019 酷暑

「やぁーッ!」


 伊織が渾身の突きを繰り出す。

 だが、狙われたライオンは横に跳んで回避した。


「そんな!」


「任せろ伊織ぃ!」


 俺は前に出て鉈を振り下ろす。

 ――が、これも空振りに終わった。

 槍の感覚で攻撃したらリーチがまるで足りなかったのだ。


「「「ガォオオオオオオオオオ!」」」


 攻撃を終えた俺たちにライオンの群れが襲い掛かる。


「「うわぁあああああああああ!」」


 もう終わりだ。

 迫り来る敵を前に、死を覚悟した。

 しかしその時――。


「「ワォオオオオオオオオオオオン!」」


 森に遠吠えがこだました。

 その正体はオオカミの群れだ。

 数十頭に及ぶ群れで突っ込んできた。


「「オオカミ!?」」


 俺たちが驚いた頃には戦闘が始まっていた。

 オオカミの群れがライオンを咬んでいる。

「「「ガォオオオオ……!」」」


 突然の奇襲に意表を突かれるライオン。

 数の差もあって一方的にやられていた。


「すごい……!」


 息を呑む伊織。

 俺は冷静に周囲を見渡していた。


「俺たちを襲う気配は感じられないな」


 オオカミはライオンだけを狙っていた。


「ワォオオオオオオオオオオオン!」


 再び遠吠えが聞こえる。

 俺は声のする方向に目を向けた。

 そこにいたのは子連れのオオカミだ。


「あれは……俺たちにアナグマをくれた個体だ!」


 離れていても分かった。

 凜々しい瞳をこちらに向けている。

 傍にいる子供オオカミは、戦闘が怖いのか親にくっついていた。


「私たちを助けてくれたんだ! これも川でのお詫びかな?」


「分からん……!」


 とにかくオオカミの登場により窮地を脱した。


「日が暮れそうだ。今日は家に戻ろう」


「分かった! でもその前に水分補給をしないと!」


「だな」


 俺たちは水筒の水を飲み干すと、恐る恐る離脱を開始。

 群れのリーダーと思しき例の子連れオオカミに会釈しておいた。


「ワォオオオオオオオオン!」


 咆哮が返ってくる。

 俺には「これで借りは返したからな」と言っているように感じた。


 ◇


「水だ! 水をくれぇ!」


「お水ならここよ雅人君!」


 狂ったテンションで家に戻ってきた。

 そうでもしないと干からびて死にかねないからだ。

 水筒の中はから、体はフラフラ、頭はボーッとしていた。


「マジで死ぬかと思った」


「というか半分死んでたよ私たち!」


「半分どころか八割方死んでたぜ!」


 井戸水にありつけたおかげで助かった。

 ただ、決して安心できる状況ではない。


 水を飲むのに苦労したのだ。

 いつもと違ってスルスルとは喉を通らない。

 明らかにマズい状況だった。


「水だけじゃいかんな、経口補水液がほしいぜ」


 体がナトリウムとブドウ糖を求めている。

 クエン酸もほしい。


「雅人君、果物を採りに行かない?」


「行こう」


 少し休憩した後、南の森で適当な果物を調達した。

 それらは丸かじりするのではなく、握りつぶして強引に食べる。

 暑さにやられて満足に咀嚼できるだけの余力すら残っていなかった。


 それが終わると家に戻って水を浴びる。

 土器に溜めた井戸水を全身にぶっ掛けると体が軽くなった。


「一ノ瀬雅人、復活!」


「二階堂伊織も復活!」


 ようやく元気を取り戻した。


「さて、今後について考えるとしよう」


 日没間際、俺たちは家で話をすることにした

 小さなちゃぶ台を挟んで向かい合う。


「北の森を突っ切って海まで行く予定だったけど、案の定、ライオンに襲われちゃったね。しかも相手は群れで私たちは死にかけた」


「生き残れたのは奇跡と言っていいだろう」


「それでも雅人君は北の森を突っ切るべきだと思う?」


 伊織は真剣な目で俺を見た。


「うーん……」


 俺はしばらく考え込んだ。

 脳内でライオンとの戦闘やその他のリスクを考える。

 そして出した結論は――。


「怖い思いをしたけど、やっぱり北の森を突っ切るべきだろう」


「その理由は?」


「俺たちの敵であるライオンは、オオカミの襲撃を受けて壊滅した。生き残りがいるか分からないが、仮にいたとしても襲ってはこないだろう。野生の獣は基本的に勝ちが確信できるとしか攻撃しないからな」


「私たちを襲ったらオオカミの援軍があるかもしれない……と思って避けるわけだね」


「そうだ。だからライオンは問題ないとして、オオカミもこちらから仕掛けない限りは大丈夫だろう。今後も助けてくれるとは思えないが、だからといって敵対することもないはず」


「自信なさそうだね、『だろう』やら『はず』やら」


 伊織はクスッと笑った。


「自信はあるよ、確信はないけど」


「じゃあ雅人君の言うとおりライオンとオオカミは問題ないとして、他の獣が襲ってくる可能性はないかな? 危険な動物がライオンだけとは限らないでしょ?」


「たしかに」


 定番なのはクマやイノシシだ。

 なかでも夏のクマは積極的に活動することで知られている。


「ぶっちゃけ私は迂回したほうがいいと思う」


「意見が分かれたな」


 伊織は「だね」と笑った。


「迂回する場合はとにかく水分が必要になる。海を彷徨う間も水分補給をするから、とてつもない量の水を持ち歩かないと熱中症にやられるぜ」


 海辺の欠点は直射日光をがっつり食らうことだ。

 木の葉のカーテンが壁となる森の中ですら暑くてたまらないのに。


「その点については考えがあるよ!」


 俺は「ほぉ」とニヤり。


「聞かせてもらおうか、優等生の考えとやらを」


「それはねぇ――」


 伊織は怪しげな笑みを浮かべながら言った。


「――雨天決行でどうでしょ!」


「あえて雨の日に出るわけか」


「そそっ!」 そうすれば暑さがマシになるはず!」


「たしかにマシにはなるが――」


 俺は苦笑いを浮かべた。


「――そりゃ却下だ」


「なんでよぉ!」


 ぶぅ、と頬を膨らませる伊織。

 実に可愛らしいけれど俺の考えは変わらない。


「まず、雨の日に舗装されているわけでもない島を歩くのは危険だ」


「あ……!」


「それに歩行速度も落ちる。迂回ルートは晴れの日ですら片道4時間はかかると思うが、雨の日はさらに2~3割増しとなるだろう」


「つまり5時間以上になると……!」


「加えて雨は体力を奪う。もちろん海に出てからも――」


「ダメだぁああああああああああ!」


 話している最中に伊織が叫んだ。


「やっぱり私も森を突っ切る方針に一票!」


 ということで、ルートの変更はしないということで一致した。


「明日こそ海に行こう」


 伊織は「イエッサー!」と座りながら敬礼。

 それが妙に可愛くてムラッとしかけた。


 ◇


 夜――。


 今日も救助は来なかった。

 期待していなかったが、来ないと悲しいものだ。


「いつの間にやら〈黄金の72時間〉も過ぎたな」


「おのれぃ! 救助の人たちは何をしているかぁ!」


 掛け布団の上に寝転んで話す。

 今はペラペラの掛け布団ですら被りたくなかった。

 酷暑がなおも続いているからだ。


「これで踏ん切りが付いたと前向きに捉えて寝るとしよう」


「そうだね!」


 伊織が左腕に抱きついてくる。

 手にキャミソールとパンティーが当たっていた。

 昼に着ていた貫頭衣は外に干してある。


(いかん、暑すぎる……!)


 変な妄想を抱こうと思わないほどに暑い。

 窓や扉を開けているのに夜風が全く入ってこない。

 そのうえ、腕には学校一の美少女がくっついている。


(裸になりてぇ)


 俺は今、インナー用の薄いシャツとパンツという格好だ。

 それらを脱ぎ捨てたら少しは快適になるだろう。


 しかし、俺から提案することはできない。

 この状況で「脱いでいいか?」などと言えば誤解されてしまう。

 俺の脳も誤解して体が暴走するかもしれない。


(頼む伊織、「服を脱ごう」と言ってくれ! 俺は裸で寝たい!)


 絶対にあり得ないと分かっていても祈る。

 すると――。


「ね、ねぇ、雅人君……今日、裸で寝ない?」


 あり得ないと思ったことが起きてしまった。

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