第39話

私はずきずきとした痛みに耐えながらそっと目を開けた。

地面に転がされているらく、少し顔を動かすと男が三人、それぞれ部屋の中に座っているのが見えた。

きつく縛られた手足が痺れている。


(倉庫か何かだろうか……?)


家具らしいものは一切ない殺風景な部屋だ。

天窓から差し込む月明かりの他に明かりはなく、男たちの顔はよく見えない。

出入口は前方にある扉一つだけで、その扉のすぐ手前には見張り番のように男が座っていた。


「よう、お目覚めはどうだ? お嬢さん」


にやついた声が投げかけられ、目の前に革のブーツを履いた男が立ちはだかった。

男の顔は見えないが、部屋で私を殴った男たちの一人だろう。


「……最悪の気分だ」

「そりゃそうだ!」


男はそう言うとと下卑た笑い声をあげた。

そして屈みこむと私の顎の下に手をいれぐいと持ち上げる。


「にしてもあの男にこんな趣味があったとはな。俺はこんな気味の悪い餓鬼願い下げだがな」


男は私に汚らわしいものを見るかのような視線を向けた。

顎を掴む指に力が入り、無理やり首筋が伸ばされる。


「あいつの目的はなんだ、何のためにお前を連れている?」

「……大方、東洋の古い物語よろしく、バイオレットとして自分好みの女にでも育てるつもりなんだろう」

「何言ってんだこの餓鬼は?」


男が呆れたような声を部屋の中の他の連中に投げかける。

他の連中は何も言わずに首をすくめて見せた。

男は舌打ちをすると、乱暴に手を離した。

私の頭は支えを失い、思い切り床に打ち付けられる。

見かけだけとはいえこちらは子どもなのだから、もう少し丁重に扱ってほしいものである。


「おい、こんな面倒さくさいことしてねえでさっさとこの餓鬼やっちまおうぜ。」

「ばか、人質だっつってんだろうが。この件はロイヤル絡みだ、慎重すぎることはない」


男たちはこちらにお構いなしに話をしている。

こういう時子どもの見た目というのは良い、相手も油断してくれる。


(「人質」ということは、こいつらの目的はユーリか)


「国軍が、こんな風に子どもを誘拐していいのか」


男がぴくりと眉を動かす。

――図星か。


「……なぜ国軍だと?」

「話し方だよ、わざと乱暴な口調を使っているがこの街で聞く言葉のイントネーションはないし、何より『ロイヤル』という呼び方。

 王室を指すんだろうが、ユーリと同じ言い方だ。普通の人間はそんな言い方はしない」


男は黙ってこちらを見降ろしている。

首筋に冷たいものが当てがわれた。


「……分かっていてその態度か?」


紙のように鋭い切っ先が首筋の皮を薄く裂く。

じわりと血の広がるのを感じた。

私は、はっと笑い声を漏らした。


「あいにく、私は友好的とは言い難い性質〈タチ〉なんだ。お前よりはいくぶんましだと思うが」


男の目がすっとすがめられる。

私は痛みをこらえて男を真っすぐに見かえした。


「ユーリはロベルト――王太子の近衛兵だろう? それをなぜ国軍が狙うんだ。喧嘩でもしたか」

「貴様に話す義理はない。こちらには大義がある」

「大儀? はっ、そんなまやかしじみたものに操られて、軍人とは哀れだな」


聞いた途端、男の顔が真っ赤になる。

軍人は侮辱されることに慣れていない。そうだ、もっと怒れ。

私は男から目を離さぬまま、なるべく軽蔑的な視線を投げつけた。


「お前なんぞただ金で買われただけの下級兵士だろ。ユーリの相手が務まるとも思えんな」

「口を慎めこの餓鬼! 私は主より特命を賜った国軍曹長、ギエラ・リーだぞ!!!」


男は叫ぶや否や剣先を振り上げた。

私はきつく目をつぶった。

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