018 死闘
ライオンの群れが伏せていることに、俺たちは全く気づかなかった。
付近の雑草は生い茂っているが、それでも腰より低いくらいだ。
それに木々は密林と呼ぶには程遠い、ゆったりした間隔で生えている。
にもかかわらず、相手が体を起こすまで気づかなかった。
「これが野獣の狩猟技術ってやつか」
獲物が自分たちでなければ感動しているところだ。
よくぞその巨体を茂みに隠せたな、と。
「雅人君、どうしよ……」
かつてない絶望的な状況に、伊織の顔も青ざめている。
「どうするもこうするも戦うしかねぇ」
「戦うったって……」
「分かっている、普通に戦って勝てる状況じゃない」
相手は10頭だ。
しかも適度にバラけて連携している。
(血路を開いて逃げるか?)
いや、無理だ。
突っ込んだ瞬間、別方向から他の個体が襲ってくる。
袋叩きにされるのがオチだ。
「かなり厳しいがカウンター狙いでいこう」
「カウンター!? この数を相手に!?」
「こちらから攻めたら破滅する。可能性があるならカウンターだ」
「分かった……!」
互いの背中を合わせて警戒する俺たち。
「返り討ちにしてやる――」
俺は大きく息を吸い、正面のオスライオンに向かって吠えた。
「――往生しろやぁ!」
「往生しそうなのは私たちなんですけど!?」
伊織の的確なツッコミとともに戦闘が始まった。
「ガルァァ!」
まずは右からメスライオンが仕掛けてきた。
「オラァ!」
俺はすかさず体を向けて槍を繰り出した。
「ガルッ!」
メスライオンはピタッと止まって攻撃を中止。
俺の反撃を避ける。
「「「ガルルァ!」」」
隙を突いて別のライオンが襲い掛かってきた。
先ほどまで正面にいたオスだ。
「お見通しだ!」
すかさず体の向きを変え、槍を伸ばす。
「雅人君気をつけて! 横からも来ている!」
俺の動作に合わせて左手から別のメスライオンが迫っていた。
「まずい!」
「雅人君は倒させない!」
メスライオンには伊織が対処した。
俺の側面を突いた敵――の側面から伊織が攻撃する。
しかし、彼女の攻撃は寸前のところで回避された。
ライオンたちは攻撃を中断し、再び距離を取る。
「「「ガォオオオオオオオオオオオオン!」」」
威圧的な咆哮を繰り出してきた。
まるで「観念しろ」と言っているようだ。
「どれだけ叫ぼうが易々とはやられねぇぞ!」
この島に漂着したことで、伊織と絆を深めることができた。
退屈でつまらなかった学校生活が、俺の人生が、ようやく輝き始めたのだ。
こんなところで終わらせるわけにはいかない。
◇
ライオンとの戦闘は思った以上に長期化した。
俺たちはひたすら防戦一方で、敵は攻めあぐねている。
その理由はライオンの戦闘方針にあった。
奴等は無傷での勝利を狙っている。
戦力差が決定的なので、ただ勝つだけなら造作もないだろう。
しかし、無傷で……となれば難しい。
「槍を作っておいたのは正解だったな」
「だね」
伊織は短く答えた。
強張った顔の一面に大玉の汗が浮かんでいる。
それは俺も同じだ。
続く緊張状態と炎天下のせいで苦しい。
体は火照っており、貫頭衣からは汗がしたたり落ちている。
いつ熱中症で倒れてもおかしくない状況だった。
(一進一退の攻防を続けているが……)
このままだとまずい。
持久戦は明らかに相手が有利だった。
「雅人君、死ぬ前に言っておきたいことは?」
「何を言うかは死ぬ直前に考えるさ。今はまだその時じゃない」
「カッコイイことを言ってくれるね」
伊織が笑みを浮かべる。
「そういう伊織はどうだ? 死ぬ前に言い残したことは?」
「言い残したことはないけど、後悔していることはあるよ」
「なんだ?」
北の森に足を踏み入れたことだろうか。
それなら俺も後悔しているが――。
「学校で雅人君と全く話さなかったこと」
「え?」
「もっとたくさん話したり、一緒に遊んだりしたかった」
「伊織……」
こんな状況だが、俺は心中は喜びに満ちていた。
「そんな風に言われちゃ、やはりここで死ぬわけにはいかないな」
俺はニヤリと笑った。
「でも、どうする? このままじゃ死んじゃうよ?」
「南の敵を突破して家まで引き返そう」
伊織は「え?」と耳を疑った。
「それは……」
「分かっている。かなり厳しい。十中八九、いや、100回中99回は失敗するだろう。片方もしくは両方が、負傷ないし死亡する。それでもこのまま戦闘を維持するよりはマシだ。このままだと確実に全滅するからな」
「じゃあ……一か八かに賭けてみよっか」
「おう」
俺は槍を持つ手に力を込めた。
「ごめんな、伊織」
「何が?」
「俺の目論みが甘いせいでこんな状況に陥った」
「賛同したのは私なんだから関係ないよ」
俺は何も言わず、伊織の隣に移動した。
体をくるりと反転させて、彼女と同じく南に向ける。
「行くぞ伊織!」
「了解!」
俺たちは横並びで走った。
「ガルルァ!」
正面のオスライオンが咆哮する。
同時に、周囲の9頭が一目散に突っ込んできた。
「雅人君!」
「気にするな、突破す……うわっ」
突如、俺の視線が地面に向く。
体が前方に傾き、そのまま崩れようとしている。
この土壇場で躓いたのだ。
何もないところで足がもつれてしまった。
酷暑のせいで神経の伝達速度が一時的に衰えていたのだろう。
自覚がないだけで、今の俺は熱中症に陥っているのかもしれない。
「雅人君!」
伊織が振り向く。
「止まるな伊織! 行け! 走れ!」
慌てて立とうとするが、体がふらついて苦労する。
槍を杖の代わりにすることで辛うじて体を起こすことができた。
思った以上に深刻だ。
「やだ!」
伊織は俺の傍に来て槍を構えた。
「私はもう逃げない!」
「二人とも死んじまうぞ!」
「それでいいもん!」
「いいもんだぁ!? 何を馬鹿な……」
「湖でワニに襲われた時のこと、ずっと後悔していたの。雅人君だけ盾にして逃げようとしたこと。ここで雅人君を見捨てたら、私は自分が許せなくなる!」
伊織は目に涙を浮かべた。
その言葉は力強く、揺るぎない決意を感じる。
「やれやれ、暑さで頭がイカれちまったか……」
俺は苦笑いを浮かべながら迫り来るライオンを睨む。
「1頭くらいは道連れにしてやる! 死にたい奴からかかってこい!」
「高校生をなめるなーッ!」
「「「ガルァアアアアアアア!」」」
これまでと違い、ライオンは止まらなかった。
否、攻撃態勢に入っていて止まれなかったのだろう。
「ガォオオオオオオオオ!」
先頭を走る最も勇敢なオスライオンが跳躍した。
森に入ってすぐ単独で警告してきた個体だ。
「うおおおおおおおおおおおお!」
俺は最後の力を振り絞って槍を伸ばした。
「ガォォ……!」
槍がライオンの口に刺さり、そのまま頭を貫く。
即死だ。
「「「ガルルァ!」」」
それでも他のライオンは攻撃の手を緩めない。
「ならば!」
俺は槍を放して鉈を抜く。
「私だって!」
伊織が俺の隣で槍を伸ばす。
(これが最後の攻撃になる――!)
南の個体を除く8頭が総攻撃の構え。
向こうが反撃を恐れない以上、もはや勝ち目はない。
それでも諦めず、命が尽きるその時まで戦ってやる。
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