第21話

扉の影から現れたのは、スコット家の使用人だった。


「クラバート!」


クリフォードが思わず声を上げる。

クラバートは手に懐中時計を握りしめながら、スコット女史の前へと歩み出た。


「大奥様、このような事態を招いてしまい申しわけございません」


クラバートは震える声でそう言うと深々と頭を下げた。

スコット女史は信じられないといった様子でクラバートを見つめている。


「そんな、だってあなた、男じゃない……」

「はい、それでも……、それでも、私はクリフォード様をお慕い申し上げているのです」


クラバートの言葉を受け、スコット女史の目がクリフォードに向けられる。

クリフォードは張り詰めた気持ちが切れたように、椅子に座り込んだ。


「あなたたち、そんな……」


スコット女史は声を震わせる。

混乱に満ちた瞳がクリフォードとクラバートを交互に見やる。


「……私には理解できないわ」

「おばあ様!」


まるで断罪するかのような固い声が振り下ろされた。

アイリスが非難の声を上げる。

クラバートは頭を下げたまま、きつく口を引き結んでいた。

クリフォードは痛みをこらえるような表情でクラバートを見つめた。

息もできないような重苦しい沈黙が辺りを包む。


(分かっていたさ……)


クリフォードはクラバートを見つめたまま思った。

哀れな若い青年は何かに耐えるように小さく震えている。

スコット女史の視線がまるで何かを非難するように真っすぐ私に向けられている。


理解できない。

気持ち悪い。

怖い。

もういい。全部、分かっている――。


「でも、そういうことなのね」


クリフォードの思考を断ち切るかのように、スコット女史の声が静かに響いた。

弾かれたようにクラバートが顔を上げる。

クリフォードは自らに向けられた視線がふっと和らいだのを感じた。


スコット女史は懐から一通の手紙を取り出した。

手紙に子供らしい文字で、短い言葉が書き付けられていた。


『あなたの母親の後悔を、あなたは背負わずに生きれるように』


スコット女史の脳裏に、白銀の子どもの姿がよぎる。

受け取った時には何のことか分からなかったが、今ならその意味が分かった。


(魔女たちに罪はなかった。ただ、母と彼女たちが「違っていた」というだけ。

 「違っている」ということは否定する理由にはならない、そうよね)


スコット女史はクリフォードに向き直ると続けた。


「クリフォードさん、今回の縁談、なかったことにさせて頂けるでしょうか」

「スコット殿……!」


クリフォードが弾かれたように立ち上がる。

アイリスもクリフォードの横で口元に手を当てた。


「クラバート、あなたに今夜暇を出します。明日の朝のお茶までに戻ってらっしゃい」


クラバートは、かすれて震える声で、はい、と答えた。

クリフォードがクラバートに駆け寄る。

アイリスは机の脇でうっすらと涙を浮かべ、その様子を眺めていた。


大窓から月明かりが差し込み、居間のシャンデリアにキラキラと反射する。

薄いカーテンが舞い上がり、部屋の中に柔らかい影を落としていた。

いつの間にか暖炉の火は燃え尽きており、十分に温まった居間には新たに火を起こす必要はなかった。

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