聴者どもに俺はほくそ笑んだ。


「黙って見てくださってる方々には心から感謝します。最後に究極のサプライズが待ってますので。一人でペラペラと湿っぽい話を長々としてすいません。面白くないかもしれませんが、時間までもう少しお付き合ください。もう少しなので。それが終われば歴史に名を遺すほどのサプライズが待ってまいすよ! もしよかった今からでも友達や家族にも紹介してください。もう少しで放送終了しますよ! これからお見せするものは本当にすごいですから。ここでしか、この先もう一生お目にかかれないですよ!」


 そう言ってあきて離れそうな視聴者をには褒美をちらつかせてなだめ、視聴者を留まらせた。そして再び愚痴を語り始めた。


「ログハウスが完成して間もなくスーツを着た男性達が俺のログハウスに訪ねてきました。もしかしたらこのログハウスの動画を見て新しいオファーが舞い込んできたのかと期待に胸を膨らませていると『この場所は我々の所有地になりましたので即刻退去をお願いします』という予想を反する言葉に耳を疑いました。なんでもこの土地に新しいテーマパークを建設するらしく俺が借りていた土地もその計画の一部である、と」 


 まさに寝耳に水だった。人生の全てを掛けて、生まれて一番熱中したログハウス造りを真っ向から否定されたのだ。


「『そんな話は聞いていない! 毎月お金を払ってこの場所を借りている』と食い下がってもこの土地は二年以上前からそういう計画でオーナーと話が進んでいて快く売ってもらったとのことで『土地を貸しているなんて話は聞いていない』と一蹴されました。契約書を見せろとも言われましたがもちろんありません。この時ようやく気付きました。オーナーは土地を売ることを決めた上で俺に土地を貸していたのだということを。その為に契約を省いたということを。いい人だと思っていたがとんだ食わせ物だった。そのことを最初から知っていればこんな場所に二年近くもかけてログハウスなんて建てなかったのに……。いや。タダ当然の山なんていくらでもある。じっくり探せばよかったんだ。……一番バカだったのは俺だ。仮にも土建屋の端くれだというのに少しでも早く動画を投稿したくて契約を省いたんだから。色々な確認を疎かにして……」


 そうやって自分の不幸を嘆いてみても視聴者には俺の気持ちは何も届かない。炎上し続けるコメントは先ほどにもまして清々しいほどの罵詈雑言だらけだった。文句を言いつつ離れようとしない視聴者ども……むしろありがたい。心置きなくできる。俺は両手をパンっ! と叩き、話を切り替えた。


「……すいません。長い時間俺の愚痴にお付き合いいただきありがとうございました。本当にお待ち遠様でした。そろそろ時間です。最後に俺が作った自慢のログハウスを見てください」


 そう言うと固定してあったスマホを外して手に持ち、ゆっくりと内部を撮影した。自分でこだわって丁寧に作り上げたログハウスを自分自身の胸に刻むように、愛おしい我が子を撫でるようにゆっくりと。そして、最後に天井を映した。そこには一部屋根が外されて夜空が顔をのぞかせていた。


「このログハウスが取り壊されることが決まった後、いろいろ悩みました。この先の自分の人生を……。前の会社には戻れない。だからといって以前のような待遇で雇ってくれるところはないだろうし、また一からなんて耐えられない……。そもそも、もうすぐ四十……暫く無職だった俺を雇う会社なんてあるのか? 仮に見つかっても自分より年下の奴に命令されて下働きなんて耐えられない。……YouTuberとして改めてもう一度気持ちを入れ替えてやるっていってもすでに飽和状態のキャンプ系じゃ、もうどうやったらいいかわからない……。貯えてあったお金も、このログハウスを造るための重機を借りたり、資材を買ったりして底を突いた……。詰んだんだよ俺は。だから、この場所にケッカイを張ることにしました。 ケッカイとはこう書きます」


 そう言ってあらかじめ用意していた画用紙を見せた。そこには赤い文字で”血界”と書いてあった。


「ご覧の通り、血界とは血の結界です。ここは大勢の人たちが訪れるテーマパークになるそうです。しかも、この場所はそのテーマパークの入場ゲートの一部になるそうです。だから、この地に血界を張って、ここに訪れる人たち全員に呪いを掛けることにしました」


 その瞬間からさらにコメント欄が荒れる。もう一度スマホを天井に向ける。


「あそこに一本、木の柱が見えるでしょ? あれの反対側には大きい岩を括り付けてあります。すっごく大変な作業でした。それをロープで固定して、時間が来ればその岩を固定してあるロープが切れるように細工してあります」


 勘の良い視聴者が離れ始め、視聴者数が目減りしていく。急がなくては。


「ところで皆さんくくり罠ってご存じですか? 本来は足でその罠を踏むと絞めて動けなくなるっていうものなんですが、僕の場合、足は既に家の柱に括り付けたロープに縛っているので動けません。そして、あの柱の先端から黒い糸を結んであります。気が付きました? ケプラー糸っていう防弾チョッキにも使用されている強靭な糸です。それを辿っていって反対側はどこに結んであるのか……」


 そう言ってスマホをしっかりと固定し直し席に座る。俺の首の黒い線に気付いた人達がコメント欄が一気に荒らす。気づいた一部の人は退室し、さらに視聴者数が減った。しかし、ほとんどの人はこれから起こることを想像しながらもそのまま視聴し続けた。 皆わかっていて見たいのだ。これから起こる惨劇を。まだまだ三百人近くの人が見てくれている。ありがたい。俺の最後をみんな楽しんでくれ。


「時間です。ハッピーバースデー!」


 首に強烈な衝撃を受けた次の瞬間、俺は空を飛んでいた。夜空に浮かぶ月が見えてそのまま空の上でゆっくり一周した後、眼下には自分が建てたログハウスが見えた。俺がこの仕掛けを作るために開けた屋根の隙間からは首の無い自分の身体がスマホの方向に向かって倒れこんでいるのが見えた。計画通り、スマホに向かって真っ直ぐに身体が倒れこんでいる。その倒れこんだ体からは大量の血液が吹き出し、スマホを真っ赤に染めていた。そのまま視界は再び上を向き、もう一度下を向いた時には地面にぶつかる寸前でその刹那に意識を失った。今日は俺の三十七歳の誕生日だった。

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