第2話
「あなた! この子が目を覚ましたわ!」
頭上で女の声がする。
まぶしさに目をならしながら私はゆっくりと目を開けた。
「は……?」
天井が見える。
ついで、こちらを覗き込む男女の顔も。
女は40代前半と言ったところだろうか、ソバカスのある顔に栗色の髪を頭の後ろで編み上げている。男は女性よりもいくつか年上のようで、良く日に焼けた太い腕をしていた。
「ああ、本当によかった……」
女はそう言うと、こげ茶の瞳いっぱいに涙をためて私に抱き着いた。
その上から男までもが覆いかぶさってくるのだからたまったもんじゃない。
「ちょ、まって…… く、苦しい……!」
ふたりを引き離そうとしてもびくともしない。
なんとか押しのけると男が私の右頬に手を当てた。
反射的にびくりと身体が震える。
しかし、男の大きく柔らかい掌は、壊れやすい宝物に触れるように私の頬を撫でた。
「女の子だというのにひどい怪我を……」
男はまるで自分が痛むかのような声音でそう言うと、寝台の横に置かれた鏡に視線を向けた。
私はあちこち痛む身体を引き起こした。
なんだかやたら心もとない心地がする。
男の視線につられて、鏡を見たときだった。
「へあ!?」
変な声が出た。
続いて両手で自分の顔を包む。
小さな鼻、薄い唇、アーモンドほどもない爪先。
私は絶望的な気持ちでもう一度鏡をのぞいた。
鏡に映っているのは年端もいかない子どもだった。
せいぜい9歳くらいだろうか、生まれつきの白銀の髪こそ私と同じだが、身長も手足の大きさも、何もかもが子どものそれだった。
これが業というものか。
私は暗い気持ちで鏡に映る自分の顔を見つめた。
右目から頬にかけての傷痕は変わらずにそこに残っていた。
私は鏡から目を逸らした。
「あなた、自分の名前分かる? 森の入り口に倒れていたのよ」
女は私と視線を合わせるように屈みこむと話し始めた。
女は名をアン、男は名をジュールと言い、この森の小屋で暮らしていた。
街に買い出しに行った帰り、森の入り口で身体中に火傷をし倒れていた私をみつけたのだという。
「君、おうちの人は? 家族はいるのか?」
「……いるように見えるか?」
男に聞かれ、思わず皮肉めいた答えをしてしまった。
仮に生まれ変わったのだとしても、生き残ったのだとしても、
この傷痕は私を逃がしてはくれない。
またひとりで、森に隠れて生きるしかないのだ。
席を外していたアンが戻ってきた。
手には木の椀を抱えている。
「さ、これを塗って。少しでも痛みが紛れるわ」
椀にはとろりとした透明な液体が入っていた。
「これは……?」
「アロエの粘液を流水でよく冷やしたの。やけどに効くはずよ」
アロエの粘液……! 私は椀を受け取ると指ですくった。
匂いを嗅ぎ、腕の上にそっと乗せてのばす。匂いなし、刺激なし。
確かに薬用として正しく利用されている。
でも、どうしてこんな知識を……。
この女も魔女なのだろうか?
「そうね、確かに100年前なら私たちも魔女と呼ばれていたかも」
声に出ていたようで、女はくすりと笑った。
窓辺に立ち、さっとカーテンを引く。
大きくとられた窓から光が飛び込んできて私は目を細めた。
そっと目を開けると、目の前には様々な種類の薬草やハーブが植えられた庭が広がっていた。朝露に濡れた若草たちは日の光を受けてキラキラと光っている。
あらためてよく室内を見回せば、部屋中の棚にも植物の種が入った小瓶や、乾燥させた薬草の束が並べられていた。
「ねえ、あなた、よかったらうちの子にならない?」
アンはそう言って私の肩に手を置いた。
その手の上にジュールもそっと重ねる。
「それは、どういう……」
肩に置かれた両手から、二人の体温が伝わってくる。
窓から柔らかな光が差し込み、部屋の中をいっぱいに満たした。
アンの栗色の髪が光の中できらきらと輝く。
「私たちの家族になってほしいの」
アンはそう言うとにっこりとほほ笑んだ。
「か、ぞく……?」
慣れない響きに、言葉が口の中で絡まる。
くすぐったいような音の連なりは、口にしたとたんに崩れ落ちてしまいそうで、私は、ただアンとジュールを見つめた。
火炙りにされて死んで100年。
初めて私に家族ができた。
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