第37話

馬車はあっという間に街を通り過ぎていく。

私は見慣れた市場やスコット邸なんかが後ろへと流れていくのを眺めていた。


「招待に応じて頂けるとは思いませんでしたよ」


飄々とした声が御者席から降ってくる。

私はふんと鼻を鳴らした。


「冗談だろ? 王命とあれば逆らえない」

「おや? 私は王命だとは申しておりませんよ?」

「……は?」


私は御者席の方を見た。

背中でくくられた赤毛が左右に揺られているだけで、背を向けているユーリの顔は見えない。


「だって、お前、手紙には王家の紋章が……」


私は言いながら口の中に苦いものが広がるのを感じた。

そうだ、確かにこいつは王命だとは言っていない。

ただ王家の紋章を見せつけて私にだけだ。


「……いけ好かない男だな」

「ふふふ、まあロイヤルに関わりのあることは事実ですよ。戻りますか?」


私は深い息をつくと頬杖をついた。

街はとうに通り過ぎ、見たことのない道が延々と続いている。

この先に、王都があるのだ。


「今更戻れるか、この阿呆め」


ユーリは、機嫌よくほほ笑むと――といっても後姿からは見えないのだが――鞭をふるい、馬を走らせた。




◆◆◆




王都の手前にある街へ着いたのは夕方ごろだった。

リヴィエラ――交易の中心を担う港湾都市である。


「今夜はこの街で宿をとりましょう」


ユーリは振り向いてこちらにそう言った。

丸一日馬車を走らせていたというのに疲れた素振りもない。

私は下ろしていた窓の覆いを上に押し上げるとと、外を眺めた。


初めて見る光景だった。

街は活気づき、多くの人と馬車が行き交っている。

通りを挟んで少し先は港になっていて、大小さまざまな美しい船が波に揺られていた。


(これが、海……)


細く窓を開けると、つんと独特の香りが鼻をついた。

これが潮の香りというものなのだろう。


「念のためですが、私たちは親子ということにしておきましょう。あれこれと説明をする必要はありませんから」


船の黒い影の向こうで、オレンジ色の夕日が沈もうとしている。

波はきらきらと輝き、黄金色の水面が揺れる。


私はその光景をじっと見つめていた。

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