第22話

馬車が走り出すと、アイリスは口を開いた。


「おばあ様、ありがとうございました」

「お前はあれでよかったのかい? 好きだったんだろう、クリフォードさんのことが」

「ええ」


アイリスは短く答えると馬車の窓から外を眺めた。

クリフォード邸の窓からこぼれるオレンジ色の光が後ろへと流れていく。

家々の明かりが、濡れたアイリス嬢の頬に反射してきらきらと光った。

スコット女史は何も言わず、アイリスの手を握った。

アイリスはそのまま、スコット邸につくまで窓の外を眺めていた。




◆◆◆

「クリフォードさん、どうなったかしら……」


クリフォード邸へハーブを届けた翌朝、朝食の席でアンはため息をついた。

よほど気になっていたのだろう、目の下にうっすらと隈ができている。


「大丈夫なんじゃないか?」


アンからすっかり事情を聞かされていたジュールが、呼んでいた新聞を食卓に広げた。

『クリフォード氏婚約破棄! スコット女史の勘違いか』という見出しが躍っている。

(不名誉を被ったのか…… 豪傑だな)

アンも新聞の見出しを見て安心したのか、うれしげにほほ笑んだ。


「それにしても、どうしてクリフォードさんに他に好きな人がいるってわかったの?」


アンがパンをとりわけながら尋ねる。

私は新聞から顔を上げると答えた。


「ああ、それは懐中時計のおかげだな。クリフォードさんが持ってるのと同じのを、スコット邸の使用人が持っていたんだ。使用人が持つには高級な品だったから気になっていた」

「たまたま一緒だっただけじゃない?」


アンは納得していない様子で尋ねた。

私はバターを塗る手を止めると答えた。


「蓋に彫り込まれた模様だ。ミモザの花言葉は『秘密の恋』。

全くロマンチックな男だよ、クリフォード氏は」

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