第41話
点々と灯る街灯。
石畳はかすかにぬれて街あかりを反射している。
こちらをじっと見つめる深緑の瞳はまるですべてを見通すかのように光っていた。
「いま、なんて……」
私は前を行くユーリの顔を信じられない気持ちで見つめた。
ユーリは気にした風でもなくすたすたと歩き続ける。
「ご安心ください、100年前の魔女狩りを今更続けようなんてつもりは毛頭ありませんよ。禁書令こそ残っていますが」
「それは助かる……って、いや、そういう問題じゃない!」
私は前を行くユーリに追いつこうと脚を早めた。
「お前、何か知ってるのか?!」
ユーリは立ち止まった。
気が付けば宿の前まで来ていたようだ、入り口から船乗りたちの陽気な歌声とオレンジ色の光が漏れている。
「夕食でもとりながら話しましょうか?」
ユーリはいつの間にか手に持っていた革の小袋を小さく揺らした。
倉庫で伸びている男たちからくすねてきたらしかった。
◆◆◆
「あなたは、100年前の魔女狩りがどのようにして終わりを迎えたか知っていますか?」
ユーリに問われ私は黙って首を振った。
目の前にはパン、魚と豆を煮込んだスープ、それから鳥の腿を焼いたのが並んでいる。
すでにユーリの目の前にあった鳥の腿は骨だけになっており、次の皿を注文したところだった。
「魔女狩りで死んだのはあなたが最後なんですよ」
「……エルノヴァの魔女が?」
「ええ」
ユーリはパンをちぎると口に放った。
上品な仕草だが恐るべきスピードで山積みになったパンが消えていく。
「当時、各地の異端審問――まあ、魔女狩りですね、を一手に引き受けていたのは王の盾と呼ばれた国軍大将でした。あなたの処刑の際にもいたはずですよ」
「……エルノヴァの魔女のな」
「あなたも往生際が悪いですね」
ユーリは、まあ、いいですけど、と言うと最後のひとかけとなったパンを口に放る。
いつの間にかパンの山は消えている。
「血も涙もない、その徹底した仕事ぶりで恐れられた彼ですが、エルノヴァの魔女が炎に焼かれた瞬間、気が狂ったように暴れ始めた。
当時は魔女が自分の死に際して最後に呪いをかけたのだと言われたそうです」
(全く身に覚えがないのだが……)
私は黙って続きを待った。
ユーリはこちらに一瞥をくれるとそのまま続ける。
「最後には、王の盾は自ら、魔女を焼く炎の中に飛び込み、エルノヴァの魔女と共に焼死したと言われています」
ユーリはそこで区切ると、給仕の娘を呼んだ。
何やら注文を重ね娘に断られている。
ユーリは娘の手をそっと取ると手の甲にキスをした。
娘が頬を赤らめる。
そのまま娘はわかりましたと頷くと、店の奥に駆けて行った。
「……お前、あの娘に何したんだ?」
「大したことじゃありませんよ、鳥がもうないというので、そこをなんとかとお願いしただけです。それで、ああ、そう、王の盾でしたね」
ユーリは涼しい顔で続けた。
ナプキンで口元のソースを拭っている。
「炎が消えた後、人々は不思議なことに気が付きました。焼かれたはずの二人の死体が残っていなかったのです」
「……」
私は黙った。
死体がないというのは確かに不自然だが、そもそも王の盾のことなんて知らないし、私自身、自分がなぜこうしてまた別の世を生きているのか分かっていない。
「とはいえ、最後があなたというのにも諸説あるのです。同じ時、異なる場所で処刑されたもう一人の魔女の記録も不確かながら残っている。
まあ、王の盾が関わっていないので非合法――魔女狩りに合法も非合法もありませんが――だったのでしょう。彼女の死体もまたみつからなかったとかなんとか」
「それで、それが魔女狩りの終焉【しゅうえん】と何か関係があるのか?
死体が見つからなかった程度で終わるものではあるまい」
頷くとユーリは続けた。
「その夜、当時の王が予言したのです」
「予言?」
私は顔をしかめた。
魔法や呪いと同じくらいファンタジーな響きだ。
「建国の王の予言は貴方も知っているでしょう?」
「まあね。だがあれはあくまで伝説だろう? おとぎ話だ」
ユーリは静かに首を振った。
軽薄な赤髪がひと房、形の良い額に垂れる。
「建国の王の血筋には、代々予言の力を持つお方が現れます。
100年前の王も建国の王の血を引いておられました。その王が言ったのです」
ユーリの緑がかった瞳がこちらをじっと見据える。
「『遺物は去った。しかし100年後、魔女は再び蘇る』と」
ユーリはそこで一度話を止めた。
先ほど注文した鳥の脚が到着したのだ。
娘の計らいか、蒸した芋まで添えてある。
ユーリはにこやかに娘に礼を言うとさっそく鳥の腿に取り掛かった。
「100年前の人間は知らないが、お前もその予言とやらを信じるのか?」
私が言うと、ロベルトは涼しげな顔でええ、と答えた。
右手に鳥の腿を持っている。
「と言っても、私が信じたのはロベルト様ですけどね」
「ロベルト?」
「十三歳を迎えられた夜、彼もまた予言されたのです。『魔女は再び現れた、ワルプルギスが近い』と」
「ワルプルギス……」
私はユーリの言葉を反芻した。
確か、クリフォードからもらった魔女の書に挟まれていたカードに記されていた言葉だ。
「それで、エルノヴァの生まれ変わりとして見つけ出したのが私ということか」
はい、と言うとユーリはほほ笑んだ。
満足したのだろう、見上げるほどの皿が積み上げられている。
こちらはスープにすら口をつけられていないというのに。
私はため息をついた。
ここでいくら否定したところでユーリは信じないだろうし、生まれ変わりだと思われている以上、立場も後ろ盾もない私が辿る道は変わらないだろう。
「それで、私をどうするんだ? 殺すのか?」
「まさか」
ユーリはそう言うと給仕の娘を呼んだ。
まだ食べる気かこいつは。
「これで足りるね? あとは君が取っておくといい」
予想に反してユーリは娘の手に先ほどの金の入った袋を握らせた。
娘の顔がぱっと輝く。
ユーリが席を立ったので私も慌てて立ち上がった。
「ロベルト様はこうもおっしゃったのです。『ワルプルギスを終わらせるのもまた魔女だ』と」
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