第19話

「惚れ薬なんて、そんなどうするつもりなの?」

「クリフォードにも説明したように、ただ体温をあげるハーブティーを用意するだけだ。

 何も身体に害はない」


私は不安げなアンに説明しつつ、乾燥ハーブの棚を探った。

シナモンにジンジャー、先日ジュールが手に入れてきた交易品のサフラワーも加えてやるか。

アンはまだ不安そうである。


「でも、無理やり結婚させられるお嬢さんに「惚れ薬らしきもの」を飲ませるなんて……」

「ああ、それなら心配いらないぞ」


私は棚から目当てのハーブ類を取り出してしまうと、アンに向き直った。


「え? でも、二人は政略結婚なんじゃ……」

「あれはアイリス嬢に飲ませるものじゃないからな」


私は手に持っていたハーブの瓶をテーブルに置くと、少し迷ってからアンに耳打ちをした。


「あら! それじゃ大変だわ! 知らせてあげないと!」

「え?! いや、私は何もそこまでは……」

「だめよ! 恋愛は幸せなものでなくちゃいけないんだから!」


アンはそう言うと何やら紙に書き付け、ブルーを呼んだ。

わふん! という鳴き声とともにブルーがアンの足元にすり寄る。


私はアンが書いた手紙を読むとため息をついた。


(乗り掛かった舟か……)


私はペンと紙を手に取ると、スコット邸の老女あてに一言書き付け、アンの手紙に重ねた。

アンはブルーの気が済むまで頭をなでてやると、先ほどの手紙をブルーの首輪に括り付けた。


「いい? スコット邸のアイリスお嬢さんに届けるのよ」


ブルーはパタパタとしっぽを振ると、わふん! と返事をして玄関から飛び出していった。


「ブルーはスコット邸に荷物を届けることができるんだな」


私がそう言うと、アンは誇らしげに胸を張った。


「あの子は頭がいいの。 

たいていのお客さんのおうちは覚えているから、ちょっとしたお届け物なら簡単にこなしちゃうのよ」


「……昼間の荷物もブルーなら届けられたのではないか?」


胸を張ったままアンが固まる。

額に冷たい汗が流れるのが見える。

私は息をつくと、選んだハーブの調合を始めた。


「あ」

「どうしたの?」


アンが顔を上げる。


「ハーブを取りに来いと伝えるのを忘れてしまった。

 また街に行く羽目になる」

私は顔をしかめて言った。

いくら軍人とは言え客は客、取りに来させればわざわざ街まで出向かずに済む。


「ふふふ」


アンが嬉しそうに頬に手を当てて笑った。


「なんだ、何がおかしいんだ」

「だって、ブルーや私に頼まないで自分で行こうとしているから。

 街に出る抵抗が減ったのかなと思って」


私は思い切り顔をしかめた。

確かに、ミミに一日振り回された結果、人々の視線を気にする暇もなかった。

森と街の境界は越えてしまえば存外にあっけないものだった。


私はアンのにやにやから逃れるように身体をひねって背中を向けた。

アンは鼻歌まで歌っている。


(それにしても、魔女の書、か……)


私はクリフォードが差し出した本を思い出していた。

100年のときを経て人々の手を渡ってきた古書。

私の死後に編まれたものというが、なぜだか懐かしい手触りような気もした。


(奇妙なものだな……)


私はそこまで考えて思考を放棄した。

そもそも魔法も呪いも存在しないはずのこの世界で、私は生まれ変わりなどどよくわからないことに巻き込まれているのだ。

この先はクリフォードから魔女の書を手に入れてから考えることにしよう。

私は再び、目の前のハーブティーの調合に専念した。

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