第43話

「知らない間に随分高く評価されていたものだな」


私は御者席の後ろ姿に声を掛けた。

ユーリは手綱を緩め、関所の扉が内側から引かれるのを待っている。


「おや、言っていませんでした?」

「聞いてない」


私は先ほど門番に小突かれたこめかみを揉んだ。

痛みこそないものの、不快感は残る。

それにしてもあの男の態度の変わりようと来たら……


「王の目、と言ったか。おまえ、いい加減何者なんだ」


私の声と、関所の門が引かれる音が重なる。

関所の内側を管理する衛兵が一斉にユーリに向かって敬礼をした。


「王室付特命近衛隊長、ユーリ・ヴォルフガング師団長! ご帰還!!」


ユーリは馬車を進めながら衛兵たちに軽く目礼を返す。

びしっという音が聞こえるのではないかというほどの正確さで、衛兵たちが直立の姿勢に戻る。

ユーリはそれを見て取ると、こちらに向かって続けた。


「と、いうわけです。言ってませんでしたっけ?」

「聞いてない!」


私は大きくため息をつくと首を振った。

徹頭徹尾、食えない男だ。

王室直属の近衛兵、しかもその師団長とくれば門番の態度や倉庫での戦闘にも納得がいく。

馬車は緩やかな歩みで関所の門をくぐった。

ユーリが軽く振り返ると言う。


「さ、エマさん。ここが王都です」


ユーリの声に釣られ、私は馬車の小窓から外を覗いた。


「――!」


そこは今までに見たことのないほどの賑わいで溢れていた。

白い石畳の上を馬や人が多く行き交い、道の左右は家々や露店、商店が所狭しとひしめき合っている。

人々の間を縫うようにゆっくりと馬は進んでいく。

上等な洋服に身を包んだ貴婦人たちを乗せた馬車が行き交い、商店のウィンドウにはきらびやかな帽子や鞄、ステッキの数々が並んでいる。


そして何よりも王都をを王都たらしてめているのが、街の最奥、小高い丘の上にそびえる王宮だった。白い城壁は天高くそびえ、三つある尖塔の頂点では、双頭の鷹が描かれた旗が夕暮れの空にたなびいている。


「これが、王都……」


私は嘆息を漏らした。

初めて訪れたはずなのに、不思議となんだか懐かしい気がする。


「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない」


馬車はゆるいスピードで進んでいく。

王都は暮れゆく夕日の光を受けて黄金に輝いている。


「今夜は我が家に泊っていただきます。カレッジへは、明日お送りいたしますので」


私はユーリの言葉にうなずいた。




◆◆◆




「……ここまでとはな」

翌朝、私は目を覚ますとあてがわれた部屋のベッドでつぶやいた。

用意されていたネグリジェはシルクだし、ベッドは雲の上に寝ているかのようにフカフカで、肩までもぐった布団は鳥の羽ほどにも軽いのに温かい。


(一昨日まで森にいたのが信じられんな……)


私はベッドから起き上がると、サイドテーブルに置かれた水差しから水を注ぎ、口に含んだ。

よく冷えた新鮮な水がここ数日振り回されるばかりで疲れ果てた頭を冷やしてくれる。

昨晩は慣れない馬車旅による疲労で、促されるまますぐに眠りについてしまったが、

改めてこうしてみるとかなり高価な調度品が並ぶことに気が付く。


その時、部屋の扉が開いた。


「やあ、お目覚めですね。ご気分はいかがです?」

「倉庫よりはよほどましだよ。……その荷物は何だ?」


ユーリは、両手でうずたかく積まれた瀟洒な箱を抱えている。

私の視線を受け、その箱を少し掲げて見せると、にこりと笑った。


「親愛なる魔女様への贈り物ですよ」


ユーリの後ろには10人ほどのメイドが手に手にタオルやら湯を入れたボウルやらを持って控えている。


「……なにする気だ」


嫌な予感に声が震える。

ユーリはそれには答えずににこりとほほ笑むと軽く手をたたいた。



暫くして再び部屋に迎えに来たユーリに続いてロビーへの階段を降りた。

左右から投げかけられる視線を感じる。

屋敷中に控えるメイドや執事の控えめな嘆息や浮足立ったため息が漏れ聞こえてくる。


「……おい、これはいったい何の辱めだ? こんな珍奇な格好をさせおって」


私は素知らぬ顔で先をゆくユーリを恨めしい気持ちで見上げた。


「帽子から靴まで、すべて舶来の一級品ですよ? よくお似合いです。

 眼帯も新しいものを用意いたしましたのに、お気に召さなかったようで」

「……これはいいのだ」


私はそう言うとふてくされたままユーリの後に続いて馬車に乗り込んだ。

100年前でさえも身に着けたことのないような上等でたっぷりとした布地のスカートが脚にまとわりついて歩きづらい。

流行りという革の靴はヒールが高く、少し気を抜けば転びそうになる始末だった。


「皆さん、あなたに目を奪われていたではありませんか。ふふふ、磨けば光るとはこのことですね」

「……褒めてないだろ?」

「とんでもございません、よくお似合いですよ」


ユーリはおかしそうに笑う。

今日はぼろ着ではなく、貴族らしい衣装に身を包んでいた。

元来整った顔立ちは装飾の多い華美な服装に飾られいよいよそれらしく、腹立たしい。

実際、先ほどのメイドたちの熱い視線の殆どは全てこの男に注がれていた。


「それで、こんな風に着飾る必要がどこにある? カレッジとやらに入学すれば制服が支給されるのだろう?」

「あなたはあの場所のことを何も分かっていらっしゃらない」


ユーリは今日は私と一緒に馬車に乗り込むと、御者の男に向かって合図を送る。

ゆっくりと馬車が動き出した。


「エガリタスは名門中の名門。国中の未来の権力者や王族の血縁者たちが幼いながらに政治と社交の術を磨く場所です。

 決して気を抜かないように。一歩間違えれば、子羊よろしく食べられてしまいますよ」


私は思い切り顔をしかめた。

カレッジでの生活は今まさに始まろうとしているところだというのに、先が思いやられる。

それを見て、しかしユーリは楽しそうに笑うのだった。




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