第44話
グレイシア・ベルリオーズと名乗ったその女性は、私たちを校長室に通すと剣呑な視線を投げかけた。
「それで、そちらが例の特待生ですか」
銀のフレームの眼鏡の奥で瞳が光る。
年のころは40代後半と言ったところだろうか、年の割には白髪の多い髪を後ろでひとまとめにしている。
色素の薄い瞳の周りは細かい皺が刻まれており、血色のほとんどない唇はきつく引き結ばれていた。
「ええ、本日より編入を」
「試験も無しに紹介状のみでの編入だなんて、前代未聞ですよ。セント・エガリタスの品位も落ちたものですね」
「彼女の学力と身元は王室が保証しますよ。
貴校からは王家に連なる方々も輩出されている。王室としては貴校を信頼してこうして大切なお客人をお預けするのです」
ベルリオーズの手厳しい言葉をユーリは涼しげな顔でかわしている。
それでもベルリオーズはしばらくユーリをにらみつけていたが、観念したように息を吐くとこちらに向き直った。
「エマさん、とおっしゃいましたね。年齢の割には随分お若く見えますが……」
「年齢……?」
「頂いている資料には13と」
私はユーリに視線を送った。
私自身自分の実年齢など知らないのだ、入学資格を得るためにこの男が適当にでっち上げたに違いなかった。
「まあ良いでしょう。ここセント・エガリタスは学問の力を守る場所です。
エガリタスの品位を損なうようなことがあれば、王室の紹介とはいえ容赦なく追放しますので。よろしいですね?」
有無を言わせぬ迫力に、私は若干顔が引きつるのを感じつつ頷いた。
「それでは、ええと、ミス……」
ベルリオーズがそこまできて言い澱む。
ユーリに視線で促され、私は慌てた。
森での暮らしでは姓など必要がなかったので名前しか決めていなかったのだ。
ベルリオーズが不審げに眉を寄せている。
私は思いつくままに口を開いた。
「え、エルノヴァだ。エマ・エルノヴァ」
「エルノヴァ……? 聞かない名ですね」
ベルリオーズは顔をしかめたまま方眉をあげる。
それとなくユーリが後を引き取った。
「我がヴォルフガング家の分派でして。
100年以上前に東の地へと拠点を移したので、この辺りでは使われぬ名です」
「そうですか……」
ベルリオーズはいまいち納得をしていない様子だったが、一応頷いて見せるとこちらへと視線を戻した。
「それでは、ミス・エルノヴァ。あなたの荷物はすでに寮の部屋に届けてあります。
同室のミス・グラスフィールドに案内をさせますから、ついて行きなさい。授業は明日からです」
私は再び曖昧に頷く。
その瞬間、ベルリオーズの眉間に再び皺が寄る。
「わかったら返事をなさい、ミス・エルノヴァ」
「あ、ああ」
あやふやな返事を返すと、ベルリオーズがすっと目を細めた。
「聞こえませんね」
絶対零度の声音でベルリオーズが言い放つ。
「……はい、校長」
「よろしい」
苦虫をかみつぶしたような声になったが、それでもベルリオーズは一応良しとしたのか、鷹揚に頷くと入り口の方へと向き直った。
私はその隙に、隣で笑いをこらえるユーリの足を思い切り踏みつける。
「校長、参りました」
鈴を転がすような声がして、一人の女学生が現れた。
柔らかくカールのかかった金髪が透けるような白い肌を優しく覆っている。
大きな瞳を長いまつげが囲み、頬はうっすらと桃色を帯びている。
ふわふわとした雲のような、柔らかい雰囲気の少女だった。
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