第5話
「うわあ! すごいね! 見たことないものばかりだ!」
ロベルトは家の中に入るなり歓声をあげた。
客人の登場にテンションの上がったブルーが、ロベルトにとびかかる。
ロベルトはブルーにもみくちゃにされながら棚の方を指さした。
「ねえ!これは何?! 何に使うの? これは種? それともナッツ?」
「けが人がはしゃぐんじゃない」
ロベルトは、はーいと返事をしつつも、そわそわと落ち着かない様子で周りを見回している。
私はブルーをひきはがしてやるとため息をついた。
だいたい、私としてはそのまま森の中に置いてきてしまいたかったのだ。
それを、帰りが遅いのを心配し迎えに来たアンとジュールに見つかり、けが人を置いてはいけないとジュールがロベルトを担ぎ上げて家まで連れてきてしまったのだった。
「さ、お茶が入ったわよ」
アンがキッチンの方からティーポットとカップの乗ったトレイをもって出てきた。
「ありがとう!」
ロベルトはそう言ってカップを受けとると、美しい所作で口をつけた。
子どもっぽくはあるが、やはり上流階級の者なのだろう。
それが連れもなく一人で森に倒れていたなんて、なにか深い事情があるのかもしれない。
「ところで――」
ロベルトはカップを置くとこちらに向いて小首をかしげた。
「随分と生活感のある馬小屋だけれど、君たちの家はどこにあるの?」
前言撤回。
たぶんこいつは単にむかつくから森に捨てられたに違いない。
「あらまあ! 私たちの家はここよ! あなた面白い子ね!」
アンはさっぱりとした調子で笑っている。
ジュールも気の利いた洒落だと思ったようで、ロベルトの肩をばんばんとたたく。
ジュールの力強さに、ロベルトの身体ががくがく揺れているのだが本人も彼らも気にしていない。
私は冷たい汗が頬を流れるのを感じた。
「それにしても、エマがお友達を連れてきてくれるなんて、なんてうれしいのかしら」
友達じゃないし連れてきたのも私ではないのだが、アンの中ではすでに「森の中で助けた少年と友達になりお泊り会を開催」というストーリーが出来上がってしまっている。
「ロベルト君は街の方から来たのかい?このあたりじゃ見かけない服装だが……」
「えーっと、この街にはちょっと探し物で。王都から来たんだよ」
「王都から!」
ジュールはしきりに感心したようにうなずいている。
それもそのはずだ。ここから王都まではかなりの距離があり、朝から馬を走らせても丸二日はかかる。
「王都なら何でも手に入るでしょう? わざわざこんな辺鄙なところに何を探しに来たの?」
「魔女の書」
「魔女」という言葉を聞いてびくりと肩が震えた。
ごまかすように目の前のお茶を手に取る。
「魔女の書って、確か禁書のはずじゃ……」
困惑したようにアンとジュールが顔を見合わせる。
「うん、でも各地に伝わる魔女伝説と共に魔女の書はひっそりと人々の間に受け継がれてる。ここにはエルノヴァの魔女の書を探しに来たんだ」
アンとジュールは戸惑った様子だった。
ただのお坊ちゃんだと思っていたが、禁書を求めて王都からやってきたとなると少し雲行きが怪しい。
(それにしても「魔女の書」なんて。けったいな名前の書物だが)
私はお茶を一口すすった。
茶葉の香りが鼻腔に広がり、ざわついた心を静めてくれる。
(書いた覚えは全くないんだよなあ……)
しばらくこちらの様子を見ていたロベルトは、しかしあっけらかんとした調子で続けた。
「なんて、仲間から聞いてちょっと面白そうだなって思っただけなんだ。あまり気にしないで」
安心したようにアンとジュールの顔も明るくなる。
ロベルトは横目でその様子を見つつ、続ける。
「ここは魔女伝説の残る地、エルノヴァでしょう? 一度訪ねてみたかったんだ」
「あら、そんな古い名前良く知っているわね。50年くらい前まではまだそう呼ばれていたみたいだけれど、もう使われなくなった呼び名よ」
「歴史を学ぶのが好きなんだ」
ロベルトはそう言うと窓の外を見やった。
外はすっかり日が暮れていて、夜の森がうっそうと広がっていた。
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