030 最後の夜
島で過ごす最後の夜――。
だからといって違いはなく、いつも通りに過ごしていた。
一つしかない布団を共有し、手を繋いで天井を眺めている。
もちろん全裸だ。
(眠れねぇ)
伊織と「おやすみ」の言葉を交わしてから早一時間。
肉体の疲労が凄まじいはずなのに、眠気は全く感じなかった。
今この瞬間も、脳をフル稼働させて明日のことを考えている。
色々な事態を想定し、ああなったらこうしようとシミュレーション。
悲しいことに、大概の場合は最終的に死亡する。
熱中症、飢餓、サメに喰われる、イカダが壊れる、等々。
成功させるには奇跡が必要だった。
(島を発つのは昼前だから、上手くいけば日が沈む頃には到着するが……)
それはあくまでも理論上の話だ。
絶対にもっと時間がかかる。
一番の問題は真っ直ぐに北を進むのが難しいということ。
スマホに入っているコンパスアプリが役に立たないのは確認済みだ。
落下の衝撃かは分からないが、起動する度に違う方角を指していた。
さらに頼みの綱となる地図アプリも使用できない。
地図アプリの肝はGPSであり、これ自体は圏外でも使用可能だ。
しかし、当のアプリ自体がネットに接続していないと起動できなかった。
とんでもないポンコツ仕様である。
(この島が見えている間はいいが、見えなくなってからは波の動きなどを見て判断することになる。果たしてどこまで上手くいくか)
この一時間足らずの間、ひたすらそんなことを考えていた。
「眠れないの?」
伊織が手をギュギュッと握ってきた。
「起きていたのか」
そういえばいつもと違って寝息を立てていなかった。
考え事に夢中で気づかなかった。
「雅人君の不安が私にまで伝わってくるんだもん」
「すまんな」
伊織は「ううん」と首を振った。
「むしろ私のほうこそごめん。全部押しつけちゃって」
「そんなことないさ。伊織には助けられているよ」
「そうかな?」
「ああ。俺だけじゃ遥か昔に野垂れ死んでいた」
揺るぎない事実だ。
俺の活力の源は二階堂伊織という女にある。
「これは告白じゃないんだけどさ――」
俺は天井を眺めながら言った。
「――俺はたぶん、伊織のことが好きなんだと思う」
「ちょ、ええ!? なに急に!?」
明らかに恥ずかしがっている。
暗くて見えないが、その顔を想像すると笑えた。
「そんなに驚くことじゃないだろ。ずっと島で一緒に過ごしてきたんだ。それに戻ったら同棲しようって話までしたんだぜ」
「そうだけど、急に言うんだもん……」
「しばらく前から思っていたんだ。俺、今まで恋愛とかしたことなくて、恋愛感情ってのがよく分からないし、ぶっちゃけ今でも人を好きになることについてはよく分かっていない。でも、伊織とはずっと一緒にいたいと思ったんだ」
「雅人君……」
「無事に生還できて、学校生活が始まったら、伊織の周りにはたくさんの生徒が集まるじゃん。その中にはイケメンの男子とかもいて、伊織の気を引こうと色々なアピールをすると思うんだ」
伊織は何も言わずに耳を傾けている。
「この島に来る前だと、そういうのを見ても何も感じなかったんだ。『ああ、二階堂は今日もモテモテだなぁ』とか思うくらいでさ。でも、たぶん、今の俺がその状況を見たら嫉妬する。伊織に色目を使う野郎どもに対してイライラするはずだ」
「うん」
「上手く言えないけど、そういう感情を抱くのは、伊織のことが好きだからなんじゃないかと思う」
しばらくの間、家の中は静寂に包まれた。
そして――。
「……ありがとう、雅人君。すごく嬉しいよ、私」
伊織が呟く。
涙ぐんでいるような声だ。
「でも、急に言うのは反則だよ。感動しちゃったじゃんか」
伊織が腕に抱きついてきた。
「そういうつもりはなかったんだけどな」と笑う。
「私もね、雅人君と同じ気持ちだよ」
「えっ」
突発性心不全を起こしそうなほど心臓が震えた。
「今もこうしてくっついているくらいだもん。おかしいことはないでしょ?」
「ま、まぁ……」
「だから、日本に戻ったら改めてちゃんと言ってね」
正式に告白しろ、ということだろう。
「それはどうかなぁ。俺ってシャイなチキンボーイだし」
「こらー! せっかくのムードを台無しにするなー!」
伊織が頬を膨らませながらくすぐってくる。
明日は今日よりも過酷な一日になるというのに、俺たちはバカみたいに騒いでいた。
◇
夜が明けて、いよいよ運命の日がやってきた。
いつも通りに朝食を済ませると、荷車を押して海に向かう。
やはり半裸。上半身を剥き出しにしていく。
「まずは最初の関門、物資の運搬――完了だ!」
何の問題もなく海に着いた。
道中で荷車が壊れるやら、昨日までいなかった猛獣に襲わるやら、はたまた突然の嵐に見舞われるといった展開にはならなかった。
「よしよし、イカダも無事だな」
砂浜と森の境目に放置していたイカダも問題ない。
「ここからどうするの?」と伊織。
「まずはイカダを海に浮かべよう」
「了解!」
伊織と協力してイカダを運ぶ。
かなり重いため、余っている丸太の上を滑らせて動かす。
問題なくイカダを浮かばせたら次だ。
「伊織はイカダを押さえておいてくれ。俺が土器を積んでいく」
「イエッサー隊長!」
伊織は敬礼すると、靴とソックスを脱いだ。
その状態で海に入り、イカダが流れないよう手で押さえる。
「さすがに水をパンパンに詰め込んできただけあって重いな」
俺は慎重に土器を積んでいく。
これが結構な重労働で、腰がヒィヒィ叫んでいた。
「お、この土器は軽いな」
中に入っているのはドライフルーツだ。
10日分近い量を用意し、4つの土器に分けてある。
多めの準備したのは事故に備えてのことだ。
航海中に土器ごと海に落ちるかもしれない。
同様の理由で水筒も必要量より多めに持ってきている。
「あとはパドルを載せて……完了だ。よし伊織、服を着ろ」
伊織は「え?」と驚いた。
「なんで服を着るの?」
「理由は二つある」
「じゃあ一つ目から!」
「いくら日陰となる屋根を作ったとはいえ、海で半裸はまずい。ギラつく太陽にこんがり焼かれてしまうぞ」
「たしかに! 二つ目は?」
「本土には俺以外の人間がたくさんいるってことだ」
「あ……!」
「裸を見られてもいいならかまわないが――」
「着る! 着る着る! 絶対に着る!」
伊織は慌てて服を着た。
久しぶりとなる制服姿にご満悦の様子だ。
「やっぱり上も着るとJKっぽいね!」
「JKっぽいというか現役のJKだろ」と笑う。
「そこは気にしない!」
「ま、なんだっていいさ。服を着たならイカダに乗ってくれ」
「雅人君は?」
「あとで乗る。まずはもう少し深いところまでイカダを進めないと」
「分かった!」
伊織はイカダに乗り込み、パドルを持った。
「こっちは準備万端だよ!」
「あとは俺だな」
俺は全裸になった。
脱いだ物を伊織に渡し、後ろからイカダを押す。
「うおおおおおおおりゃああああああああ!」
叫ぶことで力を高めた。
伊織もパドルを漕いで援護する。
「もういいんじゃない?」
「そうだな!」
俺もイカダに乗り込む。
濡れた体を貫頭衣で拭き、制服を着用した。
さらに水筒を一本取り、一気に飲み干す。
「しゃー! 本土に帰るぞー!」
空の水筒を投げ捨てた。
「おー! 帰るどー!」
伊織がパドルを掲げる。
ついに、島からの脱出が始まった。
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