027 飛行機の落とし物

 それは奇跡か、あるいは運命か。

 驚くことに、俺たちはあっさり投下された物を見つけた。

 東の森の中、木に引っかかることなく地面に落ちていたのだ。


「これは……!」


 愕然とする俺。


「嘘……」


 伊織は両手で口を押さえ、何歩か後ずさった。

 その顔は酷く歪んでいて、今にも泣きそうだ。


 彼女がそんな反応を示すのも無理はない。

 飛行機が捨てたのは、物ではなく人だったのだ。


 手足を縛られ目隠しをされた人間。

 雰囲気から察するに男だろう。


「大丈夫ですか……って訊くまでもないな」


 どうみても死んでいた。

 落下時に頭部を打ったようで頭が割れている。

 そこからドバドバと血が流れていた。


「雅人君、これ、どういうこと……?」


「分からない。ただ、これだけは言える」


 俺は上空を見上げた。


「さっきの飛行機に乗っていたのは悪党だ」


 遺体の男や飛行機の連中が何者かは分からない。

 しかし、誰がどう見てもこれは死体遺棄である。


 それも大掛かりなものだ。

 相手は明らかに普通の殺人犯などではない。

 ヤクザや半グレなどと呼ばれるヤバい連中だろう。


「とりあえず何かないか探ろう」


 俺は遺体の傍に屈み、穿いている短パンのポケットを叩いた。

 何か入っている。


「なんだ? 財布か?」


 そう思って取り出したところスマホだった。

 幸いにも壊れておらず、充電も生きている。

 ただし圏外で、しかもロックがかかっていた。


「どうにかロックを解除したいが……」


 暗証番号など分かるはずもない。

 顔認証に賭けるしかない。


「死んでいるのにすまんが協力してもらうよ」


 目隠しを外す。


「ダメだな、反応しない」


「目を閉じてた状態だと顔認証は無理だよ」


「じゃあ俺がコイツの目を開けるから、伊織はスマホを頼む」


「う、うん、分かった……!」


 伊織は震えた手でスマホを持つ。


「いくよ? 雅人君」


 俺は「おう」と頷き、右の人差し指と中指で男の目を開けた。

 さらに左手で顎を支えて動かないように固定する。


「どう? 解除できた?」


 伊織はこちらにスマホの画面を向けながらボタンを押す。


「ダメだ、解除できていない。クソ、指紋認証だったらいけそうなのに!」


 この言葉に伊織が「あ!」と何やら閃いた。


「この機種、指紋認証もあるはずだよ!」


「本当か? ホームボタンはついていないぞ?」


「ディスプレイに指をタッチして認証するの」


「試してみよう」


 指紋認証に登録する指といえば、まず間違いなく親指だ。

 俺は男の右親指をスマホのディスプレイに置いた。

 ディスプレイに「認証中」を示すグルグルマークが表示される。


「さぁどうなる……!?」


 固唾を飲んで見守る中、認証中のマークが消えた。

 認証を終えたようだ。


「よし!」


 無事にロックが解除されていた。


「ひとまずセキュリティ設定を変更して認証をなくそう」


「私がやっておくよ! 雅人君はその間に――」


「ああ、死体漁りを続行するぜ」


 俺は遠慮なく他のポケットも調べる。

 驚くことに罪悪感などの感情は全く感じなかった。

 おそらく自分たちがのっぴきならない状況だからだろう。


「お! モバイルバッテリーだ!」


 別のポケットから出てきた。

 しかし、スマホと繋ぐためのケーブルは付いていない。


「ワイヤレス充電器だね」と伊織。


「そのようだな」


 と言いつつ、俺は心の中で「そんなのもあるのか」と感心していた。


「ポケットには他になにもないな」


 財布がないのは不自然だった。

 いくらキャッシュレス決済が主流の時代でも財布は持つ。

 きっと遺棄した奴等が事前に抜いておいたのだろう。


「さすがに骨じゃない人間から衣類を剥ぎ取るのは気が引けるが……」


 貰えるものは全て貰っておかねば。

 そう思って服を脱がそうとするのだが――。


「「「ワォオオオオオオオオオオオオオン!」」」


 その時、オオカミの遠吠えがそこら中から響いた。

 意図は不明だが、俺の本能が危険を告げている。


「衣類はこのままにして帰ろう」


「いいの?」


「諦めるよ。不吉な気配がするからこれ以上の長居は避けよう」


「暗くなってきたしそのほうがいいかも」


 スマホとモバイルバッテリーだけ回収してその場をあとにした。


 ◇


 家に戻ると、まずはスマホを確認した。


「やはり圏外のままか」


 今時は無人島でも電波の繋がるところは多い。

 だが、この島は残念ながら対象外だったようだ。


「何か救助要請に使えそうな物はあったか?」


 伊織に尋ねる。

 彼女はちゃぶ台に両肘をついてスマホを触っていた。

 目にも留まらぬ速さで指を動かしているが、その顔付きは険しい。


「ダメ、何もなし! 分かったのはこのスマホの所有者がヤクザってことくらい!」


「やっぱりヤクザだったか」


「たぶんだけど、ほらここ、組のお金がどうとか話しているし!」


 伊織がチャットアプリのトーク画面を見せてきた。

 表示されているやり取りを見る限り、たしかにヤクザっぽい。


 誰かと逃走するための打ち合わせをしている。

 どうやら組のお金を盗んだことがバレたようだ。


「計画がバレて粛正されたってところか」


「現実でもあるんだね、そんなこと」


「できれば死ぬまで関わりたくない世界だな」


「だね」


 入手したスマホは脱出の手助けになりそうだ。

 そう判断した俺たちは、その時まで充電を温存することにした。


 ◇


 次の日。

 無人島生活8日目――。


 朝食後、俺たちはちゃぶ台を囲んで会議を開いた。

 当然のように二人して半裸だ。

 貫頭衣の予定だったが、乾いていたので昨日と同じ格好にした。


「パドルの製作が終わり、食糧も確保できた――」


 俺はちゃぶ台を指でトントンと叩いた。

 台の上には紙と鉛筆が置いてある。


「これで残すは舟――つまり乗り物だけだと思うが、伊織はどう思う? もしかして俺、何か見落としているかな?」


 脱出の日がすぐ傍まできている。

 だからこそ、ここで一度、問題ないかの確認を行う。


「私も乗り物だけだと思う!」


 伊織は真剣な表情で答えると、鉛筆を取り、紙に絵を描き始めた。

 デフォルメされた可愛らしい二人組がイカダで海を進んでいる。

 それを見ていて思った。


「荷物が多いからイカダのほうがいいかもな」


「え? 舟ってイカダのことじゃないの?」


「丸木舟で考えていたよ」


「なにそれ?」


「木をくり抜いた小舟さ」


「あー、なんか分かるかも! アレでしょ?」


「アレがドレかは分からないけどたぶんそうだ」


 伊織は「あはは」と笑った。


「丸木舟とイカダ、どっちにするかは悩むところだ」


 丸木舟の場合、積載量がかなり限られてくる。

 それに俺たちのような素人だと転覆する恐れもあった。

 しかし、耐久度は高い。


 一方、イカダのデメリットは耐久度だ。

 丸太と丸太を結ぶ紐が切れたら一瞬で壊れる。

 約50kmの長距離航行に耐えられるかは疑問だった。


「私は雅人君の判断に従うよ」


「じゃあ――」


 俺はしばらく考え込んでから答えを出した。


「――イカダにしよう」


 長らく想定していた丸木舟ではなくイカダを使う。

 それが俺の出した結論だった。


「その心は!?」


「やはり物資はたくさん必要だ」


 昨日作った大量の水筒及びドライフルーツ。

 それらを全て持っていくならイカダのほうがいい。


「雅人君がそういうならイカダで決定! よーし、今日はいよいよイカダ作りだ! さっそく北の森を抜けて海に行こー!」


 元気よく立ち上がる伊織。

 対する俺は、笑いながら「いや」と首を振った。


「イカダを作るのはまた明日だ」


「え、舟は今日造る予定じゃなかったの!?」


「そのつもりだったが、忘れているものがあった」


「何だろ? パドルはあるし、水筒と食料もあるよ? だからあとはイカダだけでしょ? たったいま確認したじゃん!」


「ああ、たしかに航海に必要な道具はイカダだけだ」


「でしょ!?」


「だが、航海以外に必要な物が残っている」


「航海以外に必要な物?」


「アレだ」


 俺は家の中に並んでいる4つの土器を指した。

 それらには昨日作った竹の水筒がギッシリ詰まっている。


「え、アレが何!?」


 俺が何を言わんとしているか、伊織は分かっていなかった。

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