023 土器の活用
「何をしたの雅人君!?」
驚愕する伊織。
宝くじで当たったかのような驚きようだ。
「簡単さ」
俺は「ふふふ」と笑い、足下に置いてある土器を指した。
「中に入っていた水をぶっかけたんだ」
「え?」
「ポンプを動かすには、ポンプ内に水を溜めておく必要があるんだ。その水を『呼び水』というんだけど、何らかの理由でその水がなくなっていて、それでどれだけハンドルを動かしても反応しなかったんだ」
「言われてみればたしかに……。ポンプの中、いつもと違って今回は空だった気がする」
「だろー」
ここで伊織が何やら思い出した。
「あれ? でも、この島に漂着した初日は普通に使えたよね? 水なんか入れていないのに」
「はっきりとは覚えていないけど、最初から入っていたんだと思う」
「そんなことありえるの? 30年以上も放置されていたはずなのに」
伊織の意見はもっともだ。
ただし、俺は納得できる答えを持っていた。
「この島に来る何日か前に豪雨の日があったろ?」
「あったあった! 合宿が中止になりかけたやつ!」
合宿というのは、俺たちが船に乗る原因となった学校行事のこと。
「あの時に水が溜まったんだと思う」
「あー」と、伊織は納得した。
「それにしても雅人君、よく分かったね。呼び水が理由だって」
「むしろすぐに気づかなかった自分が情けないよ」
伊織は「いやいや」と苦笑いで否定する。
「普通の高校生はそもそも気づかないよ! 私なんて呼び水がないとポンプが使えないことすら知らなかったもん! やっぱり雅人君は物知りだー! 頼りになる!」
「ま、結果が良ければそれでいいか」
井戸が回復したことに、俺たちはホッと胸をなで下ろした。
◇
夕方、メシを済ませて適当に作業していると――。
「雅人君、もっと土器を使いましょう!」
伊織が物申してきた。
「というと?」
「この場には10個の土器があるでしょ?」
俺は家の外に並んだ土器を見て「あるな」と頷く。
「しかし! まともに使っているのは4つのみ!」
「残りは予備だ」
「予備のほうが多いじゃん! だからもっと使おうよ!」
「ふむ」
現在、2つをメシ用に使っている。
調達した果物を入れる一時的な容器として。
残り2つは水瓶だ。
井戸水を溜めておき、必要に応じて使用する。
今は日に何度も行う洗顔が主な用途だ。
「じゃあ果物の備蓄でもするか」
「それはどうなんだろう? 腐らない?」
土器を使えと喚いていたわりに消極的な反応だ。
予想外だったのだろう。
「たしかにこの暑さだと普段より足が速い。だから腐りやすいイチジクなんかは厳しいだろう。だが、例えばバナナであれば2日くらいはもつだろう」
「なるほど!」
「あとはそうだな、ただ果物を詰めるだけじゃなくて、水に浸けて保存してはどうだろう? 水の力で多少は暑さを免れるはずだから腐敗するまでの時間が延びるかもしれない」
「それ名案! いいと思う!」と、伊織は手を叩いた。
「もっともこれはただの閃きであって確証はないよ。逆効果かもしれん」
「いいじゃん! 物は試しだよ! 水に浸けて保存しよう!」
ということで、俺たちは南の森で適当な果物を収穫。
それを二つの土器に詰めたあと、井戸の水を満タンまで張った。
さらに水瓶の数を2つから4つに増やす。
「これで土器の消費数が増えたし、満足してもらえたかな?」
伊織は嬉しそうに「うん!」と笑った。
「中の詰まった土器がたくさんあると縄文人って感じがするねー!」
「俺たちは現代人だけどな」
「細かいことはいいの!」
そう言うと、伊織は「ところで」と話を変えた。
「昔の人ってどうやって保存していたんだろ? 冷蔵庫なんかなかったでしょ?」
「今みたいな冷蔵庫はなかったけど、それに代わる物自体はあったよ。例えば氷の入った木箱がそうだ。他にも氷室と呼ばれる氷の貯蔵庫がある」
「その2つは聞いたことあるなー。でも氷室ってたしか、夏の暑い時期に使える人はすごい人だけでしょ。じゃあ庶民はどうしていたの? 木箱の冷蔵庫すらない時代は!」
学校では習わないことだ。
歴史の授業で大事なのは「○○年に××があった」という情報のみ。
あとはその××に関する簡単な知識くらいだ。
しかし、俺は偶然にも伊織の問いに対する回答を持ち合わせていた。
「江戸時代は食べるぶんだけ行商人から買っていたらしい」
「そうなんだ! まさか雅人君が答えを知っているなんて!」
「中学の時に歴史の教師が言っていたんだ。勉強の物覚えは悪いけど、そういう雑学みたいなのは好きだから簡単に覚えるんだよね」
「おー。じゃあさじゃあさ、行商人から買い過ぎて食べきれなかったらどうするの?」
「んー、これは推測だが、残り物は保存食に加工するんじゃないか」
「保存食?」
「干物や漬物のことさ」
「ああ! そういえば昔の人って干物や漬物を作れるイメージある!」
「俺の祖父母も自分で作るからな、漬物」
「そういうことだったのかー!」
伊織は納得してくれたようだ。
「雅人君と話していると知らないことをたくさん知れて面白いよー!」
「それはよかった」
そんなこんなで、楽しい夕刻を過ごすのだった。
◇
夜――。
ひとしきりの作業が終わり、就寝タイムがやってきた。
今日は当たり前のように裸で寝ている。
これまた何の事前確認もなく手を繋いでいた。
「今日もお世話になりましたー! また明日ね、雅人君!」
「おう、おやすみ」
「おやすみー!」
伊織は繋ぐ手の力を強めた。
ギュギュッと握ってから眠りに就く。
俺も
だが、伊織ほどすぐには眠れなかった。
(慣れとは恐ろしいな)
今の自分自身を見てそう思う。
なんと今、俺はそこまで興奮していないのだ。
普通ならあり得ない。
すぐ隣に学校一の美少女・二階堂伊織がいるのだ。
しかも俺たちは互いに全裸である。
昨日はパンツを穿いていたが、今日はそれすらない。
洗濯中だからだ。
寝る前――手ぬぐいで背中を拭いている時もおかしかった。
いつも背中しか見ないのだが、今日は偶然、胸が見えてしまった。
妙の艶めかしい鎖骨やうなじもセットだ。
それなのに、俺の感情は「ラッキー」程度だった。
数日前ならムラムラして何時間も悶々していたはずだ。
(この状況を「成長した」と捉えていいのだろうか)
オスとしての本能が失われているのではないか、とも思えた。
(ま、考えたところでどうにもならないか)
なんにせよ、ムラムラしないおかげで安眠できそうだ。
俺は考えるのを止め、明日に備えて寝ることにした。
しかし、その時――。
パラパラ、パラパラ。
外から音が聞こえてきた。
(ん? 獣が近くを歩いているのか?)
柵があるので大丈夫のはずだが……などと思っていると。
ザー! ザー!
外の音が変わった。
それで何か分かり俺は飛び起きた。
「雨だ!」
突然の豪雨が島を襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。