第42話
翌朝、私たちはリヴィエラの街を後にした。
港町の朝は早く、すでに船乗りや商人たちで賑わう大通りや、朝焼けに輝く海が少しずつ馬車の後ろへと流れてゆく。
(結局、ろくに眠れなかったな)
私はあくびを噛み殺しながら御者席のユーリに半眼を向けた。
昨日と同じ平民風のぼろ着の背中で赤い長髪が左右に揺れている。
背後に『魔女』を乗せておいて、呑気なものだ。
(魔女がワルプルギスを終わらせる、か……)
頭の中で昨晩のユーリの言葉を反芻する。
昨日はユーリから多くの話を聞いたが、どれもいまいち実感がなく、結局私がこうしてまた生まれ落ちた理由は分からない。
それこそ、私に魔法の力でもあれば別なのだろうが、私にそんなものは無い。
(どうせ王都に行くのだし、一度ロベルトに会って話を聞ければいいのだが)
私はそこまで考えてため息をついた。
そうだ、あいつは仮にも一国の王太子だった。
おいそれと会いに行けるような相手ではない。
「さ、夕方には王都に着きます。楽しみですね」
ユーリが御者席からこちらに向かって声を掛ける。
私は、それには答えずに、馬車の小窓から外を覗いた。
真っすぐ続く一本道の先、遠くの方に暗い雲がかかっている。
馬車は車輪をきしませながら暗雲の先へと駆けてゆく。
私は冷たい風に頬を晒し、黙って固い背もたれに身を預けた。
◆◆◆
ユーリの宣言通り、王都へは夕方に到着した。
沈みゆく夕焼けを背負った王都は、その輪郭をきらきらと光らせていた。
王都は全体を高い塀に囲まれており、出入りを管理するための関が設けられている。
鉄の甲冑に身を包んだ門番は私たちの姿を見とがめると、それぞれ手にしていた槍を門の前で交差させ馬車を止めた。
「止まれ!」
威圧的な声にユーリは手綱を引き馬車を止める。
二人の門番のうち、若い方の男がこちらへ歩いてきた。
「おいおいなんだその格好は? ここは王都だぞ、浮浪者が入れる街ではない」
小窓からこちらを覗き込み、あからさまに顔をしかめる。
確かに、私の服は倉庫で引きずられた際にできたほつれや穴でボロボロだし、ユーリも先の戦闘で浴びた返り血がところどころ黒い染みになっているので、二人ともとても褒められた格好とは言えなかった。
「しかも気色の悪いガキ連れとは……」
男の汚いものを見るかのような視線が私の眼帯に注がれる。
「伝染病でも持ち込まれたらたまったものじゃない。さっさと帰れ、この浮浪者どもが」
男は吐き捨てるように言うと、長槍の柄をこちらに向かって突き出した。
「――っ!」
硬い金属に小突かれ、頭がぐわんと揺れる。
男の侮蔑的な視線が注がれる。
私は小さく舌打ちをした。男の眉がひくりと動く。
ユーリは静かにため息をつくと口を開いた。
「国軍には再教育が必要そうですね。特に
「レディ?! この小汚い子供がか?! そりゃ傑作だな!」
「あなたよりよほど教養に満ちた女性ですよ、彼女は」
ユーリの口調は静かだが、聞く者をおののかせるようなすごみがあった。
「少なくとも、軽く扱われる謂れはありません。わきまえなさい」
「貴様、笑って聞いてれば生意気なことを……!」
若い門番は言うや否や、長槍を振り上げるとユーリの頭めがけて思い切り振り下ろした。
ガッという鈍い音が響き、ユーリの身体がかすかに動く。
次の瞬間、若い門番は無様に四肢を投げ出し、地面にひっくり返っていた。
甲冑が重いのか、手足をじたばたとするばかりでなかなか起き上がることができない。
「き、貴様……! こんなことをしてただで済むと思うなよ……!
近衛隊を呼んでやる!貴様らなどすぐに死罪だ!」
「それには及びません。私がその近衛隊ですから」
ユーリの言葉を聞くや否や、もう一人の門番が、慌ててこちらに走ってきた。
先ほどの門番よりもかなり年を重ねているようだった。
ユーリの顔を認めると茶色く日焼けた顔が真っ白になっていく。
足元でひっくり返った若い門番が老兵に向かって叫ぶ。
「くっそ、手伝ってくれ……!この浮浪者が!」
「ばかものが! こちらは、こちらはだな……!」
年輩の男は慌てるあまり言葉が続かない。
とりもなおさず若い男の首根っこを掴むと力づくで起き上がらせ、その頭を地面に押し付けた。
「お、おい、何するんだよ! くっ、離せ……」
年配の男はぶるぶると震えるばかりで何も言えずにいる。
じたばたする若い男を見下ろし、ユーリが口を開いた。
「それで、こちら、通っても?」
「はっ、もちろんでございます! ユーリ・ヴォルフガング師団長……!」
その名を聞き、若い男の顔から一瞬で血の気が引く。
身に着けた鎧がかたかたと音を鳴らしている。
「ヴォ、ヴォルフガング……? 王の目の……?あ、ああ……」
若い男が泣きそうな声で言う。
ユーリがにこりとほほ笑みを返す。
若い男はすでに緊張と恐怖で殆ど白目をむいていた。
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