火炙りで死んだハーブの魔女は100年後の世界で愛されたい
とうま
第1話
魔女狩り――。
飢餓や戦争により国が荒れて傾くとき、人は狂気に走る。
自分よりも弱く、異なる存在を攻撃することで、自らの惨めさを忘れんがために。
そうして今まさに狂気によって殺されようとしているのが、〈エルノヴァの魔女〉こと、この私だった。
◆◆◆
「これより、エルノヴァの魔女の死刑を執行する!」
鉄の鎧に身を包んだ男は聴衆に向かって声高に叫んだ。
男の後ろにも多くの兵が控えている。
女一人処刑するために、騎士団を派遣するとは、ご大層なことだ。
有象無象の騎士の奥に、団長とみられる男が腕を組んで立っている。
黄金色の長髪の下で、暗い薄紫の瞳が冷ややかにこちらを見降ろしている。
(あいつが噂の男か…… ひどい目をしてるな)
「この顔を見よ! 醜い傷痕こそ魔女の証!」
鎧の男は私の顎に手を掛けると聴衆に向かって乱暴に持ち上げた。
目隠しが外され、右頬の傷跡が露わになる。
聴衆にどよめきが広がった。
私は恐怖と好奇がないまぜになった視線を一身に浴び、思わず顔をそむけた。
鎧の男は舌打ちをするとそのまま頬をはたく。
一瞬の熱さの後に口の中に血の味が広がった。
「これより異端審問を開始する!」
男は聴衆に向かって声高に叫ぶ。
私は血が引きぼうっとした頭で男の言葉を聞いていた。
木の杭に縛り上げておいて、異端審問も何もあるものか。
足元にはすでに火をつけるための薪がくみ上げられている。
「よし、女、貴様は森の中で怪しげな植物を作り、街の者を呪い、病をはやらせ、作物を枯らした罪に問われている。」
「……」
あまりの馬鹿々々しさに返す言葉もない。
私はただ森でハーブを育て、薬草の効能を調べていただけだ。
魔法などこの世にあるわけがない。
もしあるのなら病も飢餓もとっくに駆逐されているだろう。
「罪を認めるのだな?」
「どうやら騎士とは阿呆の集まりらしいな」
聴衆にどよめきが広がる。
男の顔がさっと白くなった。
鎧の男は拳を振り上げ、容赦なく私の頭めがけて振り下ろした。
一瞬、世界から音と光が消え、ゆっくりとぼやけた視界が戻ってくる。
これはいいや、と私は思った。
これでもう、人々の視線も、ひそひそ声もあまり気にならない。
「お前の家族はどこだ。 貴様のその態度、一族もろとも刑は免れないぞ」
「……家族ね、こちらが聞きたいものだ」
もし、顔の傷を疎んじ、幼い私を森に捨てた彼らを家族と呼ぶのであれば、だが。
男はふんと鼻を鳴らすと、聴衆に向き直り再び叫んだ。
「この女を魔女として処刑する! 意義のあるものはいるか!」
手を上げようとしたが、後ろ手に木の柱に縛り付けられているため身動きが取れない。
それまで怖さと興味半々といったていだった聴衆も、いよいよ松明が掲げられたのを見て誰もが黙り込んだ。
こげ茶の瞳の子どもが一人、走りだそうとして親に引き留めらている。
この間風邪にきくハーブをもたせてやった子どもかもしれなかった。
「喜べ女、貴様の罪、この炎が浄化してくれよう」
男の頭上では王家の紋、双頭の鷹が輝いていた。
火は勢いよく燃え上がった。
不思議と熱さは感じない。
炎の壁の向こうに、私の小屋が見えた。
庭は土足で踏み荒らされ、育てたハーブたちは皆燃やされてしまった。
この様子では生涯をかけて集めた資料も、研究結果もみな燃やされてしまったのだろう。
火をつけられた私の身体を、みんなが見ている。
憎悪、悪意、憐憫、嫌悪――。
そうだ、私はずっとこの目が怖かった。
親の、隣人の、人の、ぬくもりも求めるたびに、
まるで焼き鏝を突き付けられるように、この視線に拒否されるから。
ああ、今更気が付くなんて。
自然と腹の底から笑いがこみあげてくる。
炎の中で笑う私を人々が怯えた目で見ている。
人嫌いの魔女? 呪いと憎しみの魔女?
違う、私はただ――
ずっとずっと、寂しかったんだ。
炎が唸る。
光が爆ぜる。
白銀の髪に燃え移った炎は蛇のように踊り狂う。
もう怖くはない。
痛くもない。
ただ、一度でいいから、愛されたかった。
ひときわ大きく光が爆ぜた。
視界が真っ白になり、人々の悲鳴と歓声が上がる。
そして私は、死んだ――
はずだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます