026 竹林

 伊織を連れて竹林にやってきた。


「そういえば私、ここに来るの初めてだー!」


「前は足の裏に水ぶくれができて休んでいたのだったな」


「あの時はご迷惑をおかけしました!」


 ということで竹の伐採を行う。

 ノコギリがあるため、慌てなければ楽勝だ。


「そこら中にタケノコが生えているじゃん!」


 手持ち無沙汰の伊織が声を弾ませる。

 俺は作業に集中しながら「そうだな」と答えた。


「食べようよ! 私、好きなんだよねータケノコ」


「俺も好きだがやめておいたほうがいい」


「なんで?」


「たぶんここのタケノコは不味い」


「そうなの!?」


 一本目の竹を伐採。

 それを適当な長さにカットしながら答える。


「たぶん市販のタケノコと竹の種類が違うよ。明らかに細い」


「へぇ、竹に種類なんてあるんだ? 竹は竹なのかと!」


「色々な種類があるよ。俺も詳しく知らないんだけど、種類によって大きさとか太さが全然違うって聞いたことがある」


 これは幼少期に曾祖父から得た情報だ。

 田舎に住んでいるため、そういうことに詳しかった。


「そうなんだ!」


「あと、タケノコは大抵の種類が不味いらしいから、知らないタケノコは食わないほうが無難だろう。調理法も不明だし腹を下しかねない」


「もうすぐ脱出するもんね! ここでリスクは犯せない!」


 俺は「そういうこった」と頷いた。


 ◇


 調達した竹を家に持ち帰る。

 これを加工して色々と作るわけだが、まずは消毒だ。


 焚き火の炎で竹筒を炙っていく。

 この作業は伊織に任せ、その間、俺は別のことをしていた。


「何しているの? 雅人君」


「見ての通り薪を並べているのさ」


 焚き火を込むように薪を置いていく。


「そうじゃなくて、どうして薪を並べているの?」


「乾燥させるためだよ。先日の暴風雨で大半の薪が水浸しになったからな」


「濡れている薪って燃えないの?」


 複数の竹筒を巧みに炙る伊織。


「そうそう。煙ばかり出してなかなか燃えないんだ」


 薪による焚き火包囲網が完成。

 残りの薪は自然乾燥に任せるとしよう。


「さて、綺麗になった竹を加工していくか」


「待った!」


 伊織が手を挙げた。

 持っていた竹筒が勢いよく上がり、俺の顔面に当たりかける。


「うお!? 何するんだ!?」


「ごめんごめん、それで質問なんだけど!」


「ん?」


「私たちは何を作ろうとしているの? 軽めの作業があるってことで竹を伐採したのはいいけど、その竹で何をするのか聞いていなかったと思って!」


「そういえば言っていなかったな」


 てっきり説明したつもりでいた。


「作りたい物は二つあって、一つは前にも作った水筒だ。炎天下の大海原に繰り出すわけだから、干からびないよう大量の水分を補給しなくてはならない」


「たしかに! じゃあもう一つは?」


「ザルだ」


「ザル?」


「ああ、竹を編んでザルを作り、そのザルでドライフルーツを作る」


 伊織が「おお!」と感嘆する。


「日持ちするし、水分を抜くから持ち運べる量も増える」


 海でどのくらいの時間を過ごすか分からない。

 スムーズに進めば10時間ほどで済むが、それはいわば理想論。

 下手すれば何日か海上を彷徨うことになるかもしれない。

 ドライフルーツがあれば、多少は延命の可能性が上がるはずだ。


「すごいなぁ雅人君! もうそこまで考えているなんて!」


「この島に漂着してから完全に覚醒したからな」


 それもこれも、全ては伊織のおかげだ。

 彼女がいるからこそ、俺はここまで頑張ってこられた。


 伊織のことを、最初は容姿しか見ていなかった。

 ただ飛び抜けて可愛くて、誰にでも分け隔てなく話しかける聖女。


 それだけでも十分に魅力的だったが、今はそれ以上だ。

 島で一緒に過ごし、絆を深めたことで、自分より大事な存在になった。


 守りたいものがあると人は強くなる――。

 よく聞く言葉だが、どうやらそれは本当だったようだ。


「質問にも答えたし、竹を割っていくか」


 その場に座り、竹筒を立たせて足で固定。

 先端部に鉈を当て、鉈の背をハンマーで叩く。

 鉈の刃が竹に入り、さらに叩くと割れていった。


(我ながらサマになってるな)


 イメージ通り作業が進むのでニヤけてしまう。


「雅人君、今、心の中で自画自賛しているでしょ!」


 伊織がニヤニヤしながら見てきた。


「ギクッ! 何故それを……!」


「顔に書いているから丸分かりだよー!」


「ほら俺、正直者だからさ、嘘はつけないんだよね」


「なーに言ってるんだか」


 俺たちは愉快気に笑った。


 ◇


 細かく割った竹を編んでザルにする。

 この作業は俺よりも伊織のほうが得意だった。


「完成! ザル二丁! おあがりよ!」


「こっちもできたぜ、水筒」


 二枚のザルと大量の水筒が完成。

 水筒は家に保管するとして、次はドライフルーツ作りだ。


「早くしないとな。日が暮れてきた」


 体内時計は20時に迫ろうとしている。

 今が夏場でなければ既に辺りは真っ暗だろう。


「急げ私ーッ!」


 伊織は大慌てで作業を始めた。

 丸太の台にバナナの葉を敷き、その上でリンゴとバナナを切っていく。

 包丁として使うには大きすぎる鉈を使いこなしていた。


 俺はスライスされた果物をザルに並べる係だ。

 ここまで大変だった分、最後は楽な作業をいただいた。


「予定分のカット、おしまい!」


「おう、お疲れ様ー」


 ザルを小屋の屋根に吊し、今日の作業が全て終わった。

 しかし、やるべきことはまだ残っている。


「洗濯するからズボンとか脱いでー!」


 伊織が家の中からタライを持ってくる。

 タライには体を拭くのに使う手ぬぐいが入っていた。


「あー、今日もアホみたいに汗を掻いたなぁ」


 俺はベルトを外し、ズボンを下ろそうとする。

 しかし、そこで手が止まった。

 北の方からブーンと音が聞こえてきたからだ。


「伊織、見ろ! 飛行機だ!」


 小型の飛行機が島に向かってきている。


「狼煙!」


 そう言って焚き火を確認する伊織。

 しかし、煙は上がっていなかった。

 控え目な炎がゆらゆらしているだけだ。


「急いで葉を燃やそう!」


「うん!」


 俺たちは手分けして南の森から葉を集めた。

 針葉樹も広葉樹も関係なく適当に回収し、焚き火に突っ込む。

 ほどなくして煙が上がり始めるが――。


「ダメだ、間に合わん!」


 飛行機は既に島の上空まで来ていた。

 しかも、俺たちの真正面ではなく、遥か東を飛んでいる。

 煙が見える位置まで上がった頃には島を過ぎているだろう。


「そんな……」


 膝から崩れる伊織。


「失敗したな、狼煙を絶やすべきではなかった」


 俺も落胆しながら飛行機を眺める。

 すると、予想だにしないことが起きた。


「おい、今、飛行機から何か落ちたぞ!」


 飛行機から何かが投下された。

 不慮の事故で落ちたというより、意図的に捨てた感じだ。


「あ、帰っていく!」


 何かを落としたあと、飛行機は旋回して本土へ消えていった。


「雅人君、何を捨てたか見に行かない?」


「時間的にかなり厳しいから明日でもいいと思うが……」


 そう言ったあと、俺は首を横に振った。


「いや、今から行こう。このままじゃ気になって眠れねぇ!」


 俺たちは駆け足で東に向かった。

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