第20話

クリフォードは先ほどエマから届けられたハーブティーをいれると、大窓の前に置かれた椅子に腰かけた。贅沢なビロードの背もたれに沈み込み、バルコニー越しの空を見上げる。

暖炉にくべられた火がぱちぱちと音を立てて燃えている。


エマはすっかり陽の落ちた後に闇に隠れるようにして現れた。

口調も子どものそれとは思えないが、まるで何年も生きてきたような、不思議な子どもだった。


『理解されぬというのは辛い。だが、その道を歩む選択もおまえにはある。

 お前は本当に、それでよいのか』


エマは小さな手に抱えた小包を渡す前にそう念押しした。

子どもが何を言うかと思ったが、有無を言わせぬ圧があった。


(もしかすると本当に魔女なのかもしれないな……)


心の中で一人ごち、クリフォードは鼻を鳴らした。

自分でもどうかしていると思う。血迷って「惚れ薬」などを求めてしまうとは。

まるでおとぎ話の世界だ。


(だが、あの子どもが調合したというのなら、本当にきくのかもしれないな)


冴え冴えとした月明かりを受け、透き通った枯れ葉色の水面がティーカップの中で揺れる。

これを飲めば、この身を焼くような苦しみも、絞られるような悲しみもすべて忘れられるような気がした。


クリフォードは懐から懐中時計を取り出すとカップの横に置いた。

銀細工のミモザが月明かりを受けて艶めく。


『お前はそれでいいのか』


子どもの声が耳の中に蘇る。

子どもの言葉は正しい。

――ただ、私には少々まぶしすぎる。


クリフォードは目を閉じるとティーカップのふちに口をつけた。


「お待ちください、クリフォード様」


声が聞こえ、クリフォードは手を止めた。

いつの間にか居間の扉が開かれ、アイリス嬢が立っていた。

後ろにはスコット女史まで控えている。


「これは、アイリス殿。このような時間にいったい……」

「非礼をお許しください。ただ、緊急でしたもので」


アイリスはそう言うとクリフォードに歩み寄り、そっとカップを持つ手に手を重ねた。

そのままカップをソーサーに下ろさせる。


「これは、ジュールのところの子どもが用意した惚れ薬ですね?」

「あ、ああ、だがなぜそれを……」

「アンが知らせてくれましたわ」

「アイリス、これはいったいどういうことです?」


スコット女史が困惑しきった様子で言う。

アイリスはスコット女史に向き直ると言った。


「おばあ様、クリフォード様には思い人がいらっしゃるのです。

 うちに通っていらしたのも、私ではなくその思い人にお会いになる為ですわ。

 私との結婚が報じられてしまったため、クリフォード様はその思いを断ち切るためにこんな『惚れ薬』までご用意なさったのです」

「うちに? でも、うちに適齢の女性なんてお前くらいしか……」


アイリスは静かに首を振ると、廊下の方へと視線を投げかける。

全員の視線が一点に集まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る